(遅報)歴史まとめ

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1: 自治郎 ★ 2018/07/18(水) 21:53:20.28 ID:CAP_USER9
 [ワシントン 16日 ロイター] - ヨルダン北東部にあるナトゥフ文化遺跡から、約1万4500年前に石の暖炉で焼かれたパンの残骸が見つかった。これまでに見つかった中では最古で、研究者らは、農耕の発達より4000年も前にパン作りが始まっていたことになると驚いている。

 パンはピタパンに似た無発酵のフラットブレッドで、オオムギ、ヒトツブムギ、燕麦などの野生穀類や、水生パピルスの仲間の植物から取った塊茎などを粉にひいて作られていた。

 ナトゥフ文化は狩猟採集だが定住型を導入した文化。コペンハーゲン大学の考古学博士研究員で研究執筆にあたったAmaia Arranz-Otaegui氏は、「この時期の遺跡にパンが存在したことは稀」とし、これまで、パンの起源は穀類や豆類を栽培した初期の農耕社会と関連付けられていたと指摘した。

 これまで最古のパンは、トルコにある9100年前の遺跡から見つかっている。

 研究結果は、米国科学アカデミー紀要に掲載された。

最終更新 7月18日 11時06分
https://mainichi.jp/articles/20180718/reu/00m/030/002000c

約1万4500年前に石の暖炉で焼かれたパンの残骸
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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531918400/続きを読む

1: しじみ ★ 2018/07/18(水) 20:12:14.39 ID:CAP_USER
700万年に及ぶ人類史。私たちホモ・サピエンスは現在も存続していますが、その700年の歴史は、ホモ・サピエンス以外の人類に視点を移せば、“絶滅の歴史”ということもできます。

『サピエンス全史』のヒットにより、多くの人の関心を集めるところとなった〈人類の歴史〉と〈私たちのこれから〉。
今回は、著書『絶滅の人類史』で ホモ・サピエンスはネアンデルタール人よりも頭が良かったから生き残った」という従来の常識を覆した 子古生物学者の更科功さんに、その真意をお聞きしました。

■運命は種の優劣では決まらない

――ホモ・サピエンスの台頭とともに、ネアンデルタール人などの人類は絶滅していきました。
ホモ・サピエンスがほかの人類を滅ぼした、ということでしょうか。

ホモ・サピエンスがネアンデルタール人を殺した、という説は従来から唱えられてきました。
しかし、これは誤りであると私は考えています。

たしかにホモ・サピエンスの骨と、石器による傷がついたネアンデルタール人の子供の骨がフランスの同じ遺跡から発見されており、ネアンデルタール人の子供が殺されて食べられたことが推測されます。

ところが、じつはこれら以外に、殺害の証拠資料はほとんど見つかっていない。
両者が時に争ったことは間違いありませんが、集団同士の大規模な衝突はなかった、と見るべきでしょう。

人類史には明確な史料が存在しないため、このような誤った通説が少なくありません。
典型的な例が「ホモ・サピエンスはネアンデルタール人よりも頭が良かったから生き残った」という説です。

――私も、本書を読むまではそう信じ込んでいました。

そのような「常識」に対するアンチテーゼを示したい、というのが執筆中も意識していた点です。
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の脳を比べると、むしろネアンデルタール人のほうが大きく、前頭葉の面積はほぼ同じです。

にもかかわらず、ホモ・サピエンスのほうが知能が高かった、とするのは論拠に乏しい。
あくまでも前者が「生き残った」という結果から逆算して推測しているにすぎず、純粋な比較ではない。

そもそも、脳の大きさは知能を決定付けるものではありません。つまり、少なくとも現時点において、どちらの頭脳が優れていたかを断定できるはずがないのです。

――ホモ・サピエンスがネアンデルタール人を殺したわけではなく、しかも頭が良かったわけでもない。
それでは、ネアンデルタール人が滅亡してホモ・サピエンスが生き残ったのはなぜでしょうか。

私は大きな理由として、ホモ・サピエンスが他の人類よりも痩せていたことが挙げられる、と考えています。

ホモ・サピエンスの体格は華奢で、そのために小食でもエネルギーが足ります。言い換えれば燃費がよい。

折しも、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が共に生きた時代は氷河期でした。
つまり温暖なときよりも食糧が少ない時代で、獲物を捕まえるために動き回らざるをえない。

すると有利なのは燃費の悪いネアンデルタール人よりも、食糧が少なくても生きることができ、動き回るのが得意な小さな身体のホモ・サピエンスでした。だからこそ、生き残ることができたわけです。

しかし、重ねて申し上げるとこれは「ホモ・サピエンスが優れていた」ことを意味するものではありません。
もし氷河期が訪れず、温暖で食糧事情が豊かな時代が続いたとしたら、生き残ったのはネアンデルタール人だと考えられるからです。

つまり、両者の運命を分けたのは種の優劣ではなく、どちらが当時の環境に適していたか、という点にすぎないのです。

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ほんのひきだし
http://hon-hikidashi.jp/know_learn/56435/
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1: しじみ ★ 2018/07/16(月) 15:12:55.08 ID:CAP_USER9
ロマノフ朝第14代にして最後のロシア皇帝ニコライ二世とその家族の遺骨が本物であることが遺伝子鑑定により明らかになった。
RT(ロシア・トゥデイ)のスベトラーナ・ペトレンコ氏が伝えた。

ペトレンコ氏は、「分子遺伝学的検査の結果から、発見された遺骨は、ニコライ二世とその家族のものであることが確認された」と述べる。

1918年7月17日未明に起こった皇帝一家銃殺を巡る調査はいまだ進行中であるものの、分子遺伝学的検査の結果から、発見された遺骨のうち7つはそれぞれ、
ニコライ二世、アレクサンドラ元皇后、オリガ元皇女、タチアナ元皇女、マリア元皇女、アナスタシア元皇女、アレクセイ元皇太子のものであることが明らかになった。
同氏によると、発見された遺骨とロマノフ朝直系の親族のサンプルから採取された遺伝子プロファイルを比較した結果から、7つの遺骨は皇帝一族のものであることが証明された。

■関連動画
ロシア最後の皇帝の死から100年
https://youtu.be/eT7XFc5dxEU


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https://sptnkne.ws/jb9u
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531721575/続きを読む

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1: 風吹けば名無し 2018/07/16(月) 19:44:59.89 ID:MGj2d1dp0
横山漫画でこれ言った時点では軍務に関わる官だけでも

魏延、楊儀、姜維、呉懿、王平、馬忠、張嶷、張翼、トウ芝、蒋琬、費禕、董允、羅憲、霍弋、向寵、句扶

言われた廖化抜かしても全然イケるやん!
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1531737899/

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1: muffin ★ 2018/07/17(火) 16:31:51.53 ID:CAP_USER9
https://mantan-web.jp/article/20180717dog00m200038000c.html
2018年07月17日

世界3大ミスコンテストの一つ「ミス・ワールド2018」に出場する日本代表を選出するコンテスト「ミス・ワールド・ジャパン2018」のファイナリストが17日、東京都内で発表され、戦国武将の伊達政宗から数えて21代目の直系の末裔(まつえい)という慶應義塾大学4年の伊達佳内子(だて・かなこ)さん(21)ら30人が選出された。

この日の発表会には、応募総数7210人から選ばれたファイナリスト30人のうち28人が出席。伊達さんは「高校生ぐらいからしていた、途上国支援のプランを実現したいです」「家訓のようなもので『利他の心を持ちなさい』というものがあります。負けず嫌いなので、伊達政宗公の力を借りたいです。政宗イズムで頑張ります!」と意気込んでいた。

 そのほかに、今大会最年少で現役女子高生の瀬名ののかさん(16)、グラビアアイドルの鈴木ふみ奈さん(28)、東京大学大学院修士1年の鈴木袖里絵(すずき・ゆりえ)さん(26)らが選ばれた。

「ミス・ワールド」は1951年からスタートし、ミス・ユニバース、ミス・インターナショナルと並び「世界3大ミスコンテスト」と呼ばれる注目のコンテストで、今年で68回目を迎える。日本大会は8月28日に行われ、世界大会は11月9日から中国で開催される。

伊達佳内子さん
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ファイナリスト
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http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1531812711/続きを読む

1: 名無しさん@涙目です。 2018/07/17(火) 07:50:48.91 ID:Rja+BaWP0● BE:512899213-PLT(27000)
鎌倉時代の昔から「キラキラネーム」は悲喜こもごも
「教育現場や小児科の医師の間で読めない名前が増え始めた話を聞くようになったのは、1990年代半ばごろからです。マタニティー雑誌の『たまごクラブ』が創刊されたのが1993年。少子化の影響もあって、このころから親がわが子に他人とは違う個性的な名前を付けようという風潮が高まっていったといわれています。
他にもアニメやテレビドラマ、有名人の名前の影響、さらにインターネットの普及によって、音から決めた名前に使える漢字や姓名判断的な画数を専門家に頼らずに、親が自分で簡単に調べられるようになったことも“キラキラ”が増えた大きな理由でしょう」(ウェブライター)

だが実は、キラキラネームは鎌倉時代にも存在していたという。
「兼好法師が『徒然草』の中で、《近ごろは見慣れない漢字を名前に付ける風潮があり、そういうことをするのは頭の悪い連中だ》と苦言を呈する一節があるのです。
つまり鎌倉時代にも今でいうキラキラネームが存在していたわけですが、それはあくまでレアケースであって、近年のキラキラとは数のボリュームが全く違います」
(歴史評論家)

漢字を「見た目」だけで使ってよいもの?
日本ではある意味で伝統とも言えるキラキラネームだが、問題は漢字の意味を無視して付けようとする親たちがいることだ。発音の語感や見た目だけを大事にして漢字の意味を考えない。要するに漢字の“感字”化現象が顕著ということだ。
(後略)

そーす
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12156-56732/

関連ニュース
キラキラネーム急増の背後にある「漢字文化の崩壊
https://diamond.jp/articles/-/174149
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1531781448/続きを読む

1: しじみ ★ 2018/07/13(金) 16:46:26.68 ID:CAP_USER
【7月12日 AFP】メキシコ中部を昨年9月に襲った壊滅的な地震が、興味深い発見につながった。
古代アステカ(Aztec)のピラミッドの内部から、雨の神を祭った神殿の遺構が新たに見つかったのだ。

 新発見があったのは、首都メキシコ市南方のモレロス(Morelos)州クエルナバカ(Cuernavaca)にあるテオパンソルコ(Teopanzolco)遺跡。ピラミッドの中に隠されていたのは、同地にかつて栄えたトラウイカ(Tlahuica)人が建てた、雨の神「トラロック(Tlaloc)」の神殿だという。

 メキシコ国立人類学歴史学研究所(INAH)の考古学者バルバラ・コニエクサ(Barbara Koniecza)氏は、地震によって「ピラミッドの中心構造が相当な変容を被った」と説明した。

 このピラミッドの最上部には、もともとトラロックの神殿と、太陽と戦争をつかさどるメソアメリカの神「ウィツィロポチトリ(Huitzilopochtli)」の神殿があった。地震の被害が最も大きかったのがこの部分で、「いずれの神殿も床が沈んで屈曲し、安定性を欠いた状態となった」という。

 このため、INAHがレーダー探知機を用いてピラミッドの構造を調査したところ、
新たにトラロックの神殿の遺構が見つかった。1150年ごろのものとみられ、専門家によれば奥行き約6メートル、幅約4メートルの広さだったと考えられる。陶器のかけらやトラウイカ文化の香炉も発見された。

 メキシコ中部は2017年9月19日正午すぎ、マグニチュード7.1の大地震に見舞われ、メキシコ市を中心に369人が死亡した。(c)AFP


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AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3182187?pid=20345519
http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1531467986/ http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531496404/続きを読む

1: プティフランスパン ★ 2018/07/13(金) 22:49:37.65 ID:CAP_USER9
2018.07.12 07:00
https://www.discoverychannel.jp/0000028025/
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読んだら下手をすると死んでしまうかもしれないルネッサンス時代の「毒本」が南デンマーク大学の図書館に3冊発見された。緑色をしたこれらの本は、なんとカバーにヒ素が使われているのだ。

■ ことのいきさつ

The Conversationに寄稿する南デンマーク大学の研究者たちによると、元々本が発見された経緯はこういうものだ。
近世に製本された本には中世に書かれた本の羊皮紙が使用されていることがあり、これを蛍光X線分析することで中世に書かれた内容を読み取ることが可能であることがライデン大学の書籍歴史家エリック・クワッケル(Erik Kwakkel)により明らかにされている。
南デンマーク大学でも中世に書かれたローマ法や教会法の一部が本のカバーに用いられた書籍が3冊見つかっていた。しかしこれら3冊のカバーには緑のペイント層があるために、その下にある手書きのラテン語テキストを読み取るのは困難であった。そのため蛍光X線分析が試みられたのだ。

■ ヒ素カバーの本

蛍光X線分析で、緑のペイントの下にあるインクを読み取ろうとしたのだが、この分析によりこの緑色の部分がヒ素の層であることが判明した。
ヒ素は非常に毒性が強い。その種類と暴露時間により症状が異なるのだが、胃や腸の不快感、吐き気、下痢、肌の変化に肺の炎症などの症状がある他、発がん性もあるし死に至ることもある。
本のカバーに使われているのは、「パリスグリーン」、「エメラルドグリーン」などの名でも知られる「花緑青」であると見られる。19世紀初頭に工業生産が開始されたこの色素は、製造が容易であり美しい色合いに色あせにくいという特性を持ち、特に油彩絵の具やラッカーなどとして用いられている。そのためその頃描かれた絵画にもヒ素が含まれているものが多いほか、服や壁紙、そして本のカバーなどに用いられたわけだ。カバーを素手で触って舐めたりしたら危険極まりない。

■ 危険な緑
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こちらの絵は1859年に記された「緑のヒ素により起こる症状」を記したもの。19世紀後期になるとその毒性が一般に知られるようになり、ヒ素系の色素の使用が止められて、代わりに農場の殺虫剤などとして使用され始め、20世紀中頃までには農場での使用もされなくなった。
しかしHyperallergicによれば殺鼠剤としてや、遺産早く巡るために盛る毒「遺産パウダー」としてのヒ素の力が知られるようになってもまだ、このような色素は化粧品や子供の玩具の塗料、ヒ素で染められたドレスや帽子や、なかにはハエがよってこないようにとヒ素にディッピングされた肉を食べたりすることもあったそうだ。
またThe Conversationによれば状況によっては、亜ヒ酸や亜ヒ酸塩などのヒ素化合物が微生物によりアルシンに変えられてしまうこともあり得る。アルシンはニンニクのような臭いのする毒性の高いガスだ。そのため壁紙にヒ素を含むものが使われていた場合、ジメジメした室内などではアルシンとなり室内の人がこのガスにより死んだりすることもあったようだ。
なんとも恐ろしい話だが、アンティーク好きの方は緑色をした19世紀の本や壁紙には注意した方がいいかもしれない。
Text by Discovery編集部
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531489777/続きを読む

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