(遅報)歴史まとめ

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1: みつを ★ 2018/07/15(日) 06:47:46.64 ID:CAP_USER9
剣闘士は筋骨隆々の戦士ではなく皮下脂肪に覆われ食生活は炭水化物中心だった 

古代ローマにおいて見世物として戦った剣士「剣闘士(グラディエーター)」はたびたびフィクションの題材に選ばれ、その際には筋肉質な体として描かれます。 
しかし、考古学研究によると、実際の剣闘士は炭水化物中心の生活だったため、割れた腹筋が目立つことなく、腹部も胸部も皮下脂肪に覆われていたとのことです。 

映画「 グラディエーター」ではラッセル・クロウ演じる剣闘士が筋肉質な体を持つ屈強な戦士として描かれています。このようなフィクションにおける剣闘士の描かれ方から、剣闘士と聞いて筋肉隆々の体を思い浮かべる人も多いはず。 

しかし、考古学の研究によると、当時の剣闘士は炭水化物中心の生活を送っていたため、腹部や胸部は皮下脂肪に覆われていたとのこと。 
現代の兵士や運動選手は肉や魚といったタンパク質を多く摂取しますが、剣闘士は大麦や豆といった炭水化物を多く含む食品が中心で、動物性のタンパク質の摂取量が少なかったといいます。 

この研究結果はウィーン医科大学の医学人類学者たちが示したもの。研究チームは、トルコ・エフェソスにある剣闘士の墓を調査しました。この墓地には67人の剣闘士と、剣闘士の配偶者とみれらる1人の女性奴隷の骨が埋葬されていました。 
墓地にあった大理石板には、剣闘士が戦う場面が浮き彫り細工で描かれていたことから、研究者は墓地が剣闘士を埋葬したものであると特定したといいます。 

68体の骨は全て完全な形ではなかったものの、足や腕の骨、頭蓋骨、歯などは、研究者が当時の医療や剣闘士の栄養状態を理解できるほどには残っていたとのこと。 
骨に含まれるカルシウムや亜鉛から当時の食生活を部分的に再現することができるため、研究者は同位体解析という手法を駆使して調査を行いました。 

その結果が、「当時の剣闘士は動物性タンパク質をあまり取っておらず、健康的な量のカルシウムや、炭水化物が豊富な豆科の植物を食べていた」という内容であるわけです。 
なお、プリニウスの「博物誌」には剣闘士が「hordearii(大麦を食べる人)」と記されており、今回の研究で「肉をほとんど食べていなかった」とされたことと一致しています。 

剣闘士が肉を食べなかったのは奴隷であり身分が低かったからだと考える人がいるかもしれませんが、実際は、剣闘士の多くは戦争の捕虜や受刑者で、刑期などが終わった後にお金を稼ぐために任意で剣闘士となっている人もいました。 
このため、剣闘士が炭水化物中心の食生活だった理由について、研究者は「体を保護するため」だと見ています。脂肪で覆われた体は神経終末が露出しません。 
また傷を負ったり出血したりといった「視覚効果」は生まれても、脂肪で守られていれば戦い続けることができるほどには傷を浅く保つことができます。
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1: みつを ★ 2018/07/15(日) 06:47:46.64 ID:CAP_USER9
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180715/k10011533751000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_011

森鴎外7歳の時の自筆資料公開へ 島根 津和野
2018年7月15日 4時57分

明治から大正にかけて活躍した文豪、森鴎外が7歳の時に記した最古の自筆の資料が見つかり、ふるさとの島根県津和野町にある森鴎外記念館で公開されることになりました。

この資料は明治2年、鴎外が7歳の少年時代に、江戸時代の国学者、平田篤胤が記した子ども向けの国学入門書「童蒙入学門」を書き写したもので、縦24センチ、横17センチほどの大きさで、16ページあります。

森鴎外記念館によりますと、津和野藩の藩校、養老館に入学したばかりの鴎外が、楷書でひと文字ひと文字丁寧に書き写したものです。

鴎外のきちょうめんな性格が見て取れ幼少期の鴎外を研究するうえで貴重な資料だということです。

この写本は、研究者の間では存在が知られていたものの、50年近くの間、所在が不明となっていましたが、記念館が去年10月、森鴎外関連の資料の収集家から購入したコレクションに含まれていました。

森鴎外記念館では、このコレクションのうち鴎外自筆の写本や鴎外作品の初版本など主な資料12点を今月18日から9月24日まで展示することにしています。

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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531604866/続きを読む

1: みつを ★ 2018/07/15(日) 06:51:01.33 ID:CAP_USER9
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180715/k10011534071000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_005

古代のミイラ作業場発見 ミイラづくりの過程解明に期待
2018年7月15日 6時49分

エジプトで、2400年以上前の古代エジプトの時代にミイラをつくっていた作業場とみられる遺跡が見つかり、出土した器の中に、防腐処理などに使われたとみられる物質が残っていたことから、ミイラづくりの過程が詳しく解明されるのではないかと期待されています。

エジプトの考古省は14日、首都カイロの南にある町サッカラで会見し、エジプトとドイツによる発掘調査の結果、2400年以上前の古代エジプトの時代に、ミイラをつくっていた作業場とみられる遺跡が見つかったと発表しました。

遺跡には、ミイラに防腐処理を施したり、包帯を巻きつけるのに使われたとみられる作業場のほか、地下30メートルの穴の中から共同墓地と35体のミイラが見つかったということです。
このうち1体のミイラには、当時、金より入手しにくかったとされる銀を使ったマスクがかぶせられていて、考古省によりますと、銀のマスクが見つかるのは極めて珍しいということです。

また、出土した器の中には、防腐処理などに使われたとみられる油や樹脂といった物質が残っているものもあり、化学的な分析を進めればミイラづくりの過程が詳しく解明されるのではないかと期待されています。

会見したエジプトのアナニ考古相は「偉大な発見の始まりだ」と述べて、今後の発掘調査の進展に期待を示しました。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531605061/続きを読む

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1: 名無しさん@涙目です。2018/07/14(土) 17:20:45.30 ID:q21Gy9ed0● BE:324064431-2BP(2000)
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織田信長に仕えた黒人侍「弥助」が世界で脚光 ハリウッド映画化も

今夏、仏ルモンド紙など欧州メディアが相次いで「黒人のサムライ」を記事に取り上げた。彼の名は「弥助」という。
イエズス会のアレッサンドロ・ヴァリニャーノが来日して織田信長に謁見した際、奴隷として連れていたアフリカ出身の人物で、信長に気に入られ武士になった。
昨年、弥助の伝記実写映画がハリウッドで企画されたことで、改めて世界各地で注目を集めているのだ。

◆日本のアニメやゲームからじわじわ人気に
海外での弥助ブームは、彼を描いた日本の漫画などを通して数年前から始まっていた。
例えば、2007年に漫画『アフロサムライ』(岡崎能士著)がアニメ化されると、アメリカでは先行放送。
声優を務めたサミュエル・L・ジャクソン主演で実写映画化も持ち上がっている。
徳川家康に仕えた三浦按針ことウィリアム・アダムスが主人公のゲーム『仁王』(2017年)でも、「ヤスケ」が欧米での認知度を押し上げた。

欧州の場合、南蛮貿易や遣欧使節などの歴史から信長を知る人も多く、地理的にアフリカ人に注目が集まりやすい。
フランスでは2013年に出版された小説『Oda Nobunaga』(シャルル=ピエール・スラン著)からも弥助が知られていたようだ。

そんななか、弥助を描く映画『ブラック・サムライ(仮)』の制作が発表された。
黒人のアクションヒーローと「サムライ」という異質な文化の取り合わせが受け、彼の素顔に迫ろうとの動きが広まったのである。

アフリカ関係の話題を扱うメディア『Face2Face Africa』は、現時点でわかっている弥助の実像を伝えている。
ルイス・フロイスがイエズス会年報に残した「十人力の剛腕」、「信長に私宅と腰刀を与えられた」(『信長公記』)など、史料にもとづいて弥助を紹介した。
初めて対面したときの信長が、驚きのあまり肌に墨を塗っていると思い込み、体を洗わせた話など、日本でよく知られる逸話もまとめており、
弥助の伝記に関心が集まっていることがわかる。

◆弥助の実像と文化的多様性を描く『ブラック・サムライ』
ニュースメディア『Konbini』によると、映画は、『ソーシャル・ネットワーク』『アメリカン・ヒストリーX』などを手がけたプロデューサー、マイケル・デ・ルカと、
『ハイランダー 悪魔の戦士』(以下『ハイランダー』)の脚本家グレゴリー・ワイデンというヒットメーカーが組み、主演は未定だという。
弥助の出身地は諸説あるが、記事にあるワイデンのコメントによると、エチオピア出身になりそうだ。

https://newsphere.jp/culture/20180714-1/
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1531556445/ http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1531545950/続きを読む

1: 風吹けば名無し 2018/07/06(金) 17:43:14.88 ID:8iXRp+hW0
71位 青山宗勝  5万石 西軍
71位 秋田実季  5万石 東軍
71位 大谷吉継  5万石 西軍
71位 織田秀雄  5万石 東軍→西軍
71位 九鬼守隆  5万石 東軍
71位 高橋元種  5万石 西軍→東軍
71位 富田信高  5万石 東軍
71位 長束正家  5万石 西軍
71位 丹羽長正  5万石 西軍
71位 堀直政   5万石 東軍
71位 前田玄以  5万石 西軍
71位 宮部長房  5万石 東軍→西軍
71位 山口正弘  5万石 西軍
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1530866594/

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1: みつを ★ 2018/07/13(金) 21:33:48.46 ID:CAP_USER9
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44817247

アイスマンの最後の晩餐が明らかに 栄養満点だが味は?
2018/07/13

ヘレン・ブリッグス、BBCニュース

ヤギの脂肪と野生のシカ肉、古代の穀物とシダ類。「マスターシェフ(BBCの料理番組)」に出てくるようなメニューではないが、我々の祖先にとっては栄養満点のごちそうだった。

科学者たちは「アイスマン」の最後の食事がバランスは取れているものの、とても脂質が高いものだったことを明らかにした。

アイスマンは5300年前、氷河の中で死亡してミイラとなった。1991年に発見されるまでの数千年間、アイスマンの遺体は氷の中で保存されていた。
科学者らはアイスマンが最後にした食事など、彼の生活をさまざまな側面から解明している。
研究によると、アイスマンの胃は野生のヤギの脂肪、アカシカの肉、ヒトツブコムギと呼ばれる古代の穀物、そして毒性のあるシダで満たされていた。

脂質の量は?

この食事の脂質は50%と、現代の平均的な食事の10%を大きく上回っていた。
イタリア北部ボルザーノにあるユーラック・リサーチ・ミイラ研究所のフランク・マイクスナー博士は、「アイスマンが狩りをしていた緯度を考えれば、こうしたエネルギー供給が必要だ」と指摘する。
「最善の方法は脂肪を食べること。これによって苛酷な環境で生き延びるのに必要なエネルギーが得られる」

この発見から分かることは?

生物学の学術誌「カレント・バイオロジー」で発表されたこの研究では、青銅器時代の食生活を垣間見ることができる。
アイスマンの食べ物については以前にも分析が行われたが、これほど詳細ではなかった。最新の調査はアイスマンの胃の残留物を調べた。
驚くべきことに、アイスマンの胃はミイラ化の過程で通常とは別の場所に移動しており、彼の胃が発見されたのは今回が初めてだだった。

科学者らは、アイスマンの胃に残っていた脂質が乳製品由来ではなく、アルプス山脈に棲むアルプスアイベックスというヤギに由来するものだと突き止めた」
マイクスナー博士は、「アイスマンの食生活は炭水化物とたんぱく質、脂質をバランスよく組み合わせたものだったし、彼が高脂質の食べ物を摂取していたことは大きな驚きだった」と語った。

栄養満点、でも味は?

この食事はアイスマンの雪の行軍を助けたかもしれないが、そこまで美味しくはなかったかもしれない。
「ヤギの脂肪がどのような味がするか、想像するのは難しい」とマイクスナー博士は語った。「現代で食べられるものほど美味しくなかったことは確かだ」
「塩がなかったことも考えると、肉だけ脂肪だけの純粋な味は、すべての成分を考えても食べられるものではなかったと思う」

アイスマンは加工食品からの害はなかった一方、彼の食生活には悪い側面もあった。
アイスマンは死亡時にすでに動脈硬化の兆候が出ていた。
アイスマンは体に複数の傷があり、銅製の斧を含む武器を持っていたことから、戦闘で死んだと考えられている。

アイスマンは薬草を食べていた?

科学者はまた、アイスマンの胃からシダの一種を発見しており、アイスマンが薬草を摂取していた可能性が指摘されている。
あるいはシダの葉で食べ物を包んでいたため、間違えて毒性のある胞子を食べてしまったのかもしれない。
また、シカの肉は生で食べていたか、乾燥させたものだったと考えられている。
(英語記事 Iceman's last meal was high fat feast)

アイスマンの腹部を調べる科学者
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アイスマンは矢を受けて死亡したと考えられている
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新たなスキャン検査によってアイスマンの胃が発見された
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アイスマンの胃から発見された脂質の調査
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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531485228/続きを読む

1: みつを ★ 2018/07/13(金) 22:44:47.37 ID:CAP_USER9
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35122436.html

謎の巨大石棺を発見、開けられた形跡なし エジプト

2018.07.13 Fri posted at 11:08 JST

エジプト北部のアレクサンドリアで発掘調査中の考古学者らがこのほど、黒色花崗(かこう)岩でできた巨大な石棺を発見した。これまで現地で見つかったものの中では最も大きく、ふたが開けられた形跡もないという。

考古省がフェイスブックの公式アカウントで発表したところによると、この石棺は今月1日、当局者が建設現場で定例の考古学調査を行っている際に見つかった。

石棺は縦265センチ、幅165センチ、高さ185センチ。地下5メートルほどのところに埋められていたという。近くからは雪花石膏(せっこう)でできた男性の頭部の像も見つかったが、目や鼻がすり減っており人物を判別するのは不可能な状態だ。


現場の考古学的年代は、プトレマイオス王朝期に当たる紀元前305~30年。古代エジプトの他の墳墓と異なり、石棺の周辺は盗掘などの被害にあった形跡がないという。
考古省の担当者は、石棺のふたと本体の間に見られるモルタルの状態から、石棺が過去に開けられたことはなかったとの見方を示す。

石棺はこの後レッカー車で引き上げられ、中身などの調査が行われる見通し。

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表面のすり減った男性の頭部の石膏像 Credit: Egypt Ministry of Antiquities
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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1531489487/続きを読む

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