(遅報)歴史まとめ

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1: 名無しさん@おーぷん 2017/09/17(日)19:40:43 ID:nvf
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1: 紅あずま ★ 2017/09/17(日) 12:06:02.29 ID:CAP_USER9
マグダラのマリアの顔を復元、真贋不明
科学捜査で使用される手法により、本人とされる頭蓋骨から復元に成功
2017.09.16
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/091500114/
(動画・全文は掲載元でどうぞ)
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 南フランスの中世風の街、サン・マクシマン・ラ・サント・ボームにあるバシリカ(聖堂)の地下室には、世界で最も有名な遺体の1つが安置されている。
このたび、この遺骨からある科学者とアーティストが生前の顔を復元した。

 遺体はイエスに仕えた「マグダラのマリア」のものとも言われている。
頭蓋骨のコンピューターモデリングにより、とがった鼻と高い頬骨、丸い輪郭を持つ女性の顔が現れた。
マグダラのマリアの遺骨だと信じる人々にとっては、これがカトリック教会から「罪深い女」とも呼ばれた女性の顔だ。

 フランス、ベルサイユ・サン・カンタン・アン・イブリーヌ大学の生物人類学者フィリップ・シャルリエ氏は
「マグダラのマリアの頭蓋骨だという確証は全くありません」と前置きした上で、「それでも、名前を与えることが非常に重要でした」と述べた。
今回の復元は、科学捜査専門のビジュアルアーティスト、フィリップ・フローシュ氏の協力を得て行われた。

 マグダラのマリアは、長年にわたりカトリック教会で論争の的になっている人物だ。
5世紀ごろから、娼婦であるとされてきたほか、イエスの妻だったという説も、証明されてはいないが広く支持されている。

■遺体は少なくとも5つの地域に

 米ハーバード神学校の教授カレン・キング氏は2004年、ナショナル ジオグラフィックのインタビューで、マグダラのマリアの役割について得られている唯一の確証は、彼女がイエスの信奉者だったことだけだと述べている。
キング氏は当時、マグダラのマリアはキリスト教の基礎を築く上で重要な役割を果たした可能性があると主張している。

 レベッカ・リー・マッカーシー氏の著書『Origins of the Magdalene Laundries』によれば、マグダラのマリアの遺体が南フランスにあるといううわさが広まったのは1279年だという。
その後、マグダラのマリアの遺体は少なくとも5つの地域で「発見」されていると、マッカーシー氏は記している。

(中略)

 頭蓋骨が最後に調査されたのは1974年で、それ以降、ガラスケースには鍵がかけられている。
フローシュ氏とシャルリエ氏はガラス越しに、さまざまな角度から500枚以上の写真を撮影。
これらの写真から、頭蓋骨の大きさや頬骨、骨の構造を反映した3Dモデルをつくった。

 そして、3Dモデルの情報から、50歳前後で亡くなった女性の頭蓋骨であること、地中海沿岸の人種であることを特定した。
鼻の形をはじめとする顔の造作は頭蓋骨の年齢、性別、人種をもとに、三角比を用いて割り出した。

 頭蓋骨とともに発見された髪の毛の写真からは、女性の髪がダークブラウンだったらしいことがわかった。
また、髪の毛には、歴史的にシラミよけとして使われていた粘土が付着していた。
肌の色は、地中海沿岸に暮らす女性たちに一般的な色を採用した。
体重や表情など、いくつかの特徴は、フローシュ氏とシャルリエ氏による独自の解釈が含まれている。

■年代測定とDNA鑑定も

 フローシュ氏によれば、これらの手法は米連邦捜査局(FBI)が開発した科学捜査技術をもとにしたもので、犯罪捜査で一般的に用いられているものと同じだという。

 シャルリエ氏は今後、頭蓋骨をガラスケースから出し、もっと詳しく調べたいと考えている。
遺体の年代を特定できる放射性炭素年代測定などの手法は、頭蓋骨の一部を採取する必要があるが、カトリック教会は採取を認めていない。
シャルリエ氏はさらに、いつか遺体のDNA鑑定を行い、出生地を特定したいとも考えている。

 シャルリエ氏とフローシュ氏は今回の研究について、カトリック教会とは無関係の学術的な研究だと断言している。
ただし、復元した顔はすでに街の宗教指導者たちに見せ、喜んでもらったと述べている。

(以下省略)
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1505617562/続きを読む
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1: 紅あずま ★2017/09/17(日) 14:35:37.40 ID:CAP_USER9
伊達政宗、誕生日に2説あり 生誕450年、地元戸惑う
朝日新聞:2017年9月17日12時22分
http://www.asahi.com/articles/ASK9D44BPK9DUNHB009.html

AS20170914005019_comm
伊達政宗の騎馬像=仙台市青葉区.

 今年、生誕450年になる仙台藩祖・伊達政宗の生まれた日は、9月15日と5日の二つの説がある。
県内では誕生日を意識したお祝いイベントが目白押しだが、主催者側には戸惑いもあるようだ。
一体いつ生まれたの? 政宗さん。

 県の広報誌「みやぎ県政だより」は今年の7・8月号で特集を組み、政宗が生まれた日を「永禄10年8月3日(1567年9月5日)」と書いた。
一方、仙台市観光課が3月末に出したリーフレットは「1567年8月3日(現在のグレゴリオ暦では9月15日)」としている。

 15日に近い18日、仙台市内で全国各地から武将の格好をした武将隊を招くイベント「生誕祭」を開催する企画会社の担当者は、「15日ともはっきり言えないようで、聞かれたら『今で言う9月です』としか説明しません」と困惑気味だ。

 仙台市博物館によると、政宗が…

残り:378文字/全文:723文字
※公開部分はここまで
※無料登録して全文を読むことが出来ます
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1505626537/続きを読む
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1: 紅あずま ★ 2017/09/17(日) 11:24:54.35 ID:CAP_USER9
有名なバイキング戦士、実は女性だった
武器と馬を副葬した理想的な墓、遺骨のDNAを解析
NATIONAL GEOGRAPHIC:2017.09.15
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/091400054/
(動画・画像・全文は掲載元でどうぞ)

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兜、鎖かたびらを身に着け、恐るべきバイキングの姿を再現する人々。

 今から1000年以上前、現在のスウェーデン南東部にあたるビルカという都市で、裕福なバイキングの戦士が葬られた。
立派な墓には、剣と矢じりが添えられ、2頭の馬も一緒に埋葬されていた。
バイキングの男にとって理想的な墓である……たいていの考古学者はそう考えていた。

 ところが、研究者が遺骨のDNAを解析したところ、予想外の事実が確認された。墓の主は、女性だったのだ。

 研究結果は、9月8日付け学術誌「American Journal of Physical Anthropology」に掲載された。
ヨーロッパ全土で何百年にもわたって交易と奇襲を行ってきた中世の船乗り、バイキングのありようについて、考古学者の間に驚きが広がっている。

「これまでビルカの墓は、バイキングの男性戦士の『理想』の墓と考えられていました」と、米ベイラー大学の考古学者デービッド・ゾーリ氏は話す。
「この研究結果は、考古学的解釈の核心に触れるものです。つまり我々は常に、性別による役割分担について自分たちの解釈を当てはめてきたということです」。
ゾーリ氏は今回の研究には関わっていない。

 バイキングの伝承は、戦士が男性だけではなかったことを以前から示唆していた。
10世紀初めのアイルランドの文献には、インゲン・ルーア(赤い娘)という女性戦士が、バイキングの船隊をアイルランドへと導いたとある。
またゾーリ氏は、13世紀の「ボルスンガ・サガ」を含むバイキングの物語の多くに、男性戦士と共に戦う「盾を持った乙女」が登場すると指摘している。

 だが、こうした女性戦士の記述は単なる神話的脚色だと考える考古学者もいた。現代で期待される男女の役割を反映したバイキング観ということだ。

■長年、男性と考えられてきた戦士

 1880年代の終わりに発掘されて以来、考古学者たちはこのような固定観念にもとづいて「ビルカの戦士」の遺骨を見てきた。
教科書には、この墓は男性のものと記された。
しかし、骨そのものからそれがわかったわけではない。遺骨は剣、矢じり、槍、そして殉葬の馬2頭と共に見つかったため、考古学者はこれを戦士の、つまり男性の墓だと考えたのだ。

 ナショナル ジオグラフィック2017年3月号のバイキング特集で報じた通り、スウェーデン、ストックホルム大学の生物考古学者アンナ・シェルシュトレーム氏は、その推定を覆した。
同氏は、遺骨の骨盤と下顎を初めて詳しく分析。女性に典型的な寸法と一致するという結果が出た。

 シェルシュトレーム氏の分析結果は、2014年に学会で発表され、2016年に学術誌に掲載された。だが一般の反響はそれほどでもなく、一部の考古学者から批判を受けた。
墓地の発掘は100年以上前に行われたため、ラベルが誤って付けられたのではないか、別人の骨が混ざっているのではないか、といったものだ。

 そこで、スウェーデン、ウプサラ大学の考古学者シャーロット・ヘデンスティーナ=ジョンソン氏の研究チームは、骨の調査に立ち返り、2種類のDNAを取り出した。
被葬者のミトコンドリアDNAは母から子に受け継がれるため、遺骨が1人だけのものか、数人分か判定できるはずだ。
そして核DNAの断片が、「戦士」の生物学的性別を明らかにするはずと考えたのだ。

 結果は明白だった。骨からY染色体は全く検出されず、あちこちの骨から取り出したミトコンドリアDNAは全て一致した。遺骨は1人の人物のもので、その人物は女性だった。

 ヘデンスティーナ=ジョンソン氏らの研究チームは、この女性はおそらく戦士であり、しかも尊敬された戦術家だっただろうと話す。
以前のインタビューで同氏は、「膝の上にゲームの駒がありました」と話している。
「彼女が戦術を立てており、リーダーだったことを示唆しています」

(以下省略)
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1505615094/続きを読む
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300: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/09/02(土) 21:54:08.95 ID:qNjk84XNd
歴史の偉人の知識のほとんどがこれの人多そう 
Orjz40r
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「大空のサムライ」の画像検索結果
1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/09/14(木) 19:03:38.87 ID:QekItKZt0
すごいね!
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1505383418/続きを読む
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1: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)01:05:35 ID:zIU
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