(遅報)歴史まとめ

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229: 名無しさん@おーぷん 2018/11/22(木)22:19:36 ID:i1a

董允、字休昭、掌軍中郎将和之子也。先主立太子、允以選為舍人、徙洗馬。後主、襲位、遷黄門侍郎。

董允は、字を休昭といい、掌軍中郎将董和の子である。先主(劉備)が太子(劉禅)を立てると、董允は選ばれて舍人となり、洗馬に転任した。後主(劉禅)は、帝位を継ぐと、黄門侍郎に転任させた。

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1: 名無しさん@おーぷん 2018/11/26(月)12:52:44 ID:UE3
やりようによってはスペインやイギリスを完全に撃退する事は可能だったの?
テクノロジーの差が痛いけど部族が内輪揉めせずに一致団結していたら勝利できたのか?

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99: 名無しさん@おーぷん 2018/11/22(木)21:35:35 ID:i1a

蒋琬、字公、零陵湘郷人也。弱冠與外弟泉陵劉敏、?知名。

蒋琬は、字を公といい、零陵郡湘郷県の人である。弱冠(20歳)にして外弟(いとこ)である泉陵の劉敏と、ともに名を知られた。
https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1542887890/

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1: 名無しさん@おーぷん 2018/11/26(月)14:09:42 ID:Ox9
1遊 瀬戸大橋開業
2二 青函トンネル開業
3捕 国鉄民営化
4指 新幹線開業
5中 動力分散方式への転換
6一 電化、無煙化の推進
7三 101系、103系ら新性能電車を開発
8左 ステンレス車導入
9右 209系、E231系ら新系列電車を開発

投 自動改札機の導入
投 ICカードの導入
投 通勤5方面作戦実行
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1: ニライカナイφ ★ 2018/11/26(月) 14:07:53.78 ID:CAP_USER9
第二次世界大戦中、ドイツ・ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が利用していたローター式暗号機「エニグマ」内部の3Dモデルが公開された。

英マンチェスター大学の研究チームが、1500枚以上ものX線写真を撮影して作り上げたもので、世界初の試みとなった。

第二次世界大戦中、敵軍に指令が漏れることを防ぐためにドイツの陸海空軍で利用されたエニグマは、どこか大型のタイプライターのような見た目だ。

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その内部には複雑な作りのローターが内臓されており、これによって入力された伝言の文字を別の文字に変換し暗号化する。

しかも1文字変換するとローターが回転するので、同じ文字を入力しても、その前とは違う暗号が出来上がる。

いわゆる”エニグマ・コード”の解読がきわめて困難であるのはこのためだ。

その解読に成功したのが、コンピューター科学や人工知能の父と呼ばれる英国の数学者アラン・チューリングを筆頭とする解読チームである。

彼らの成功によって、戦争が2年は短くなったと言われている。

そのエニグマをX線CTスキャンで解析しようと試みたのが、英マンチェスター大学の研究チームだ。

彼らは1500枚以上ものX線写真を撮影し、そこから世界初となるエニグマ内部の3Dモデルを作り上げた

(動画)
https://youtu.be/bESFcMXB2Rw


https://youtu.be/JtIpk7jEMqg


解析されたエニグマは、1941年にベルリンで製造された後期モデルで、大戦で消失しなかった274台のうちの貴重な1台である。

オーストリア連邦内務省に配備されていたものだと考えられており、現在の所有者は暗号愛好家のデビッド・クリップス氏である。
 
エニグマのほとんどは、対戦末期に連合軍がナチスを圧倒するようになってから、ナチスによって破壊された。

さらに大戦終結後、大戦中に暗号解読学校が置かれたブレッチリー・パークの解読技術の流出を防ぐために、ウィンストン・チャーチルがすべてのエニグマを廃棄するよう指示を出した。

このため現存する実機は非常に少ない。

初期のエニグマは暗号化を行うローターが3基内蔵されていたが、さらに高度かつ複雑な暗号を作成できるよう、のちに4基に改良。このモデルはローターの数にちなんで「M4」と呼ばれている。

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これは大戦初期に連合軍に連敗し、どうにか戦況を打開したいと考えたドイツ海軍のカール・デーニッツ海軍総司令官の指示によって開発された。

デーニッツ海軍総司令官はその出来にかなり満足していたようで、ニュルンベルク裁判では、連合軍が暗号を解読できたはずがなく、敗戦はレーダーと方向探知機のせいだと証言している。

http://karapaia.com/archives/52267886.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1543208873/続きを読む

1: 樽悶 ★ 2018/11/22(木) 17:36:55.61 ID:CAP_USER9
仁徳天皇陵として宮内庁が管理する日本最大の前方後円墳・大山古墳=堺市(共同通信社ヘリから)
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 国内最大の前方後円墳で百舌鳥(もず)・古市古墳群の一つ、仁徳天皇陵(大山(だいせん)古墳、堺市堺区)を調査している宮内庁と堺市は22日、墳丘を囲む堤(つつみ)で1列に並んだ円筒埴輪(はにわ)や石敷きが見つかったと発表した。同古墳で円筒埴輪列が確認されたのは初めて。日本書紀などから仁徳天皇は4世紀末に死去したともいわれるが、埴輪は5世紀前半~中頃の特徴を持ち、数十年のずれがあるとの指摘もある。仁徳天皇陵では以前も同時代の埴輪が見つかっており、築造された時期や被葬者をめぐる議論が熱を帯びそうだ。

 古代の天皇や皇族の墓とされる「陵墓」を同庁が外部機関と共同発掘するのは初めて。

 墳丘を囲む2つの堤のうち、内側の第1堤の南側に調査区(幅2メートル、長さ30メートル)を3カ所設置。地表から20~40センチ掘り下げると、各調査区で直径約35センチの円筒埴輪4~5本が接するように並んでいた。いずれも基底部だけで、上部は割れて失われていた。

 今回の調査地の約100メートル西では昭和48年に同時代とみられる円筒埴輪1本が出土していた。このことを合わせて考えると、埴輪列が堤を1周するように約2.6キロにわたって7千本以上が立てられたと推定できるという。

 ただし、埴輪列があったのは堤の外縁部だけで、墳丘寄りの内縁部では確認されなかった。大型古墳では堤の両側に埴輪を並べるのが一般的。仁徳天皇陵では当初から内縁部に埴輪列がなかったか、墳丘を囲む周濠(しゅうごう)の水による浸食で埴輪列や堤の一部が崩落した可能性もあるという。

 一方、堤にはこぶし大の石が敷き詰められていた。堤で石敷きが確認されたのは、仁徳天皇陵がある百舌鳥古墳群では初めて。堤を荘厳に見せるためだったともみられる。

 同庁の徳田誠志(まさし)・陵墓調査官は「数年かけて堤全体を調査したい」としている。

産経新聞 2018.11.22 17:21
https://www.sankei.com/west/news/181122/wst1811220028-n1.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1542875815/続きを読む

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