(遅報)歴史まとめ

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1: 樽悶 ★ 2018/09/22(土) 01:45:09.64 ID:CAP_USER9
家系図のサンプルを見せる行政書士の丸山学さん=埼玉県所沢市小手指町で、飯田憲撮影
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家系図作りの費用と期間
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 自分はいったい何者で、どこから来たのか--。本人に代わって家系図を作成する業者への依頼がじわりと伸びている。顧客の中心は、核家族化を背景に家族のつながりが薄くなっているとされる中高年世代。専門家は「家に縛られない個人の時代だが、だからこそルーツをたどりたくなるのかもしれない」と言う。家系図作りの人気の理由を追った。【飯田憲】

 「年間80件の依頼を請け負っていますが、これ以上の予約は厳しい」。家系図作りを専門にする埼玉県所沢市の行政書士、丸山学さん(50)は苦笑する。依頼者から委任状をもらい、役所で本人の戸籍を取り寄せる。戸籍制度が確立している日本では、江戸末期の先祖までさかのぼることができるといい、凝った装丁で依頼者の家系図を作る。

 要望によっては、さらに古い先祖探しも請け負う。郷土史などを読み込み、縁者から丹念に話を聞く。家系を400年さかのぼる「上級コース」の場合、1年ほどの調査期間と約130万円の費用がかかる。それでも現在、40件が同時進行中だ。

 依頼者には中高年が目立つ。丸山さんは「家意識が薄れて個人の時代となり、2世代が過ぎた。人生の折り返しを迎え、どんな土台に自分が立っているか知りたい人が増えている」と分析する。

 家系図作りを専門に行う業者も増えてきた。2017年にサービスを始めた家樹(かじゅ)(東京都中央区)は家系図作成を手掛けるとともに、親族で共有できるように作成した電子データも提供する。これまでに計120件を受注した。同社が提案するのは、家系図を手にルーツの土地を巡る旅だ。

 東京都渋谷区の会社役員、本間浩一さん(58)も家樹に家系図作りを頼んだ。大学入学とともに群馬県から上京後、父との連絡は途切れがちになり、30代で父が亡くなった。「もっと父と話しておけばよかった」。自分のルーツを聞ける人がいないことに、喪失感が強まった。

 作成された家系図をつぶさに見ると、はるか昔に近所の親戚の間で慶弔が集中した時期があったりして、先祖の当時のやり取りを思い浮かべることができた。家系図のデータを印刷し、法事で親族に配ると好評だったという。

 家系図作りは日本よりも欧米諸国が先行し、インターネット家系図サービスなどが一大市場になっているとされる。日本での先祖調査に詳しい関西学院大学文学部の山口覚教授(人文地理学)は「かつての『家柄』や家意識のための先祖調査ではなく、近親者を中心とした個人的な家族史への志向や、先祖の故郷を巡る先祖ツーリズムも珍しくない。現代では、趣味としての側面がより強まっており、ニーズが広がる可能性がある」と言う。

毎日新聞 2018年9月21日 13時21分(最終更新 9月21日 13時55分)
https://mainichi.jp/articles/20180921/k00/00e/040/297000c?inb=ra
毎日新聞 2018年9月21日 東京夕刊
https://mainichi.jp/articles/20180921/dde/001/040/048000c?inb=ra
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1537548309/続きを読む

1: (?∀?(⊃*⊂) ★ 2018/09/22(土) 00:28:42.84 ID:CAP_USER9
「70歳前後より若い者は役に立たない」「学問が盛んになり、秘術が信用されない」。

滋賀県甲賀市がこのほど刊行した資料集から、甲賀忍者が江戸時代の平和な世の中で自身の立場の衰退を嘆いたり、将来を不安視する姿が浮き彫りになった。
編集した市教育委員会は「忍者が重んじられない状況への危惧など、ここまで切実な肉声を記した記録は珍しい。
甲賀に限らず、当時の忍者全体に通じる問題ではないか」としている。

尾張藩に仕官した甲賀忍者に関する古文書の訳文や解説を載せた資料集「甲賀者忍術伝書-尾張藩甲賀者関係史料Ⅱ-」で、昨年刊行した資料集の第2弾。
同藩に伝わる文書を紹介し、市内の民家で発見された文書の現代語訳も併載した。

尾張藩の史料は、甲賀の地で暮らしながら「忍び」として同藩に仕えた「甲賀五人」の頭(かしら)である初代木村奥之助(1600年代半ば~1723年)が
弟子に口述して書き取らせた「無窮会所蔵史料 甲賀忍之伝未来記」など7点。全て楷書体に直し、解説を載せた。

「未来記」には、昔は甲賀の忍術が一つの流派として世間に浸透していたが、現在70歳前後より若い者は役に立たない-などと、
忍者の技術や立場の衰退を不安視する内容が並ぶ。

問題点として、

▽平和な世で業績がなく重宝されない
▽技術を試みる機会がなく、研鑽(けんさん)する気持ちがない
▽学問が盛んになり道理が重んじられ、秘術が信用されない
▽秘密性が高いため間違って伝えられることが多い-など13箇条を挙げている。

 「内容は甲賀五人に限らず、江戸期の忍び全体に通じる問題だろう。
忍術の伝授に関する文書は多く残るが、心情にまで想像力が及ぶ史料は貴重」と市教委歴史文化財課は説明する。

 また、「甲賀五人」を先祖に持つ同市甲南町の渡辺俊経さん宅で見つかった古文書類のうち11点の現代語訳を併せて掲載した。
尾張藩に「御忍(おしのび)役人」として出仕した契約書である「盟文之事」▽藩役人との忍びの術に関する問答記録
▽徳川家に対する甲賀武士の軍功を記して奉公を求めた願書-など、「甲賀五人の藩での立場や具体的に何をしていたのかが分かる史料」(同課)という。

https://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20180921000031

甲賀市が刊行した甲賀忍者資料集の第2弾(同市役所)
20180921085328ninja
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1537543722/続きを読む

1: 樽悶 ★ 2018/09/20(木) 04:35:39.80 ID:CAP_USER9
 九州の天領(幕領)を支配した西国筋郡代のお膝元である日田で、幕末期に行われた「絵踏(えぶみ)(踏み絵)」とキリシタン禁教令の実態が、広瀬資料館=日田市豆田町=に伝わる古文書の解読で明らかになった。その対象は庶民だけでなく、苗字帯刀を許された豪商や豪農にまで及んだ。6月に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されたのを機に、同資料館の園田大・学芸員(40)が調査し、展示した。11月末まで。【楢原義則】

 絵踏は、幕府がキリスト教徒弾圧のため、キリストやマリアの像を刻んだ木や金属板を足で踏ませたもの。踏むことができれば信者ではないとされた。島原・天草一揆(島原の乱、1637~38年)後、弾圧をより強化した。

 園田学芸員が、豪商の広瀬家に伝わる古文書の中から日記に絞って調べた結果、絵踏は毎年3~4月に実施されていたことが判明。第7代当主の源兵衛が政治、経済、社会情勢などを記した「広瀬本家日記」には、嘉永6(1853)年3月15日付で「宗門御改め絵踏は代官所役人が立ち会う。丸山町など陣屋周辺は代官所で、豆田町、中城町、淡窓町は長福寺で、田島町、庄手町、竹田町がこれに続いた」(現代語訳、田島町以下は場所不明)と記されている。

 第6代当主の「久兵衛日記」にも安政3(56)年3月16日付で、代官所、長福寺で「宗門御改め(絵踏)」が行われたことが書かれ、「この年からは苗字帯刀を許された者も絵踏した」と特記されている。園田学芸員は「該当する豪商、町役人、大庄屋などは当時19人。この年に長崎でキリシタン弾圧第3弾の浦上事件があったためでは」と推測する。

 明治になっても弾圧は続き、広瀬家のメモ「国事雑録」には、明治元(68)年3月に「不審なる者あらばその筋の役所へ申し出よ」と記した太政官布告の高札が豆田町に掲げられたのを伝えている。

 高札の撤去は明治6(73)年。郷土史に詳しい豆田町の伊藤豊明さん(69)は「絵踏の実態が具体的、身近に解き明かされ驚いた」と話す。

毎日新聞 2018年9月19日
https://mainichi.jp/articles/20180919/ddl/k44/040/265000c?inb=ra
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1537385739/続きを読む

1: みつを ★ 2018/09/20(木) 02:53:24.04 ID:CAP_USER9
https://www.cnn.co.jp/fringe/35125808.html

2000年前のスフィンクス像、新たに発見 エジプト
2018.09.19 Wed posted at 10:45 JST

(CNN) エジプト南部アスワン近郊の古代神殿で、排水工事の作業中に新しいスフィンクス像が発見された。エジプト考古省がフェイスブックで発表した。

今回見つかったスフィンクス像は2000年以上前のものと思われ、アスワン近郊にあるコムオンボ神殿の南東側で地下水の排水工事中に見つかった。
エジプト考古省が掲載した写真のスフィンクスは、ライオンの胴体と人間の顔をもち、ヘビの王冠と髪飾りを付けている。ほぼ無傷のまま残っている様子だった。

エジプト考古最高評議会の専門家は、紀元前300年から紀元前30年にかけてのプトレマイオス王朝時代に建造されたと推定する。この付近では2カ月前に、プトレマイオス5世のレリーフ像2体が発掘されていた。

今後は神殿周辺の発掘作業を進め、スフィンクスについてさらに詳しく調査する計画。
スフィンクスは古代エジプトやペルシャ、ギリシャの神話に登場する生き物で、墓や宗教建築物の近くで像が発見されている。

最も有名なギザの大スフィンクスは全長73メートル、高さは20メートル以上。それに比べると、今回見つかったコムオンボのスフィンクスは高さ38センチとはるかに小さい。

コムオンボ神殿は、ワニの神ソベクとハヤブサの神ホルスの2つの神をまつった珍しい神殿で、神殿の近くから発見されたワニのミイラ300体は、併設の博物館で展示されている。

2000年前のスフィンクス像が新たに発見された/Egypt Ministry of Antiquities/Facebook
new-sphix-tz-1-super-169
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1537379604/続きを読む

1: 名無しさん@涙目です。 2018/09/13(木) 22:21:33.24 ID:kIvtlwt+0 BE:932354893-PLT(12931)
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醍醐寺
水晶で覆われた阿弥陀如来像、初公開 秋期特別展

レンゲのつぼみの形をした水晶に入る木造の阿弥陀如来の小像=醍醐寺提供
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世界遺産・醍醐寺(京都市伏見区)で、水晶で覆われた珍しい阿弥陀如来(あみだにょらい)の小像(高さ5.53センチ)が初公開される。
寺は、像の特徴から鎌倉期の仏師・快慶か、弟子など近い人物が造ったとみている。
来月15日からの秋期特別展で展示する。

寺には、国宝や重要文化財に指定された多くの仏像があり、今回の小像は、2002年の調査で境内の蔵から見つかった。
小像は黄金色で、蓮(はす)の花のつぼみの形をした水晶に覆われている。
台座から水晶までの高さは36.3センチ。水晶に入った阿弥陀如来像は他に確認されていないという。

寺によると、収められていた箱には大永8(1528)年に僧・公運が箱を作ったと書かれていたが、専門家が鎌倉期の阿弥陀如来立像と似ていることに着目。
衣の着方や切れ長の目などが、西方寺(奈良)にある快慶作の立像に酷似しているという。
醍醐寺には快慶作の弥勒菩薩(みろくぼさつ)や不動明王の坐像(ざぞう)が伝わり、今回の小像も快慶作の可能性が高いと判断した。

壁瀬宥雅(ゆうが)執行長(70)は「像は非常に小さく、水晶内に巧妙に入れられている。貴重な発見だ」と話している。【中津川甫】

https://mainichi.jp/articles/20180914/k00/00m/040/060000c
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1536844893/続きを読む

1: 樽悶 ★ 2018/09/15(土) 19:16:58.69 ID:CAP_USER9
成果展で公開される出土品の歯
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 春日市教委は、市内の須玖(すぐ)遺跡群・須玖岡本遺跡の岡本地区から出土した甕棺(かめかん)から、「奴国(なこく)」の王族の歯を発見したと発表した。奴国は魏志倭人伝に記された、弥生時代の北部九州の中心的な国。同地区の王族墓から歯が見つかったのは初めてで、市教委は「弥生中期前半の奴国の様相を捉える貴重な成果」としている。15日~10月28日に「奴国の丘歴史資料館」(同市岡本)で開く「須玖遺跡群発掘調査成果展」で公開される。【桑原省爾】

 須玖遺跡群は市北部にあり、南北2キロ、東西1キロに広がる全国有数の弥生時代の大集落跡で「奴国の王都」と呼ばれる。須玖岡本遺跡はその中心的存在。この中の岡本地区での20次調査(2015年3月)で、紀元前約150年の国内最大級の王族墓とみられる甕棺墓が見つかった。

 周辺の土と一緒に甕棺を液体窒素で冷凍固化して取り出し、土を落とすと、絹織物に包まれた副葬品の銅剣や把頭飾(はとうしょく)(柄飾り)と共に14本の歯が確認された。第3大臼歯(親知らず)を含む歯のすり減り具合から、葬られたのは20代の成人とみられるという。

 成果展では、歯と甕棺をはじめ前漢鏡などの副葬品や鋳型など、初公開の約25点を含む考古遺物を中心に226点を展示する。

毎日新聞 2018年9月15日
https://mainichi.jp/articles/20180915/ddl/k40/040/428000c?inb=ra
西日本新聞 2018年09月15日 06時00分
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_toshiken/article/449779/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1537006618/続きを読む

1: 名無しさん@涙目です。 2018/09/14(金) 21:27:38.67 ID:igen6uM90 BE:121394521-2BP(2112)
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東海大学文化社会学部の山花京子准教授らの研究グループは、古代エジプトで陶器などに使用されながら、長い間製法が謎とされてきた「ファイアンス」について、石英、炭酸カルシウム、アルカリに漆喰の水酸化カルシウムを加えることで再現が可能になることを突き止めた。

 東海大学によると、ファイアンスは古代エジプトやメソポタミアで紀元前4500年前ごろから陶器などに使用されてきた。
製造工程が複雑で難しいため、その後ガラスに取って代わられた。

組成分析で石英、カルシウム、アルカリが含まれていることは分かっていたが実際に使用された材料や製法に関する記録が全く残っておらず、謎の物質とされてきた。

 山花准教授は長年、ファイアンスの再現に努めてきたが、石英と炭酸カルシウム、アルカリに水を混ぜて練っても、立体的な造形や微細な装飾ができなかった。
そこでピラミッドの石と石の接着に使用されていた水酸化カルシウムを主成分とする漆喰に注目、これを石英などに少量含ませて焼くことで立体的な構造の再現に成功した。

 研究グループは今後、古代エジプトの実際の陶器のサイズや質感に近づけたレプリカを製作し、博物館で本物と並べて展示できるものの製作を目指す。
研究成果は9月上旬にトルコのイスタンブールで開かれた国際ガラス歴史協会の学会で発表された。

参考:【東海大学】文理融合研究により、古代エジプトの「ファイアンス」の再現に成功
https://www.tokai.ac.jp/news/detail/947.html

■エジプトのファイアンス焼き(関西大学博物館のもの)
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https://univ-journal.jp/22636/
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1536928058/続きを読む

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