(遅報)歴史まとめ

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1: 樽悶 ★ 2018/08/02(木) 17:46:42.45 ID:CAP_USER9
菅原東遺跡で出土した古墳時代前期の埴輪片=奈良市大安寺西2の市教委文化財課埋蔵文化財調査センター
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 古代の埴輪(はにわ)製作集団・土師(はじ)氏の集落とみられる奈良市横領町の菅原東遺跡で、垂仁天皇陵に治定された宝来山古墳(同市尼ケ辻町)の埴輪を焼いていた可能性があることが、奈良市教育委員会文化財課埋蔵文化財調査センターの調査で分かった。遺跡の遺物を精査したところ、同古墳の物と時期や特徴が似た古墳時代前期(4世紀後半)の埴輪片を確認。日本書紀には、乗仁天皇に仕えた土師氏の祖・野見宿禰(すくね)が殉死の風習に代わる埴輪を考案したとの記述があり、関連が注目される。埴輪片は1日から、奈良市大安寺西2丁目の同センターで始まった夏季特別展で展示されている。

 菅原東遺跡ではこれまでに、古墳時代後期の埴輪窯跡群と集落跡などを検出。古代の「菅原」の地にあることから、菅原土師氏の埴輪生産の拠点と考えられてきた。ただ、同時代後期以前の埴輪は確認されていなかった。

 奈良市埋蔵文化財センターでは平成27年度、同遺跡から過去に出土した多数の埴輪片を精査。その結果、平成3年と同12年の出土遺物に、同時代前期にさかのぼる埴輪片を主な物で15点確認した。

 いずれも野焼きで黒斑があり、円筒埴輪には▽方形や半円形の透孔がある▽鰭(ひれ)付きがある▽口縁部が約8センチと短い―などの特徴があった。形象埴輪は蓋(きぬがさ)形埴輪などで、立体的な段差表現を持っていた。

 南へ約250メートルに位置する宝来山古墳でも近年、同様の特徴を持つ埴輪片が採取されていることから、同遺跡で焼かれた埴輪が古墳に供給された可能性があるという。

 日本書紀によると、垂仁天皇は皇族の墳墓に近習者を生きたまま埋める殉死を哀れに思い禁止。皇后・日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)の葬儀の際、野見宿禰が殉死の代わりに墳丘に埴輪を立てることを提案し、土師の姓をたまわったという。

 同センターの村瀬陸主事は「古墳時代後期の窯のすぐ近くで埴輪片が見つかり、垂仁天皇と同じ古墳時代前期にも埴輪生産が行われていたことが分かった。その事実が、日本書紀の埴輪誕生説話の元になった可能性もある」としている。

 同センターの夏季特別展「奈良市の埴輪―土師氏の故郷でのハニワ生産」は9月28日まで。午前9時から午後5時開館。土日曜、祝日は休館(8月25日は除く)。入場無料。

奈良新聞 2018.08.02
https://www.nara-np.co.jp/news/20180802093004.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1533199602/続きを読む

1: 記憶たどり。 ★ 2018/07/31(火) 10:43:12.99 ID:CAP_USER9
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180731-00000025-mai-soci

徳川将軍家の駕籠(かご)が福井県小浜市の曹洞宗「発心寺(ほっしんじ)」で見つかった。
31日発表した県によると、3代将軍家光(1604~51年)の駕籠で、側近の小浜藩主、酒井忠勝(1587~1662年)が初めて若狭国入りした際に贈ったとされる。初代家康を除き将軍用の駕籠は現存せず、専門家は「大変な驚きで、近世交通史の貴重な資料だ」と話している。

駕籠は箱状の座席に担ぎ棒を渡した乗り物で、明治期に人力車が普及するまでは広く利用された。
家光が贈ったとされる駕籠は、廃藩前の明治初期に小浜城から買い受けた商人が発心寺に寄贈した。
寺の老朽化に伴う解体工事で昨年12月に見つかり、県立若狭歴史博物館などが調査していた。

見つかった駕籠は、座席部分が長さ118センチ、幅86センチ、高さ102センチ。竹やヒノキの薄板を編み込む「網代(あじろ)」の手法を施す外観は質素だが、内側は焦げ茶のビロードが貼られ、格子部分をスライドして開閉できる夢想窓が細工されている。両端の金具に徳川家の三つ葉葵(あおい)紋がある黒漆塗りの担ぎ棒は現存する最長の497センチで、上部が丸みを帯びる。

酒井忠勝は家光からの信任が厚く、晩年は大老に就いて将軍家を支えた。1634年に若狭国入りした際には家光から馬も受けたとされ、駕籠からは主従の強い結びつきがうかがえる。将軍家の駕籠は家康の3丁が残るだけで、東京都江戸東京博物館の斎藤慎一学芸員(中世史)は「内外装の仕様は武家社会での身分を示しており、階層性を示す貴重な資料だ」と話している。

駕籠は幕末期の1860年、当時の小浜藩主だった酒井忠義(1813~73年)が京都御所を訪問する際にも利用しており、県立若狭歴史博物館は開催中の「幕末明治福井150年博」で8月1日から特別公開する。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1533001392/続きを読む

1: 樽悶 ★ 2018/07/29(日) 18:42:06.28 ID:CAP_USER9
家族から寄贈された阿南惟幾の刀=竹田市竹田町
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 竹田市ゆかりの陸軍大将、阿南惟幾(あなみ・これちか)(1887~1945年)の刀が、家族から阿南惟幾顕彰会(会長・首藤勝次市長)に寄贈された。8月7~17日に広瀬神社(竹田町)境内の記念館で一般公開。市総合文化ホールのオープニング企画展「竹田で出会う美しい日本」(10月7~14日)でも展示する。

 阿南は竹田市玉来出身。内務官吏の父・尚の転勤で東京などを転々としたが、本籍は竹田市に置いた。鈴木貫太郎内閣で陸軍大臣を務め、太平洋戦争末期に戦争継続を主張。ポツダム宣言受諾が決定し、8月15日に自決した。

 刀は長さ83センチ。白さやには「濃州関住人奈良太郎藤原兼永以大華耐錆鋼作之」と彫刻している。市教委文化財課の工藤心平学芸員(36)は「日本初のステンレス鋼製の刀を手掛けた藤原兼永が作った。強靱(きょうじん)さと鋭利さが特徴で、歴史的価値が高い」と評価する。

 今年1月、東京に住む娘が「古里に刀が納まれば父が喜ぶ」と打診。首藤会長と受け取りに行った白井幸光事務局長(71)は「命を懸けて陸軍内部の戦争続行論を沈静化させたとされる人物で、広瀬神社に顕彰碑もある。ゆかりの品で、歴史に目を向ける人が増えたら」と話した。

大分合同新聞 2018/07/29 03:01
https://oita-press.co.jp/1010000000/2018/07/29/JD0057154540
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1532857326/続きを読む

1: みつを ★ 2018/07/30(月) 04:50:00.51 ID:CAP_USER9
http://www.afpbb.com/articles/-/3184153?cx_part=top_latest

18世紀のロケット弾、井戸から1000発以上見つかる インド南部
2018年7月29日 17:14 
発信地:ベンガルール/インド [ インド アジア・オセアニア 英国 ヨーロッパ ]

【7月29日 AFP】インド南部カルナタカ(Karnataka)州で、古井戸から18世紀に同地を統治していたマイソール(Mysore)王国の支配者ティプー・スルターン(Tipu Sultan、在位1782~1799年)のロケット弾1000発以上が見つかった。州当局が27日、明らかにした。

 同州考古学当局の幹部によると、州都ベンガルール(バンガロール、Bangalore)の北西約385キロに位置するシモガ(Shimoga)県で井戸を掘削していたところ、ティプー・スルターンが戦いに備えて保管していたロケット弾と砲弾が発見された。

 強力な支配者だったティプー・スルターンは英国東インド会社(British East India Company)との戦いで勝利を重ねたが、1799年の第4次マイソール戦争(Fourth Anglo-Mysore War)で戦死した。

 ティプー・スルターンはマイソール式ロケットと呼ばれる初期のロケット弾を開発したとされており、このロケット弾は後のナポレオン戦争で使用された英国のコングリーブ・ロケット(Congreve Rocket)の原型となった。

 現地の専門家がAFPに語ったところによると、枯れ井戸の掘削作業中に土から火薬のようなにおいがしたことが、大量のロケット弾や砲弾発見の手掛かりとなった。また、発掘は考古学者や作業員ら15人が3日がかりで行ったという。

 ロケット弾は全長23~26センチ。今後シモガの博物館で一般公開される予定だという。(c)AFP

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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1532893800/続きを読む

1: ばーど ★ 2018/07/30(月) 11:01:51.58 ID:CAP_USER9
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 29日に放送された俳優・鈴木亮平(35)主演のNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」(日曜・後8時)の第28話の平均視聴率が11・1%だったことが30日、分かった。

 ドラマの1月7日の初回視聴率は15・4%となり、関東地区では2000年以降の作品で最も低い数字を記録。第2話は初回と横ばいの数字、第3話14・2%、第4話14・8%、第5話は番組最高の15・5%をマークした後、14~15%で推移推移した。

 第13話で13・0%を記録すると、数字はやや落ち始め、第16話では11・1%に。その後は12~14%台を推移している。第27話は12・0%で、今回は0・9ポイントダウンした。

 明治維新から150年の今年、巧みな戦術と実行力で徳川幕府を倒し、明治維新を成し遂げ、近代国家・日本を作り上げた西郷隆盛の激動の生涯を新たな視点で描く作品。林真理子さん原作、中園ミホさんが脚本を手がける。(数字は関東地区、ビデオリサーチ調べ)

7/30(月) 10:41
スポーツ報知
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180730-00000100-sph-ent
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1532916111/続きを読む

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