1: 名無しの司馬遷
土佐の岡田似蔵
薩摩の田中新兵衛
肥後熊本の河上彦斎についていろいろ語り合いましょう。
no title

13: 名無しの司馬遷
>>1
何で桐野利秋がいないの?
3大~だったら当然筆頭だろ?維新後も生き残ってんのコイツくらいなんだし。
人斬り半次郎を書かない>>1は夏厨ケテーイ

14: 名無しの司馬遷
>>13
いや、中村半次郎も知ってましたよ。ただ、いろんな書物では中村半次郎
を外してる方が多かったのであえてそうしました。
まあ、4人衆でも良かったんですけどね。人斬り半次郎の話題も別にかまわないですよ。
ちょっと、指摘させてもらうと河上彦斎は維新後も一応生存してます。
明治3年ぐらい?にすぐ処刑されてますが。
あと、私は会社員で夏厨ではないのであしからず。

303: 名無しの司馬遷
最強の人斬り、天堂晋助を忘れるなよ、>>1
歴史も知らんくせにスレ立てるな!!

天堂晋助は奇兵隊にも属しており、西郷、坂本竜馬、勝海舟にも影響を与えた男。
田中新兵衛と組んで幕府と戦ったこともある。
高杉晋作にその実力を買われた男だぜ!!

305: 名無しの司馬遷
>>303
架空人物を持ち出して、わざと突っ込んでもらおうとする意図が見え見え。
かなりダサい。

4: 名無しの司馬遷
皆悲惨な最期遂げてるよな…
まああれだけ人斬った報いなのだろうか…?

7: 名無しの司馬遷
岡田似蔵が個人的には好き。
竜馬に言われて敵方の勝海舟の護衛したりとか。
でも身分的にも周りから疎んじられてたのはちょっとかわいそうな気がする。
幕末にはいろんな人がいたが剣の腕は誰が一番凄かったんだろうねえ。
似蔵の剣は何かで読んだが泥臭い剣だったというのを読んだ事あるが。

9: 名無しの司馬遷
>>7
剣術で有名なのは桂小五郎とか坂本竜馬あたりだろ。
桂小五郎に関しては、この板のどこかではぐれメタル扱い
されててバクショーさせてもらったYO

15: 名無しの司馬遷
龍馬は薙刀っつー話だけど、
剣もホントに強かったんだろーか?

皆の幻想に過ぎないんじゃないだろ-か?

なんて思い続けてる次第です。

16: 名無しの司馬遷
>16
それなりに強かったんでは。

17: 名無しの司馬遷
早乙女貢っていう人の『龍馬暗殺』という短篇を読んだら、竜馬の事をボロクソに書いてた。
その人曰く、剣は弱かったらしい。

18: 名無しの司馬遷
>>17
早乙女貢はしょうがない。あの人は確か先祖だか出身だか忘れたが
会津藩に関わりが深いはず。勤皇方に良い印象はないでしょう。

19: 名無しの司馬遷
>>17
早乙女は・・・(以下略

竜馬の剣はそこそこ強いだろうけど、新撰組のひら隊士に負けるかもな。

21: 名無しの司馬遷
斬った人数では、彦斎がトップらしい。

22: 名無しの司馬遷
>21
何人?有名人は誰を斬った?

29: 名無しの司馬遷
>>22
佐久間象山。あとはほとんど記録に残ってないはず。
一番記録が残ってるのは以蔵でしょう。

35: 名無しの司馬遷
>>29
彦斎の場合は、斬った人名までは判明していないが
同志間で斬った人数が話題に上っているんだよ。

43: 名無しの司馬遷
>>35
確かそうだね。俺はこのスレで出てる中村半次郎も含めて
彦斎が一番強かったと思う。

>>37
政府転覆を図った罪で新政府側に処刑された。
実際は濡れ衣着せられたらしいが。

23: 名無しの司馬遷
ジゲン流は、初太刀をかわせばなんとかなる。初太刀に命かけてくるから。
ちぇすと~~~~!!

27: 名無しの司馬遷
ちぇすと!!
って何か意味あるの?

31: 名無しの司馬遷
>>27
薩摩の独特の掛け声みたいなもん。気合を入れるためのね。

28: 名無しの司馬遷
佐々木只三郎

38: 名無しの司馬遷
>>28
佐々木只三郎も剣の腕相当強かったらしい。
新撰組の連中と同じようなもんかな?

30: 名無しの司馬遷
竜馬ってすごい強いのかと思ってた。
だからピストル持ってたのか。
千葉道場ですごかったのもウソ?

34: 名無しの司馬遷
>>30
まあ幕末物の記録も眉唾ものが多いからな・・・
でも竜馬が弱かったって事は無いと思うが。
真剣での切り合いはしてないはずから一概に強い弱いは判断出来ないが。

36: 名無しの司馬遷
>>34
幕末剣豪スレで散々ガイシュツだが、小栗流の免許皆伝なので
そこそこの使い手だったことはいえる。
北辰一刀流の免許を示す史料が無いのが残念だがね。

37: 名無しの司馬遷
河上彦斎って、どうやって死んだの?殺されたの?病死?

44: 名無しの司馬遷
>>37
かつての同志・木戸孝允の密命によって反乱罪の容疑で処刑されている。
冤罪だが。

48: 名無しの司馬遷
じつは彦斎に反乱の証拠が無かったことは、裁判を担当した
島本仲道(土佐出身)が後年告白している。

39: 名無しの司馬遷
新兵衛や以蔵は、時期的に新選組が本格的に始動する以前に
活動を止めているが、彦斎の場合は新選組の最盛期に
活動している点がすごい。

49: 名無しの司馬遷
>>39
そうだよね・・・佐久間象山暗殺した時も確か池田屋事件の半月後
ぐらいだったと思ったが。新撰組が長州の浪士狩りしてる時期
にやってるのが凄い。

50: 名無しの司馬遷
>>49
それがなんですごいの?

55: 名無しの司馬遷
>>50
当時京都市中は池田屋事件あったせいもあって超厳戒体制だった。
あちこち新撰組や幕府側の警備が厳重だったはず。
長州が京都に攻めてくる噂も流れてたし。実際半月後に禁門の変が起きるが。
そんな状況の中でよく暗殺できたなという感じ。

56: 名無しの司馬遷
>>50
新選組が猛威を振るうようになると(元治以降)、文久期にみられたような
尊攘派によるテロは下火になるんだよ。その真っ只中で彦斎は京都で活動していた。

41: 名無しの司馬遷
斉藤一って明治になって年とってから、缶に一撃で穴を空けたって聞いたが?
竹刀だったと思うが、違うかな?

51: 名無しの司馬遷
>>41
新撰組の中での剣の強さベスト3は沖田総司、永倉新八、斉藤一だと思う。

52: 名無しの司馬遷
>>51
永倉って斎藤より強いの?

62: 名無しの司馬遷
>>52
同じぐらいでは?
でも永倉は池田屋では実質近藤、沖田と3人で数十人相手に戦ったから
相当の腕使いと思われ。

70: 名無しの司馬遷
>>62
永倉新八が、「沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣」と言っているので、
斎藤は永倉より強いと思っていたけど、どうなんだろうね?

71: 名無しの司馬遷
>>70
元隊士の阿部十郎によれば、永倉・沖田・斎藤の順で強かったそうな。
(『史談会速記録』)

72: 名無しの司馬遷
>>71
何と!永倉新八が一番強かったとは・・・
一位沖田・二位斎藤・三位永倉の順で強いだろうと思っていたが、
見当違いだったのね。

53: 名無しの司馬遷
新選組は彦斎にとって不倶戴天の敵なわけよ。
彦斎の生涯の師・宮部鼎蔵が池田屋で殺害(自刃らしいが)されているから。

京都の宮部の墓は、維新後彦斎が建立したものなんだよね。
昭和50年代に寺院の土中から発見された。

54: 名無しの司馬遷
新選組と彦斎って、戦わなかったの?
出遭う可能性があった(危険!)から、すごいってことなの?

63: 名無しの司馬遷
>>54
池田屋事件から禁門の変にかけての短期間に、新選組隊士が
少なくとも二名市中で斬殺されている。
下手人は特定されないけど、彦斎が絡んでいた可能性もある。

59: 名無しの司馬遷
>>53
だね。宮部鼎蔵との兼ね合いもあるね。
宮部の墓は確か三縁寺だったよね?
>>54
一応記録には残ってない。

61: 名無しの司馬遷
>>59
そーです。京都の三縁寺ね<宮部の墓碑
墓石の裏側に彦斎の名前が彫られているよ。
彦斎がこの世で最後になした仕事が、宮部と松田重助の墓碑の建立だね。

58: 名無しの司馬遷
新選組の三浦敬之助(象山の遺児)は、彦斎に復習するために
新選組に入隊しているね。近藤や土方も援助を惜しまなかった。

64: 名無しの司馬遷
>>58
でも途中で酒色に溺れて逃げ出したんだよな(w
土方と近藤があれだけ世話したのに情けねえ…

65: 名無しの司馬遷
>>64
期待の重さに耐え切れなかった。普通の人。

66: 名無しの司馬遷
>>64
そうそう。素行不良で、けっきょく新選組を脱走しているね<三浦敬之助
近藤なんか、敬之助が仇を討つときは協力すると申し出たほど入れ込んでいたのにねえ。

67: 名無しの司馬遷
>>66
佐久間象山は傲岸不遜で知られた人物だけど、なぜか新選組には
好意を持っていたんだよ。
近藤も土方も象山を敬愛していたからだろうな。

73: 名無しの司馬遷
阿部十郎の表現を借りれば、永倉は沖田や斎藤よりも「稽古が進んでいた」らしいよ。
彼らよりも剣腕が一段上だったんだろうね。

76: 名無しの司馬遷
服部武雄をわすれんなよ。

77: 名無しの司馬遷
>>76
服部武雄も凄まじかったらしい。
伊東甲子太郎ら高大寺党に新撰組と分裂したが
最期となった油小路の変では服部が斬って斬って斬りまくって死んだ。

78: 名無しの司馬遷
服部だけ、あの時は鎖帷子をつけてたので、いくら切られても致命傷にならなかった。

80: 名無しの司馬遷
岡田以蔵と河上彦斎は比較的資料や生没年などが残ってるが
田中新兵衛は謎が多いよなあ。あまり伝聞もないようだし。

83: 名無しの司馬遷
>>80
せいぜい海江田武次の談話くらいだね。
新兵衛は薩摩の同志(精忠組)からは冷遇されていて
代わりに土佐勤王党にべったりだったからなあ。

90: 名無しの司馬遷
>>83
実質新兵衛は土佐勤皇党の人みたいなもんだよな。
薩摩の精忠組は寺田屋でほとんど死に絶えてしまったし残ってた連中は
尊攘派はわずかしかいなかったしね。

97: 名無しの司馬遷
>>90
新兵衛の擁護者だった森山新左衛門親子が寺田屋事件で
死亡したから孤立してしまったんだよな。
で、天誅第一号(島田左近暗殺)で名をあげ武市に注目
されるようになったわけだ。

99: 名無しの司馬遷
>>97
そうだね。それで武市が新兵衛と以蔵の二人を使って京都に天誅の嵐が
吹き荒れるわけやね。
以蔵と新兵衛の腕は同じぐらいだったのかな?
本間精一郎暗殺の時は以蔵の刀が軒先のどっかに引っかかってやばかった
だよな。それで、すかさず新兵衛が斬り倒した。

101: 名無しの司馬遷
>>99
道場剣術にかけては、以蔵が桃井道場出身だけに
新兵衛の自己流示現流よりもスマートかもしれないが、
暗殺にかけては、新兵衛の方に一日の長があったかも(w

85: 名無しの司馬遷
道場剣術では、岡田以蔵が一番強いように思う。

87: 名無しの司馬遷
顔は誰が一番かっこいいんだろう?

89: 名無しの司馬遷
桐野はハンサムで女性にもてたというね。
以蔵は容貌魁偉だったそうだし、新兵衛は風貌は伝わっていないと思う。
彦斎は一見女性のような顔立ちで、とても人斬りには見えなかったそうだ。

91: 名無しの司馬遷
>>85
以蔵は鏡心明知流だったっけ?
>>87>>89
写真残ってるのが中村半次郎だけというのが残念。
半次郎はまあまあいい男に見えるね。

98: 名無しの司馬遷
以蔵や新兵衛はあきらかに鉄砲玉的役割を担わされていた感じだが、
彦斎はちょっと違う感じだね。

100: 名無しの司馬遷
>>98
彦斎は思想的にもちゃんとした考えを持っていた人だった気がする。
まあ師匠的立場だった宮部鼎蔵が学問的にも優れた人だったらしいし。

102: 名無しの司馬遷
>>100
宮部鼎蔵は肥後藩の軍学師範だった人だけど、身分の卑賤を問わず
門人を受け入れたんだよね。坊主職の彦斎が山鹿流軍学と尊皇思想
を学べたのは、宮部鼎蔵に大きく依っているんだね。

106: 名無しの司馬遷
宮部鼎蔵って何をした人?

107: 名無しの司馬遷
>>106
http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/shoukai/rekisi/miyabe.html
ここ読めば少しは分かるかな。自分でネットで検索する努力もしましょう。

117: 名無しの司馬遷
岡田以蔵の最期が一番悲惨だよなあ…

129: 名無しの司馬遷
>>117
言っちゃあ悪いが自業自得と思われ。

118: 名無しの司馬遷
彦斎の最期も悲壮感があるが・・・
新兵衛も壮絶だったね。

119: 名無しの司馬遷
桐野少将はある意味一番豪快だったかも。

120: 名無しの司馬遷
人斬り半次郎ってのは後世にできた呼称らしいぞ。
3人衆に入れないのは当然だろ。

121: 名無しの司馬遷
>>120
だな。中村半次郎は後世に作られたっぽい。剣の腕が凄かったのは事実だろうが。
たぶん史実に残ってる自身の「京在日記」の赤松小三郎暗殺話から
多少脚色されたのだと思う。

125: 名無しの司馬遷
田中新兵衛って姉小路公知(字合ってる?)を暗殺したって疑惑だね。
そのために処刑か斬首されたんじゃないの?

127: 名無しの司馬遷
>>125
姉小路公知暗殺は那須信吾(吉田東洋暗殺犯の一人、
後に天誅組の乱で死亡)ら土佐勤皇党が
武市半平太の指令で行ったものでしょう。
田中新兵衛の刀だかその鞘だかを盗んだのも恐らく那須らか
その手先。当時、武市らは薩摩を追い落とすことに必死だったし、
姉小路公知が勝海舟の影響で開国論・富国強兵論に
変りつつあって、邪魔になっていた。

因みに、田中新兵衛は、その刀を見せられて、即座にハラキリ。
どうやら刀を盗まれるなど武士の恥なので、それで弁解もせずに
自害したらしい。

128: 名無しの司馬遷
こんな無法状態じゃ新選組や見廻組が創られて当然かも。

130: 名無しの司馬遷
京の都なんて普通に人が血流して転がってたらしいよ
うちのひいじいちゃんが言ってたもん

夜の京は出歩くんやないぞ
化け物がでるぞ
ってよく話を聞かされた
でも、ひいじいちゃんの話は結構リアルで楽しかったよ

今思えば、ひいじいちゃんてとてつもない時代を生きてたんだなぁって感心してる

133: 名無しの司馬遷
ただし、岡田以蔵よりも憎らしいのは彼を散々利用してポイ捨て、
しかも毒殺までしようとした武市半平太。
人斬りよりも罪が格段に重いのはこういう黒幕だ。
河上彦斎の場合は走狗とは言えんが、その一徹ぶりが良い。

140: 名無しの司馬遷
久々の1です。
>>130
俺も数年前まで仕事で何年か京都に住んでいてそーいう話は
いくつか聞いた。京都の人たちにはやはり幕末の出来事ってのは
強烈な印象を残したんでしょうなあ。

>【^▽^】刺客兼用心棒ジョーカー 氏
俺も幕末好きだがジョーカー氏もかなりお詳しいですね。
>>133
同意。ただ、武市は最期が強烈だったから(切腹三段斬り)
ちょっと許せるかなと。まあ武市の場合評価が分かれるし何とも言えんが。
>>136
それマジなんすか?あれだけの仕打ちして高知県も酷い・・・以蔵が可哀想すぎる。
よく覚えてないんで忘れたけど確か戦前の維新政府の活躍した人物に
勲章みたいなのをあげるのに以蔵だけ除外されたと記憶してるが…何だったかな?

141: 名無しの司馬遷
>>140
べつに以蔵に限ったことではないよ。
以蔵は文芸作品で有名になっただけで、省みられない
勤王党の志士は幾人もいる。

135: 名無しの司馬遷
岡田以蔵は哀れむべき愚か者だ。
しかし、岡田よりも身分が低く学も無いが田中新兵衛は
「武士の恥」というものを知っていた。
非武士出身でも無学でも武士になった甲斐がある。

138: 名無しの司馬遷
河上彦斎は生き様がけっこうカコイイ

139: 名無しの司馬遷
河上彦斎の孫、利治は大日本生産党という右翼団体にいて
戦後も活動していたとか。

142: 名無しの司馬遷
永倉と斎藤って何から何まで対極的な男だね。
多弁で豪放ガイラクの江戸っ子で曲がった事は大嫌いの永倉と影があり謎が多い斎藤。
得意技が永倉が唐竹(某小説で龍閃と名付けられてた)で
斎藤が突き(知っての通り某漫画では牙突)というのも陰陽の技で面白い。
明治以後の生き方も対象的。

147: 名無しの司馬遷
豪放ガイラク・・?>>142

143: 名無しの司馬遷
永倉の得意技が唐竹などと書かれた文献は無いよ。
というより、唐竹が得意技というのも変だし(w
永倉の談話を元にした井筒艶翁の著作には、いわゆる
龍尾剣が得意とはあるけど。

ところで「豪放ガイラク」って2ch用語なの?

144: 名無しの司馬遷
>>143
確か永倉の池田屋事件の談話に「息の上がってきた相手を得意の唐竹でしとめた」とかいうくだりがあるよ。

160: 名無しの司馬遷
河上彦斎画像キボンヌ
no title
*2002年のスレです

161: 名無しの司馬遷
>>160
河上彦斎含めて他の二人も肖像画すら残ってないはずだが。

166: 名無しの司馬遷
「人斬り鍬次郎」こと新撰組大石鍬次郎の腕は冴えていた。京都で町人に化けた
薩摩の密偵を追跡中、後ろから「おい!」と声をかけて刀を抜きつけ、相手の
首を横に薙いだ。斬られた首はふりむきつつ「何どす?」としゃべったという(w

167: 名無しの司馬遷
>>166
大石鍬次郎ねえ。
あまり人気ないよね。

169: 名無しの司馬遷
河上は顔が青白く、いつなんどきも無表情。こんな奴こそ最強

171: 名無しの司馬遷
>>169
それでいてものすごく冷徹だものね。
「余、人を斬る、猶木偶人を斬るが如く。嘗て意に留めす」
なんて言っちゃう位だから怖いよ。真正のテロリストって感じだ。
木戸や三条が粛清しようとしたのも無理は無いと思う。
たとえ粛清されなくても思想傾向からいって
間違いなく神風連の乱に参加して死んでいたろうね。

余談だけど彦斎は余り剣術が上手いという訳ではなかったらしいよ。
ただ実戦にはめちゃくちゃ自信があったようで、試合に負けた相手に
「真剣だったら絶対に貴方を殺せる」(意訳。スマソ、原文忘れた)
とうそぶいて、震え上がらせたって逸話もある。

177: 名無しの司馬遷
>>171
長州内戦のとき、彦斎は数人に囲まれて三人の首を取り残り数名を負傷させたという記録が残っている。
たしかに実戦では凄まじい剣技が冴え渡ったようだ。

神風連の乱自体、彦斎の処刑が遠因となっているので存命なら
参加したかどうか微妙なとこだな。

170: 名無しの司馬遷
チョット聞きたいです。
幕末の日本で最も知名度が高かった剣術の流派は
一体何なんでしょう?
やっぱり「北辰一刀流」とか「天然理心流」「神道無念流」
当たりですか?
他に心当たりのある方、どうか教えて下さい。

172: 名無しの司馬遷
>>170
鏡心明智流。

176: 名無しの司馬遷
>>172
「鏡心明智流」=「キョウシンアケチリュウ」?
ぶっちゃけ、全くの素人なので読み方すら分かりませんです。
この流派で有名な剣士は誰なのです?

168: 名無しの司馬遷
ていうか、最近なんで河上彦斉の人気があるん?
漫画にでもなった?

183: 名無しの司馬遷
>>176
きょうしんめいちりゅう
>>168
折れも何で彦斎こんな話題なってるか聞きたい
しかもよっぽどの幕末オタしか知らん人物だと思うが

186: 名無しの司馬遷
>>183
最近マンガになってるんだよ。美形キャラで(w

178: 名無しの司馬遷
>>176
やっぱ肥後の上田馬之助と周防の宇野金太郎だろう。
あとは武市瑞山(塾頭)、岡田以蔵が一般に知られているか。

173: 名無しの司馬遷
>>170
天然理心流は当時は田舎剣術とされて知名度は全然ないよ。
天然理心流が知られるようになったのは新撰組が有名になってからのことだね。

175: 名無しの司馬遷
後に山岡鉄舟が幕末の頃を回顧して、明治維新の元勲・偉勲の中で人を切ったこと
のないのは俺ぐらいのものだと言ったとか。

184: 名無しの司馬遷
天然理心流の「極意」とかわかる人いませんよね~
いくら何でも。
何でもけっこうなので「天然理心流」のコト教えて下さい。

194: 名無しの司馬遷
>>184
一にも気組、二にも気組の喧嘩剣法だって。
”燃えよ剣”に書いてあった。

196: 名無しの司馬遷
>>194
小説を典拠にしないでくれ。

195: 名無しの司馬遷
>>184
天然理心流は、遠江出身の近藤内蔵之助という人物によって
寛政7年頃に創始された。
剣術の他、柔術、棒術、気合術なども含めた総合武術で、
形式を飾らない実践向きの流派であったらしい。

187: 名無しの司馬遷
河上は顔は蒼白で デブだったし、物干し竿級の長刀使いですが

188: 名無しの司馬遷
>>187
違う。背が低く痩せ形で顎が尖っていたそうだ。
(同志の加屋霽堅の記録による)

189: 名無しの司馬遷
河上は桜田門の変で傷ついた浪士の手当てをしたんだっけ?

190: 名無しの司馬遷
>>189
そう。井伊大老を襲撃した水戸浪士たちは細川藩邸に投降した。
浪士たちを接待したのが、当時坊主だった彦斎ね。

191: 名無しの司馬遷
彦斎は最後まで真っ直ぐに生きすぎて、最後は処刑されたんだよね。

192: 名無しの司馬遷
以蔵が武市じゃなく、竜馬と行動していれば人生が変わったのかなぁ?

193: 名無しの司馬遷
>>192
一応文久三年以降、武市の元を離れて龍馬についていたんだけど
やっぱりそこからも脱落してしまったんだよ。

234: 名無しの司馬遷
>>192
人間味のある龍馬と違い、武市は冷血漢です。

235: 名無しの司馬遷
>>234
まあ武市は以蔵を犬畜生のような扱いしてたしな
思想は共感出来るとこもあるんだが…
それが無ければもう少し生き長らえたと思うんだが

198: 名無しの司馬遷
彦斎は何故像山を殺ったんだ?
その後随分なやんだみたいだね。

199: 名無しの司馬遷
>>198
象山が西洋かぶれだから斬ったというのは俗説。
象山が会津藩公用方と進めていた天皇を彦根に待避計させる
画を阻止するため。

当時の京都市中は長州軍包囲に備え厳戒態勢であり、
斬奸を決行する側も命がけだった。

彦斎がその後、人斬りを止めた理由ははっきりしないが、
ずいぶん堅く決意したそうだ。

222: 名無しの司馬遷
>>199
象山暗殺の理由についてはその他にも
明治時代の史料編纂官であった井野辺茂雄の著作によれば
「象山は開国論者であった、佐幕論者であった。
而して又過激なる手段によりて世態の一変を期待せる尊攘論者に反感の情を抱いていたるが故に
長藩を中心とせる急進派の倒幕計画に賛同せず
むしろその計画を阻止し破壊せんとするが如き態度を示した」
ということも大きかったらしい。

それと、象山以後人斬りをやめたことについては、彦斎自身は
「象山を斬るの時、(中略)余をして毛髪の逆竪に堪へざらしむ。
是れ彼が超代の豪傑なると、余の命脈既に尽くの兆にあらざるなきを得んや。
今より断然此不祥的の所行を改めて、まさに象山を以て其手を収めんのみ」
と述懐している。

これをどう解釈するかは、人それぞれだろうけどね。

223: 名無しの司馬遷
>>222
そうなんだよ。なぜ象山を斬ったときだけ
初めて人を斬った気持ちになったのか不明なんだよね。

236: 名無しの司馬遷
>>223
象山に斬りかかった時、馬上の象山から
「弱虫どもが何をするか!!」と一喝された、というあたりに
集約されているのだろうね。

239: 名無しの司馬遷
>>236
あんた、それ岡田以蔵の逸話と勘違いしているよ。

241: 名無しの司馬遷
>>239
そうでした。この台詞は以蔵の。
象山が一喝した台詞はどんなだったっけ・・・逝ってきます

242: 名無しの司馬遷
>>241
「早まるな、小僧」というセリフを記したものが多いが、
元ネタは小説。

207: 名無しの司馬遷
佐久間象山かぁ。彦斎は寅次郎の師匠と知ってたんだろうか?
象山は寅をかなり気にいってたらしいから。

209: 名無しの司馬遷
>>207
ていうか、それ以前に彦斎の師の宮部鼎蔵の師でもある<象山

師の師を斬ることについては、品川弥次郎ら村塾生の間でも
討議されたが、「やむなし」となったと述懐してるよ。

221: 名無しの司馬遷
他に竜馬死後、近藤勇が寺田屋のお竜を何回か口説くが失敗、後に竜馬の妻と知ると「どうりで気の強い女だった」と言った。 半次郎に近藤そして竜馬、お竜はかなり美人だったのか?

224: 名無しの司馬遷
>>221
お竜の写真とされてる物を見ても、現代でも美人に入るよね。
しかしまぁ、性格どうだろう。いまどきの女性に近い人だったのかも。
海援隊のやつらも世話見なかったしなぁ。
童門冬二の小説だとめちゃ最悪に書かれてるよな・・・。なんか哀れ。

225: 名無しの司馬遷
>>221
今も寺田屋にあるが
一応お竜と言われてる肖像写真はかなり美人

226: 名無しの司馬遷
224-225
あ、あの写真は龍馬の妻ではなく
芸妓の写真であることがほぼ確実になったらしいよ。
名前は忘れたけど、伊藤博文のお気に入りだったそうだ。

けっきょくお龍の写真は老年期のものしかないのだなぁ。

229: 名無しの司馬遷
>>226
昔は眉唾で芸者じゃないかと言われてが
ちょっと前に、新しい写真が見つかって、竜と分かったらしいよ。

230: 名無しの司馬遷
>>229
ちがうの。その新しい写真が発見されたことで
お龍とは別人だったことが、その後あきらかになったんだよ。
やはり芸妓だった。

238: 名無しの司馬遷
亀レススマソ。
河上彦斎の肖像画は、京都にお住まいの彼のご子孫宅に
所蔵されておりまつ。
たまーに歴史系雑誌の特集なんかで見掛ける。
中岡慎太郎の写真(こわーい方)をもう一回り細面にして
総髪・色白にした感じ。

240: 名無しの司馬遷
>>238
あれはあくまで複製でして
現物は現存しません。

245: 名無しの司馬遷
武市は女房のマ○コしかしらない変わり者。

246: 名無しの司馬遷
>>245
ほんと変わり者だよな

251: 名無しの司馬遷
河上彦斎の尊攘思想は、肥後勤王党の中心人物の宮部鼎蔵に影響が御多分にあるが、
目明かしを斬りお尋ね物になり潜伏旅をしていた清河八郎が熊本を訪れ、演説ぶった事で、生粋の尊攘主義者となった。
 
そして、尊攘活動を刺激された宮部と供に京へ、上る事になったようだ。

258: 名無しの司馬遷
河上彦斎の差料は同田貫だったかな?

259: 名無しの司馬遷
>>258
使ってた刀ですよね?
岡田似蔵と田中新兵衛も何使ってたんだろう?そんな高い物は使ってないだろし
やっぱ無銘刀使ってのかなあ。

260: 名無しの司馬遷
>>258
似蔵て・・・。

新兵衛は薩摩鍛治 奥和泉守忠重。姉小路殺害の時に現場に
落ちてたやつ。
以蔵は坂本の佩刀肥前忠弘を借りていた。
「武市瑞山在京日記」に、この忠弘の峰子先を折ってしまった以蔵が
新しい刀を買うため武市に5両借りたというくだり有。

264: 名無しの司馬遷
>>260
あぁ誤字スマンwありがとでした
皆けっこういい刀使ってますな。
>>263
ちょい役ぐらいで出るかもしれませんね。無名の俳優あたりで。
古い話になるが大河の西郷と大久保の「飛ぶが如く」での
杉本哲太の中村半次郎は最高だった。あれで私は初めて中村半次郎知りますた。

262: 名無しの司馬遷
河上の佩刀発見。
「柄三尺、穂三尺、野太刀のような逞しい大長刀」とのこと。
河上家の縁者、小森彦馬と言う人物がこの長刀について
「以前吉武家に六尺五寸もあろうかと思われる大太刀があって
それには河上彦斎大友玄明の銘があったというが、その大太刀の
ことではないかと思う」と記している。

263: 名無しの司馬遷
>253 中村半次郎、御陵衛士残党を薩摩藩邸に匿った後なら
新撰組との絡みで登場してもおかしくないと思われ・・・

実際、阿部、内海、佐原三名、油小路一件に出遅れた彼等に藩邸からの
外出許可を出したのも中村。其の後、外出で未遂に終わったが沖田襲撃
がこの3名によって決行されているし・・・しかしそこまで三谷が御存じか
どうか・・・

271: 名無しの司馬遷
昔、何かの本で読んだけど、
似蔵らグループが飲み屋で話をしてて誰かが
「あいつ気に入らん。」で、皆も「そうだ、そうだ。」
気づくと似蔵がいない。
しばらくしたら店の入り口に似蔵が立ってて、片手に生首。
よーく見ると「あいつ気に入らん。」の「あいつ」
で、似蔵が一言、「これを肴に飲み直そう。」

これマジ話だったらスゴイ。

272: 名無しの司馬遷
>>271
それは河上彦斎だな。岡田以蔵ではない。
事実かどーかは分からんが。

286: 名無しの司馬遷
>>271
そのエピソードは見沢知廉の本にも載ってたけど、元々の出典は何だろね

273: 名無しの司馬遷
ガイシュツかも知れんが、
以蔵は、本間精一郎暗殺の時、刀が鴨居か何かに引っ掛かって抜こうとしてた隙に、
新兵衛が本間を斬ったという話がある(異説有り) 
本当かどうか知らんが、これを知って俺は、以蔵より新兵衛の方が暗殺技術が巧いのでは?
と思ってる。

276: 名無しの司馬遷
>>273
「本間精一郎暗殺の時、刀が鴨居か何かに引っ掛かった」というのは本当。
本間殉難の地の看板の奥に入ったところに以蔵の刀傷と言われている
傷が実際残ってます(普通の民家だから多分今は普通には入れないけど)

で、引っかかってる間に新兵衛が本間を斬ったかどうかは謎。
でもそれを以蔵がコンプレックスにしてたって話もあるから
あながち嘘ではないのかも。
新兵衛は島田左近を斬ったあとだったし、その時点で場数の上では
新兵衛の方が踏んでたしね。

278: 名無しの司馬遷
>>276
以前京都に住んでたが
本間精一郎暗殺の民家の刀傷は今は見れない。昭和50年代の初めぐらいまでは
間近で見れたらしいが隣にビルなどの建物が建築され密集されてから
全く見えなくなったはず。
京都市中には幕末関連の遺跡はあちこちにあるが最近の都市化で
かなり存在感薄れてきてるし遺跡自体も痛みなど激しい。
歴史的遺跡がこーして消えていくかと思うと非常に悲しい。

274: 名無しの司馬遷
正直、暗殺屋は闇討ち勝負だから、剣術は中堅どころだろう。
後世、あーだこーだいわれているが、今でいえばやくざの鉄砲屋にすぎんよ。
つまり小説とかで脚色された架空の人物をあーだこーだ言ってるっつうことには
ならないか?

277: 名無しの司馬遷
>>274
以蔵は、勝海舟の護衛をしていた時、襲撃してきた刺客を返り討ちしている

304: 名無しの司馬遷
河上彦斎が殺した記録は佐久間象山しかありません。
河上が多くの人斬りをしたってのは歴史小説で作られたキャラクターであり、本物の河上ではない。

306: 名無しの司馬遷
>>304
殺したのが象山ということではなく、判明している事件が
それだけということでしょ。
幕吏を含む多数の人間を手にかけたことは、彦斎自身が同志に述懐していることだ。

ただ彼が他の人斬りと異なるところは、天誅行為の愚かしさに気づき
維新後は建設的に生きようとしたこと。

311: 名無しの司馬遷
土佐の岡田似蔵、薩摩の田中新兵衛、肥後熊本の河上彦斎にしろ
ろくに剣術の心得がない連中を狙うようなテロリストだな。

313: 名無しの司馬遷
>>311
お前、武芸者と勘違いしてたのかよ。
やれやれ・・

315: 名無しの司馬遷
>>313
昔は俺もそうだった。
まあ大目に見てやってくれ。

328: 名無しの司馬遷
幕末人斬られ三人衆も希望。
井伊直弼、生麦事件の外人、あとは誰だろう。

329: 名無しの司馬遷
佐久間象山タソ…

337: 名無しの司馬遷
桐野も人を斬ったという記録がそんなにない人だなぁ。
むしろ桐野を見出した大山格之助の方が上手だったかもしんない。

338: 名無しの司馬遷
>桐野も人を斬ったという記録がそんなにない人だなぁ。

禁門の変とか戦場では思う存分斬りまくったと思われ。

340: 名無しの司馬遷
何故河上は松蔭を尊敬していたのに、松蔭の師である象山を暗殺したんだろう?

342: 名無しの司馬遷
>>340
河上はかたくなに尊王攘夷だから開国主義者とは合わない。

343: 名無しの司馬遷
彦斎が宮部にくっついて池田屋会合に参加してたら面白かったのに。
それか、熊本遊説で感化した清河についてったらなぁ~。
 
宮部清河もったいない…

344: 名無しの司馬遷
>>343
たられば言ったらきりないけど
もし彦斎が池田屋にいたら新選組側も隊士の死者が増えてたと思われ。
でも結局最後に討ち取られてしまうかなあ。

355: 名無しの司馬遷
やはり一番強かった(恐れられてた)のは中村半次郎じゃないのかな?
「新撰組ではやつにだけだ近づくな」と言われてたくらいだし

367: 名無しの司馬遷
>>355
 中村が人斬りとされたのはもうチョイ後の事。
 新撰組が中村に手を出さなかったのは、当時薩摩は一応幕府と結託してる形
 をとってたから。
 中村は西郷のお気に入りだから下手に手を出して機嫌を損ねると、最大外様の
 薩摩が離れるのを懸念したためとも考えられる。
 薩摩に手を出さないというのは新撰組の方針というよりも、会津・幕府の方針
 であり、それに従っただけ。

因みに、河上は新撰組の活動期真っ盛りの時期に殺しまくりだったみたいね。

379: 名無しの司馬遷
文久3年5月25日(1863年7月10日)夜、
会津藩は、朝命によりれた姉小路公知
(あねこうじ・きんとも)の暗殺犯として
薩摩の田中新兵衛を捕縛しました。

この日の深夜、武家伝奏坊城は会津藩
公用人(外島機兵衛)を呼び出し、姉小路
暗殺犯は薩摩人田中雄平(新兵衛)である
ので早急に捕縛するよう命じました。
外島が証拠を尋ねたところ、現場に遺された
刀の持ち主は田中であり、そのことは多くの
長州・土佐藩士が知っていると答えたそうです。
さらに、三条実美からも田中捕縛の命令が下りました。
外島が帰館して容保に告げると、容保は物頭安藤九左衛門
に兵を率いさせ、公用局からは外島、松阪、広沢を同行させました

この中の誰かだな。

385: 名無しの司馬遷
河上彦斎って 新選組は斬ってないんだよね池田屋で師匠の宮部なんとかがやられたら 報復する筈なのに・・・。司馬遼太郎の本では「河上彦斎ですら新選組と闘ったことは一度もない」とあった

387: 名無しの司馬遷
>>385

新選組には、暗殺対象となりうるような要人がいなかったからね。

388: 名無しの司馬遷
>>387
報復だろうがない。仲間内にはあったがな。

419: 名無しの司馬遷
>>387
新撰組は、一生懸命斬ってたよね。

405: 名無しの司馬遷
以蔵が勝の護衛をしてたのってどの位の期間だったの?
実際のところ武市とかはそれを知ってたのかな

408: 名無しの司馬遷
>>405
勝が京にいた時、数週間。

406: 名無しの司馬遷
新撰組で一番強いのは





吉村貫一郎

407: 名無しの司馬遷
>>406
実在していないよ。

415: 名無しの司馬遷
>>407
お~い、吉村は実在してるって。
強いかは疑問だけどな。

417: 名無しの司馬遷
>>415
浅田次郎は斉藤一より上に書いてるな、もしそれが本当だとしたら
相当な腕前ということになる。

418: 名無しの司馬遷
>>415
嘉村の名前だけ使ったんだよ。
内容は全て浅田の創作。

410: 名無しの司馬遷
那須信吾の名前がないけど・・・

411: 名無しの司馬遷
>>410
土佐の人は人気がない。

412: 名無しの司馬遷
河上彦斎は佐久間象山と言う大物を斬った事で、暗殺者生命を絶たれたらしい。
なんでも暗殺者は弁の変わりに剣で自己アピールするわけで、所詮小物。
小物は小物しか斬れない。ただ技量ゆえか彦斎は佐久間と言う大物を切ってしまう。
この時、彦斎はショックを感じたわけで、暗殺をそれ以降止めてしまったと言う。

416: 名無しの司馬遷
「人を斬るのは木偶を斬るのも同じだが、象山を斬った時は身の毛がよだつのを感じた。
 象山は当代の豪傑。こっちの命まで消え失せる気がした。」

427: 名無しの司馬遷
勝海舟の「氷川清話」に河上彦斎のことが出ているね。なんで知り合いなのかな?

428: 名無しの司馬遷
>>427
聞き語りじゃないの?

429: 名無しの司馬遷
>>428
いや、ひどい奴だったとか言ってる。

430: 名無しの司馬遷
そりゃ親族殺されてるしな…
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/history/1028537259/