839: 名無しさん@おーぷん 2016/09/01(木)02:26:55 ID:9wq
次は晋襄公編やで~
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1454959392/

774: 名無しさん@おーぷん 2016/08/04(木)22:21:45 ID:coF
このあとは、在位年代を考えると
晋襄公→宋成公→鄭穆公→楚穆王→晋成公→楚荘王みたいな感じかな?
途中で秦の康公や斉や魯の誰かも入る?

775: 名無しさん@おーぷん 2016/08/06(土)14:37:17 ID:w2j
ワイが気になるのは楚の荘王のあとは
君主よりも大臣のほうが重要な時代になることや。
イッチがどんなふうに料理してくれるか楽しみやで

846: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:38:07 ID:MIe
前628年
十二月庚辰
晋都絳


晋文公薨去


彡(゚)(゚)「ワイは驩。第24代晋公重耳の子供やで。昨日パッパが死んでもうたから、今日からワイが晋公や。」

彡(゚)(゚)「今日はパッパの柩を曲沃まで運ぶで。曲沃の霊廟でお葬式せなあかんからな。」

彡(゚)(゚)「さあ出発や!!」


…ゥ…ン…ゴ…


彡(゚)(゚)「ん?なんの音や?」


…ウ゛…ブ…ンゴ…


彡(゚)(゚)「ファッ!?パッパの柩から変な声するぞ!?」


郭偃「公、私にお任せを。フムフム…」


…ゴ…グブ…ギョ…


郭偃「公!!一大事でございます!!先君が戦の指示を出しておられますぞ!!」

郭偃「秦の軍が我が領内を通過しようとしており、これを撃てば大勝利が得られるとのことです!!」


彡(゚)(゚)「!?」


驩(諡:襄公。以下襄公)は晋文公の嫡子である。母は斉桓公の娘の偪姞であった。
前628年12月己卯、文公薨去に伴い、襄公が即位した。
この時、襄公はまだ十代半ばという若さであった。

さて薨去の翌日、文公の遺体を納めた柩を宗廟のある曲沃に運ぼうとしたところ、突然柩の中から牛の鳴くような声が聞こえた。
そして、この声を郭偃がよく聞いてみると、その内容はなんと、晋領内を無断で通過する秦軍を撃て、というものだった。

847: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:39:14 ID:MIe
前627年


欒枝「調査致しましたが、確かに秦軍は我が領内を通るつもりのようです。」

彡(゚)(゚)「なんと…どないしよか…」


( ・`公・´)「公!秦は欲に目が眩んで国民を酷使しております!これは大チャンスですぞ!」 ←先軫

( ・`公・´)「このチャンスに敵を撃たなければ、必ず将来禍が生じます!今こそ攻撃しましょう!」


欒枝「いや…しかし…先君文公は秦公には大層お世話になりましたぞ。そして我々はその恩にまだ報いておりません。」

欒枝「そんな時に秦軍を攻撃するのはさすがに無礼なのでは?先君が聞かれたらなんと仰るやら。」


( ・`公・´)「秦はこちらの喪を悼むこともなく、我らの同姓の鄭を攻めようとしておるのですぞ!!秦こそ無礼の極みではありませんか!!」

( ・`公・´)「何が恩恵なものか!!今敵を逃せば100代先まで禍根を残すことになりましょう!!先君もわかってくださるはずです!!」


彡(゚)(゚)「…確かに先軫の言うとおりや。パッパもそう言うたわけやしな。」

彡(゚)(゚)「出撃や!!ワイも行くで!!喪服を真っ黒に染めろ!!」


文公の予言は当たっていた。
秦はなんと、新鄭を奇襲する計画を立て、こっそり出兵していたのである(秦穆公編参照)。

晋の朝廷では、秦軍を撃つべきか、先軫と欒枝の間で激しい論争が行われた。
しかし、結局先軫の意見が通り、晋軍は出撃することになった。
この時襄公は、文公の葬儀が終わっていないにも関わらず、自らも戦場に赴くことにした。
これを機に、即位間もない若き自分の威厳を見せようとしたのであろう。
そしてそのために、素白の喪服を真っ黒に染め上げたのである。

848: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:39:36 ID:MIe
四月



彡(゚)(゚)「秦軍め!!とうとう現れおったな!!」

( ・`公・´)「おまかせ下さい!!1人も逃がさず殲滅してご覧にいれます!!」

( ・`公・´)「全軍突撃!!」


ドドドドドドドド


孟明視「ファッ!?」


秦軍壊滅


四月、晋領内の殽の地で、襄公と先軫率いる晋軍は、鄭の攻略に失敗して引き揚げる秦軍を急襲した。
不意を衝かれた秦軍はなすすべなく壊滅し、孟明視・西乞術・白乙丙という秦の三人の将軍は悉く捕虜となった。
史記に曰く、「無一人得脱者」。
秦軍は文字通り全滅したのである。

849: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:40:37 ID:MIe
晋都絳


彡(^)(^)「いや~、清々しいほどの圧勝やったな~。」

彡(^)(^)「これでやっと落ち着いてパッパの葬式ができるわ。」


文嬴「公。大勝利おめでとうございます。」

彡(^)(^)「おっ!マッマやんけ!!どうもありがとうやで!!」


文嬴「時に公。秦の将軍たちはどうなさるおつもりですか?」

彡(^)(^)「そんなもん決まっとる。全員ぶっ殺して御先祖様のお供えもんにするやで。大勝利のお礼や!!」


文嬴「…公。そのことなのですが、どうか3人を秦に送り返してやっては戴けませんか?」

文嬴「あの3人は晋と秦を争いに巻き込んだ張本人です。わが父任好は、きっと奴等を怨み骨髄に入るほど憎んでおります。」

文嬴「奴等を捕まえて肉を食っても飽き足らぬでしょう。わざわざ公が手を下されるまでもありません。」

文嬴「どうか、秦に帰してそこで処刑させ、父の気持ちを満たしてやって下さい。」


彡(゚)(゚)「…う~ん…どないしよかな…」

彡(^)(^)「まあええわ。マッマがそこまで言うんやったらしゃあないな。」


文嬴 ニヤッ


凱旋した襄公は、黒染の喪服を着たまま、文公の葬儀を執り行った。
これ以降、晋では黒の喪服を着る習慣が生まれたという。

さて、襄公は捕えた秦の三将軍を処刑しようとした。
ところが、亡き文公の夫人だった文嬴が、三将軍の助命を嘆願した。彼女は秦穆公の娘であった。
文嬴曰く、「繆公之怨此三人入於骨髓。」 (『史記』、「繆公」は秦穆公のこと)。
「怨み骨髄に入る」という成句のいわれである。

そして、文嬴に哀訴された襄公は、独断で三将軍を釈放してしまう。

850: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:40:51 ID:MIe
数日後


( ・`公・´)「公。秦の将軍どもはどうなさいましたか?」

彡(゚)(゚)「ああ、あいつらなら秦に帰らしたで。マッマに頼まれたんや。」

文嬴 コクコク


( ・`公・´)「…ェ…な…んと…」


( ●`公●´)「公!!いったいどういう事ですか!!!!」


彡(゚)(゚)「ワヒッ!?」


文嬴 ニヤニヤ

851: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:41:24 ID:MIe
( ●`公●´)「よいですか!!あの将軍たちは、軍人たちが命を賭けて体を張り、散々苦労して捕まえてきたのですぞ!!」

( ●`公●´)「それを婦女の言葉に騙されて逃がしてしまうとは!!せっかくの戦果が台無しではありませんか!!」

( ●`公●´)「これでは敵を太らせたも同然です!!間もなく晋は亡びますぞ!!」

( ●`3●´)、 ぺッ


彡(●)(●)「…ア…アワ…アワワ…」ガタガタ

彡(●)(●)「…すまんゴ…すぐ追っかけさせるんゴ…」ガタガタ

彡(●)(●)「…よ…陽処父…頼むわ…」ガタガタ


(■R■)「はっ!!」 ←陽処父


秦の三将軍が釈放されたことを知った先軫は激怒した。
なんと彼は、怒りにまかせて襄公を散々に怒鳴りつけ、さらに面と向かって唾を吐きかけたのである。
しかし、襄公はこの無礼を咎めなかった。独断で物事を進めた非を認めたのであろう。
襄公は直ちに命を発し、襄公の太傅(守役)だった陽処父が三将軍を追跡した。

852: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:42:04 ID:MIe
黄河


(■R■)「急げ!!何としても追い付いてひっ捕らえるのだ!!」 ドドドドドド

(■R■)「あっ!!あれは!!」


孟明視・西乞術・白乙丙「さいなら~www」 ドンブラコー


(■R■)「まずい…これでは逃げられる…」

(■R■)「そうだ!!兵車の馬を解き放せ!!」


(■R■)「御三方!!公からの贈り物の馬がありますぞ!!どうぞ戻ってこられよ!!」


孟明視(馬鹿がwww誰が引っかかるかよそんなもんwww)

孟明視「晋公のお許しで私たちは無事に帰国できそうですよwww」

孟明視「3年後にはこの借りをきっちり返させて戴きますからねwww覚悟しといてくださいなwww」


(■R■)「…駄目か…」


兵車に乗って猛進した陽処父は、黄河の畔でついに三将軍を発見する。
しかしその時、三将軍は既に舟に乗ってしまっていた。舟のない陽処父は手出しできない。
そこで陽処父は、兵車の左の副馬を解放して、公命と称して三将軍に贈り、呼び戻そうとした。
しかし、孟明視はその策を見破り、三年後に報復する、と言い捨ててそのまま去ってしまった。

結局、三将軍は無事に秦に帰還した。
そして、なんと秦穆公は、彼らを罰することもなく、そのまま政務を続行させたのである。

853: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:42:26 ID:MIe
八月
晋都絳


彡(゚)(゚)「ファッ!?狄が攻めてきおったとな!?」

彡(゚)(゚)「すぐ迎撃や!!先軫!!頼むで!!」


( -`公-´)「はい…承知致しました…」


彡(゚)(゚)(ん?あいつちょっと元気なかったな…)


戊子



( -`公-´)「…全軍突撃…」

(*^◯^*)「わかったんだ!!」 ←狐射姑


ワーワーワー


(*^◯^*)「やっぱり狄なんて大したことないんだ!!所詮は山奥の野蛮人なんだ!!」

(*^◯^*)「ほら!!もうウチの下軍があんなところまで攻め込んでるんだ!!」

954: 名無しさん@おーぷん 2016/09/29(木)20:56:25 ID:efS
>>853
今更だけど、狐射姑って狄を野蛮人扱いする人なのかな?
狐氏はもともと狄の一派だったはずだけど

854: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)00:42:55 ID:MIe
( -`公-´) スクッ


(*^◯^*)「ん?元帥?どうかしたんだ」


( -`公-´)「…この先軫…公に唾するなどというとんでもない無礼を犯した…しかしながら未だ何の処罰も受けていない…」カブトヌギー

( ・`公・´)「もはや自分の手で罰を受けるしかない!!」クワッ


(*^◯^*)「???」


( ・`公・´)「さらば狐射姑どの!!後は任せましたぞ!!」ガラガラガラ

( ・`公・´)「さあ御者!!全速前進だ!!敵陣にまっすぐ突っ込むのだ!!!」ドドドドドドドドド


(*^◯^*)「」


八月、狄が晋を侵した。当然、晋軍は迎撃のため出撃する。
戊子の日、両軍は箕で交戦し、晋軍は狄軍を大破。下軍大夫の郤缺が狄の君主を捕獲した。

ところが、この会戦の最中、突然元帥の先軫が兜を脱ぎ、なんと狄軍の正面に突入して、そのまま戦死してしまったのである。
先軫は、殽の合戦の後で襄公に唾を吐きかけたことを深く恥じ、後悔していたのであった。
先軫は狄兵に首をとられた。首は後に晋軍に返されたのだが、その顔はまるで生きているようであったという。

ちなみに、狐射姑は狐偃の子である。

856: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)08:13:36 ID:e7F
>>854
乙やでー
郤缺の生い立ちについてもちょっと書いてほしいやでー

857: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)21:02:37 ID:Uk5
>>856 
流石に無茶やろ 
大抵の人物は史書に現れるの成人してからや 
子供の頃のことなんてわからんやつが大半よ 
郤缺も初登場は親父の叛乱に加わったときじゃねえかな

858: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)22:21:39 ID:e7F
生い立ちって書き方悪かったな。
ワイが言おうとしたのは
親父の叛乱~狄との戦いまでの経緯のことやな

861: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)23:27:01 ID:Uk5
>>858
そこかー
まあそこなら資料的には問題ないやろな

859: 名無しさん@おーぷん 2016/09/06(火)22:25:23 ID:6CS
ここのところ、晋文公・楚成王・秦穆公と同世代の話が続いてたけど
ようやく、次の世代に移行した感じか。

862: 名無しさん@おーぷん 2016/09/07(水)12:41:41 ID:lPh
>>859
次の世代といっても進む時間はry

864: 名無しさん@おーぷん 2016/09/07(水)21:40:19 ID:NCr
横山光輝の史記で読んだなぁ

868: 名無しさん@おーぷん 2016/09/09(金)21:19:53 ID:rDs
しかし字が難しいな・・・
>>864
ワイも光輝とかで覚えたりしたわ

871: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:54:22 ID:VlH
前626年
晋都絳


彡(゚)(゚)「パッパの喪が明けたことやし、ワイもそろそろ本気出すやで!」

彡(゚)(゚)「まずは衛を叩くで!!あいつら全然挨拶に来えへんし、それどころか一昨年は勝手に鄭攻めおったそうやないか!!」

彡(゚)(゚)「先且居!!出陣や!!」


(●▲●)「わかりました。直ちに手配致します。」 ←先且居

(●▲●)「ところで公。これを機に周王に拝謁なさってはいかがですか?」

彡(゚)(゚)「ん?なんでや?そんなもんめんどくさいやんけ。」


(●▲●)「衛を討つのは、衛が我が国に朝見せぬのを咎めるためです。」

(●▲●)「然るに公が周王への拝謁を怠っては、諸侯に示しがつきませんよ。」

(●▲●)「王都まで行かれるのがどうしてもお嫌でしたら、途中まで王に来ていただくのでも構いません。とにかく謁見なさいませ。」

彡(-)(-)「…う~ん…まあそれもそうやな…そうしよか…」


かつて晋文公の末年、諸侯が晋に朝見した際、衛の成公は朝見せず、ばかりか勝手に鄭を攻めた。
晋文公は覇者となってからも衛には過激な対応をとり、なんと成公を毒殺しようとしたこともあった。
そのため晋と衛の関係は険悪だったのである。

そこでこの年、襄公は衛を攻撃し、衛の大夫孫炎を捕獲した。
この時、先軫の後を継いで宰相となっていた先且居が、周王に朝見するよう襄公に進言した。先且居は先軫の子である。
これを受け入れた襄公は、温で周王に拝謁したという。

ちなみにこの年、楚では楚成王が太子商臣に殺されている。

872: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:54:51 ID:VlH
前625年

晋都絳


(●▲●)「公!!秦が我が国にむけて出兵したそうですぞ!!」

彡(゚)(゚)「なんやと!?一昨年の仕返しのつもりか!!性懲りもなく!!」

彡(゚)(゚)「叩き潰せ!!出陣や!!」

(●▲●)「はっ!!」


彭衙


孟明視「今度は絶対勝つぞ…今に見てろよ…」


ドドドドドドドドドドドドドドドド


(●▼●)「ハハハハハ!!よろしくニキーwww」


孟明視「ファッ!?」


秦軍崩壊


この年、殽の戦いに報復するため、秦軍が晋に向け出撃した。将は再び孟明視であった。
ところが、この情報は晋に筒抜けであり、晋軍はとてつもない速さで出撃した。
そして、なんと晋軍は大胆にも逆に秦に侵攻し、彭衙の地で、未だ晋に達していない秦軍を急襲したのである。
不意を衝かれた秦軍はなすすべなく大敗した。
勢いに乗った晋軍は、この年の冬に宋陳鄭の兵を伴って再び秦を攻め、彭衙と汪という二城を占領する。

ところが、秦穆公はまたしても孟明視を処罰せず、逆に宰相の位を与えていよいよ厚く信任したのである。

873: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:55:19 ID:VlH
前624年
晋都絳


(●▲●)「公!!また秦軍が来ましたぞ!!」

彡(゚)(゚)「またか!!懲りん連中やでホンマに!!」

彡(゚)(゚)「何遍来たって叩き潰したるわ!!出陣や!!」


('ω`)「公。おそれながら、今回は撃って出てはならぬと存じます。」 ←趙衰

彡(゚)(゚)「なんやと!?敵に領地荒らされるんを黙って見とけ言うんか!!」

('ω`)「それも致し方ありません。敵は二度の敗戦で反省し、慎重に徳を積んできております。」

('ω`)「そういう相手とマトモにぶつかるのは得策ではありませんよ。こちらからは出撃せず、城を固く守っておればよいのです。」


彡(゚)(゚)「…まあ…それもそうか…確かに無理はいかんわな…」


この年、秦軍が再び晋を侵した。今度は秦穆公自らの出陣であった。
これに対し、晋側は趙衰の進言に従い、城に籠って守りに徹した。
二度の敗戦で晋を恨んでいる秦軍と正面衝突するのを避けたのである。
秦軍は王官と郊という二城を落とし、殽で戦死者を弔ってから撤退した。

しかし、晋もやられっぱなしでは済まない。
翌年、再び晋軍は秦を攻め、新城と刓という二城を占領したのである。
秦と晋の激しい攻防はこの後も延々と続くことになる。

874: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:56:12 ID:VlH
前622年


('ω`)「うっ!?」 バタッ

(●▲●)「うっ!?」 バタッ

欒枝「うっ!?」 バタッ

胥臣「うっ!?」 バタッ


彡(゚)(゚)「ファッ!?」


前621年


晋の地・夷


彡(゚)(゚)「なんかみんな死んでもうたし、後任立てるで。」

彡(゚)(゚)「人が足らんから、大臣は6人で充分や。」


上軍 将:箕鄭 佐:荀林父

中軍 将:狐射姑 佐:趙盾

下軍 将:先蔑 将:先都


前622年、なんと趙衰・先且居・欒枝・胥臣の4人が一斉に死亡した。
中でも先且居は他の三人より一世代若く、おそらく働き盛りの年齢であったから、晋にとっては大きな痛手であった。
やむなく翌年、襄公は夷の地で閲兵式を行い、新たに卿を上記のように任命した。
しかし、往時の清原の閲兵式の頃と較べて人材不足は否めず、新上軍と新下軍を廃して三軍編成に戻したのである。

狐射姑は狐偃の子、趙盾は趙衰の子である。
旧勲の子を中枢に据え、これでなんとか政権は安定するものと思われたのであるが…

875: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:57:03 ID:VlH
晋都絳


(■R■)「人事の事はお聞きしましたぞ。狐射姑(*^◯^*)を宰相にされたそうですな。」

彡(゚)(゚)「せやで。狐偃の子供やし、アイツの言う事ならみんな従うやろ。」

(■R■)「公!私は反対ですぞ!奴はとても宰相の器ではありません!!」

(■R■)「この前の閲兵式の時も、調子に乗って臾駢とかいう大夫を侮辱したそうではありませんか!!」

彡(-)(-)「…う~ん…まあ確かにそれはそうやな…」


彡(゚)(゚)「ほんでも代わりがおるんか?なんか最近は頼りない連中ばっかりやぞ?」

(■R■)「私は趙盾(・8・)がよろしいと思います。」

彡(゚)(゚)「趙盾やと?アイツ今までなんもしてへんやんけ。」

(■R■)「彼は非常に有能ですよ。宰相に据えればきっと国の利益になります。」

彡(゚)(゚)「…ほ~ん…そんなもんか…」

彡(゚)(゚)「まあええわ。ほなもっかい閲兵式するか。」


夷での人事に、後からなんと陽処父の横槍が入った。
陽処父は、なんと趙盾を宰相とするよう襄公に迫ったのである。
実は陽処父はかつて趙衰の配下であり、その縁で趙盾の肩をもったのだ。

ただ、それだけのことであれば、襄公は許可しなかったであろう。
しかし、実際のところ狐射姑は政治家としては二流であり、夷の閲兵式でも臾駢という大夫を辱めたりと傍若無人な振舞が多かった。
そのため、襄公はこの意見に賛同した。

876: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:57:18 ID:VlH
晋の地・董


(*^◯^*)「閲兵式をやり直す!?どういうことなんだ!?」

(・8・)「??」


彡(゚)(゚)「今から人事を発表するやで!!」

彡(゚)(゚)「中軍の将は趙盾!!佐が狐射姑や!!」


(*^◯^*)「」

(・8・)「」


襄公は、董で閲兵式をやり直し、趙盾と狐射姑の席次を入れ替えた。
即ち、これまでなんら実績のない趙盾が突然宰相になったのである。

しかし、陽処父の見込み通り、趙盾は非常に有能であった。
宰相となると、彼は国政の大改革に乗り出したのである。
即ち、法制度を改正・整理し、国政の腐敗を取り除いて等級の乱れを正し、隠れた才能を発掘したのである。
晋文公の時代の名臣が死に絶え、人材が不足した晋にあって、彼はしっかりとその努めを果たしたのだ。

とはいえ、この一件で狐射姑は陽処父と趙盾を恨んだ。

877: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:58:00 ID:VlH
八月


彡(^)(^)「趙盾、よう頑張っとるようやな。お前みたいなしっかりした奴がおってくれてワイも安心やで。」

(・8・)「ありがたきお言葉、畏れ入ります。」

彡(^)(^)「色々あったけど、これで晋も安た…」


ドクン


彡(●)(●)「ウッ!?胸がっ!?」 バタッ

(・8・)「ファッ!?公!!しっかりなさいませ!!」

彡(●)(●)「…なんやこれ…ワイは死ぬんか…」 ガクガク

彡(●)(●)「…趙盾…夷皐(●゚◇゚●)を頼むで…」 ピクピク

彡(-)(-)「」 ガクッ

(・8・)「…ェ…そんな…馬鹿な…」

┏━━━━━┓
┃ / \ ┃
┃/   \┃
┃ (゚)(゚)ミ ┃
┃ ノ   ミ ┃
┃ つ  ( ┃
┃  )  ( ┃
┗━━━━━┛
  襄公薨去


八月、なんと襄公は薨去した。死因は全く不明である。
この時襄公は20歳前後であり、本人も含めてだれもその死を予測していなかったことだろう。

襄公の治世はたった6年足らずであるが、その間、先代からの重臣たちをうまく活用して覇権を維持した。
また、秦との争いでも常に的確な判断を下し続け、更に臣下の世代が変わっても適正な人事を行って政治を停滞させなかった。
名君と呼んで差し支えないであろう。

ただ、後述するが、死んだタイミングは最悪であった。
太子の夷皐はこの時まだ幼児だったのである。

878: 名無しさん@おーぷん 2016/09/11(日)23:58:29 ID:VlH
晋襄公編はもう少し続く。

主な登場人物


(・8・)
趙盾。趙衰の子。晋の宰相。

(*^◯^*)
狐射姑。狐偃の子。晋の前宰相。

(●゚◇゚●)
夷皐。襄公の嗣子。

(■R■)
陽処父。襄公の太傅。

公子雍、公子楽
晋文公の子。

884: 名無しさん@おーぷん 2016/09/14(水)12:26:08 ID:1V3
晋都絳


(・8・)「こんにちはみなさん。お忙しいなかお集まりいただきありがとうございます。」

箕鄭・荀林父・先蔑松・先都「いえいえ。」


(*-3-*)「…」 プイ


(・8・)「…」

(・8・)「…本日お集まり戴いたのは他でもない。新しい君主のことです。」

(・8・)「夷皐さまはまだ幼すぎます。国事多難の折ですから、年長の国君でなければ務まらぬでしょう。」

(・8・)「そこで、秦の雍さまをお迎えしたい。雍さまは年長で、徳もあり、先君文公も大層可愛がっておられました。」

(・8・)「それに、雍さまは秦と太いパイプをお持ちです。君主となれば秦との関係も良くなるでしょう。」

箕鄭・荀林父・先蔑松・先都「なるほど…確かにそうですな…」


(*^◯^*)「ちょっと待つんだ!!」

(・8・)「?」


夷皐があまりにも幼かったため、晋の首脳は、他国に預けられた晋文公の子を迎え入れることにした。
その候補として、趙盾は雍の名前を出した。
雍は秦穆公の娘の杜祁の子で、その縁で秦に預けられていたのである。
人格も血統も申し分なく、さらに秦と繫がりのある雍を推すのは至極当然の判断であった。

ところが、狐射姑がこれに反論した。

885: 名無しさん@おーぷん 2016/09/14(水)12:27:05 ID:1V3
(*^◯^*)「ぼくは陳の楽さまがいいと思うんだ!!」

(*^◯^*)「楽さまのお母さんの穆嬴さまは、懐公と文公の2人と結婚したんだ!!だから楽さまにすれば国も安定するに違いないんだ!!」


箕鄭・荀林父・先蔑松・先都「…は…はあ…」(何言ってんだこいつ)


(・8・)「穆嬴さまの序列は文公の妃のなかで9番目でした。低すぎて威光に欠けますな。」

(・8・)「それに、そもそも2人の君主と結ばれるというのは良いことではありません。ただただ淫蕩としか言いようがないでしょう。」

(・8・)「そして楽さまはというと、文公の御子でありながら大国には相手にされず、陳のようなチンケな国に暮らしておられる。」

(・8・)「たとえ即位なさっても陳の援助など全くアテにならぬのですから、国を安定させることなどできはしませんよ。」

箕鄭・荀林父・先蔑・先都「確かに確かに」ウンウン


(*^◯^*)「ぐぬぬぬ…」


(・8・)「もう他にご意見はありませんね?」

(・8・)「では先蔑どの。秦に行って雍さまにこのことをお伝えして下さい。」

先蔑松「わかりましたぞ。」


狐射姑が挙げたのは、あの穆嬴の子の楽であった。当時楽は陳に預けられていた。
しかし、楽はあらゆる点で雍に劣っており、誰も狐射姑の味方にはならなかった。
結局、首脳は雍を迎えることで決定し、先蔑と士会が使者となって秦に向かった。

886: 名無しさん@おーぷん 2016/09/14(水)12:27:42 ID:1V3
(*^◯^*)「くそっ…趙盾め…ぼくをないがしろにして…」

(*^◯^*)「こうなったら無理矢理でも楽さまを即位させてやるんだ!!」


数日後


(・8・)「なに!?楽さまが入国しただと!?」

(・8・)「狐射姑め!!勝手に呼び寄せやがったな!!」

(・8・)「許さん!!腕利きの者を集めろ!!」


数日後
晋の地・郫


楽「フフフ…もうすぐ俺も晋公だな…」ニヤニヤ


ヒューン


楽「ん?」


グサッ


楽「べッ!?」バタッ


(^8^)


趙盾との論争に敗れた狐射姑だったが、簡単にはあきらめなかった。
なんと彼は、勝手に陳に使者を送り、楽を晋に呼び寄せたのである。
晋都に着き次第、強引に即位させてしまおうという肚である。

しかしながら、この陰謀は趙盾にばれてしまった。
趙盾はすぐさま刺客を放ち、郫の地で楽を殺害した。

887: 名無しさん@おーぷん 2016/09/14(水)12:28:13 ID:1V3
九月
晋都絳


(*^◯^*)「なんだって!?楽さまが殺された!?」

(*●◯●*)「くそおおおおおおお!!!趙盾めえええええええ!!!どこまでぼくを馬鹿にするんだあああああああ!!!!」

(*●◯●*)「もうこうなったらヤケクソなんだああああ!!!みんなぶっ殺してやるんだああああああ!!!!」

(*●◯●*)「狐鞫居!!陽処父を殺して来いいいいいい!!」

狐鞫居「はっ!!」


陽処父死亡


十一月丙寅


(*^◯^*)「ぎゃはははははは!!陽処父め!!いい気味なんだ!!」

(*^◯^*)「そういえば今日は狐鞫居がなかなか帰ってこないんだ。何してるんだろ…」


狐鞫居「」チーン


(*^◯^*)「え゛っ!?」


楽を殺された狐射姑は激怒し、九月、趙盾の後ろ盾となっていた陽処父を、狐鞫居という武人に命じて暗殺させた。
これで趙盾を脅迫し、思いのままに操ろうとしたのであろう。
ところが十一月になると、なんと逆に狐鞫居が趙盾の手先に殺害されたのである。

888: 名無しさん@おーぷん 2016/09/14(水)12:28:31 ID:1V3
陽処父の逸話を一つ。

※スルー可


ある時陽処父は衛に行き、その帰り道、甯という地に立ち寄ったところ、嬴氏という人物と意気投合した。
嬴氏は「探し求めてきた君子にやっと出会えた」と言い、一家を挙げて陽処父につき従うことにした。

ところが、一行が温まで来ると、突然嬴氏は引き返した。そして妻に理由を聞かれると、以下のように答えたという。
「剛毅すぎる。柔なる者は剛を以て、剛なるものは柔を以てその性格を矯正すべきであるのに、あの人は剛毅一本槍だ。
きっとまともには死ねまい。天でも季節の運行には干渉しないのに、人間が無理を押し続ければ必ず禍に遭うだろう。
それに、あの人は見かけは立派だが、言葉は内実に乏しい。根本がないくせに人をおしのけてばかりいる。
これでは恨みを集めてしまい、とても身の安全など確保できないだろう。一緒にいたら、自分まで禍に巻き込まれる。」

実際、陽処父は剛毅さが仇となって身を滅ぼすことになった。

889: 名無しさん@おーぷん 2016/09/14(水)12:29:17 ID:1V3
(*^◯^*;;)「…逃げなきゃ…」


狐射姑亡命・狐氏滅亡


(・8・)「狐射姑が狄に亡命したか…」

(・8・)「臾駢どの!」

臾駢「何用でございますか?」

(・8・)「狐射姑どのの妻子を狄に送り届けて戴きたい。」


臾駢「ファッ!?」


狐鞫居が殺されたのを見た狐射姑は恐怖し、その日のうちに狄に亡命してしまった。
すると趙盾は、妻子と家財一式を狐射姑のもとへ送り届けたのだが、その使者に選ばれたのは、なんと臾駢であった。
かつて夷の閲兵式の際に狐射姑に侮辱されたあの臾駢である。
臾駢の配下たちは、妻子を皆殺しにして復讐しようとしたが、臾駢はそれを許さなかった。

後のことを思えば、これは賢明な判断であった。
もし狐射姑の妻子を殺戮していれば、狐射姑は晋を深く恨み、後世の楚の巫臣や伍子胥のように、全力で復讐したことだろう。
趙盾と臾駢の徳が晋を守ったのである。

とはいえこれ以降、晋では狐氏の大臣は一切現れなくなる。
即ち、狐氏は晋から完全に追い出されてしまったのである。

893: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)11:37:33 ID:Aga
前620年
秦都雍


先蔑松「雍さまには是非晋にお越し戴きたいですぞ。」

雍「わかりました。謹んでお受けします。」

秦康公「こりゃめでたい話ですな。これで秦晋の絆が一層固まるでしょう。」

秦康公「すぐに帰国されよ。護衛に軍隊を貸して差し上げます。」


晋都絳
趙盾邸


先蔑松「…というわけで、雍さまはまもなく帰国されますぞ。」

(-8-)「…そうですか…」

先蔑松「宰相?どうかされたんだぞ?」

(-8-)「…いえ…ちょっと…」


ガヤガヤガヤ


(-8-) ビクッ

先蔑松「ん?なにか外が騒がしいぞ。お客さまみたいですぞ。」



雍は即位を快諾し、この年、帰国の途についた。
秦康公もこの帰国には乗り気であり、往時の呂郤の乱の反省から、わざわざ軍を出動させて雍を護衛した。

この康公は秦穆公と伯姫の子である。前年に穆公が薨じたため、代わって即位していた。

894: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)11:38:06 ID:Aga
繆嬴「宰相!!この子という後継ぎがいながら、それを無視して国外に君主を求めるとはどういうことですか!!」ハラハラ

繆嬴「この子にどんな罪があるのというのですか!!この子をいったいどこに置こうというのですか!!」ハラハラ

(●゚◇゚●)「ママ~おなかすいたよ~」グー


先蔑松「…ありゃなんですぞ…」

(-8-)「繆嬴さまですよ。夷皐さまが放置されているのが不満で、ああして夷皐さまを抱いて、泣き叫んでおられるのです。」

(-8-)「毎日毎日、朝廷でも私の家でも所構わずあの調子です。困ったものですよ。」


繆嬴「先君はかつて、この子をあなたに託されたではありませんか!!」ドゲザシー

繆嬴「忘れたとは言わせませんよ!!どうしてその約束を破るのですか!!」バシンバシン(額を地面に叩きつける音)

(●゚◇゚●)「ママ~おしっこ行きたい~」ジョボジョボ


先蔑松「…」


(-8-)「…しかし先蔑どの…」

(・8-)「さすがに憐れだと思われませんか?」


先蔑松「??」


秦の協力も得て、雍の即位にはもはや何の問題もないように思われた。
ところが、おもわぬ事態が発生する。
なんと、夷皐の母親の繆嬴が、夷皐を抱いて朝廷に現れ、夷皐を即位させるよう泣いて訴えたのである。

895: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)11:38:28 ID:Aga
先蔑松「確かにかわいそうですぞ。でもどうしようもないんですぞ。」


(・8・)「本当にそうでしょうか?」


先蔑松「!!」

先蔑松「宰相…あんたまさか…」


(^8^)


先蔑松「」


繆嬴の執拗な哀訴に、趙盾は根負けしてしまった。
なんと、自分で招いた雍を無視して、夷皐を即位させることにしたのである。

896: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)11:38:50 ID:Aga
朝廷


(・8・)「国君は夷皐さまで決定しましたぞ!!」

箕鄭・荀林父・先都・先克「え゛!?」

(・8・)「秦軍が迫っております!!すぐに迎撃の軍を出しましょう!!」


先蔑松(なんやねんそれ)


丁亥
晋の地・堇陰
夜中


(・8・)「秦軍はすでに国境を越えて令狐に向かっているそうです!!」

(・8・)「雍さまを迎えるのなら秦軍は客ですが、迎えないと決めた以上、彼らは敵です!!」

(・8・)「ぐずぐずしている場合ではない!!先手を打って敵の度肝を抜き、獣を追い立てるように追撃してやりましょう!!」

(・8・)「出発進行!!」


箕鄭・荀林父・先都・先克・先蔑松「おー(棒)」


趙盾は朝廷で夷皐の即位を布告し、そのまま秦軍迎撃のため出撃した。
そして、奇襲をかけるため夜中に進軍したのである。

ちなみに先克は先且居の子で、亡命した狐射姑に代わって中軍の佐となっていた。

897: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)11:39:26 ID:Aga
戊子
晋の地・令狐


雍「いよいよ私も晋公だ…頑張らねば…」


雍「ん?」


ドドドドドドドドドド


(^8^)「ハハハハハ!!よろしくニキーwww」

箕鄭・荀林父・先都・先克・先蔑松「ハハハハハ…よろしくニキー…」


雍「ファッ!?」


秦軍崩壊


己丑
晋の地・刳首


先蔑松「なんなんだぞこの戦は!!さすがに意味わからんぞ!!あのクソ宰相めが!!」

先蔑松「こんなもんやってられないぞ!!もう晋は出ていくぞ!!」

士会「私も同感です。全く無礼にもほどがある。」

士会「このまま帰っても、雍さまを擁立しようとした責任を押し付けられそうだ。逃げるしかありませんな。」


先蔑・士会亡命

898: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)11:40:22 ID:Aga
隠密進行した晋軍は戊子の日、令狐で秦軍に奇襲をかけて大破し、崩壊した秦軍を追撃して刳首に達した。
即ち趙盾は、雍を迎えると言っておきながら、いざ帰国するとだまし討ちで追い払ったのだ。
なんとも滅茶苦茶な話である。あまりのことに、先蔑と士会は怒り、そのまま秦に亡命してしまった。

ところが、先蔑のおまけのように亡命した士会は、実は非凡な兵術家であった。
そしてこの後、士会は秦で客将となり、晋に何度も侵攻して晋軍を苦しめた。
そのため、後に趙盾は郤缺・魏寿余と共謀し、なんと士会を拉致して晋に連れ戻してしまうのである。

ともあれ、晋は夷皐(諡:霊公)を戴くことになった。
政治能力のない幼君の出現で、晋の君主の権威は一層低下することになる。


晋襄公編おわり

900: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)15:35:57 ID:Wkk
なんで趙盾気が狂うてしもたん?

902: 名無しさん@おーぷん 2016/09/15(木)21:20:56 ID:IF6
趙盾評価する向きもあるけど、
俺は名宰相とは思えないな

903: 名無しさん@おーぷん 2016/09/16(金)00:26:44 ID:7YA
君主で話を区切っているから、「晋襄公編」の続きだけど……
内容的には、「宰相趙盾・前編」って感じだな。

904: 名無しさん@おーぷん 2016/09/16(金)08:12:11 ID:QDQ
鄭荘公編と似たような構成だな。

905: 名無しさん@おーぷん 2016/09/16(金)12:28:55 ID:KXj
なにこれおもろいやんけ

907: 名無しさん@おーぷん 2016/09/16(金)13:04:08 ID:Zwz
この後の展開はやらんのやね

908: 名無しさん@おーぷん 2016/09/16(金)15:44:15 ID:sXJ
>>907
晋霊公編でやるんちゃう
やる価値のある君主かは疑問だが

910: 名無しさん@おーぷん 2016/09/16(金)20:14:57 ID:oCL
趙盾は君主ボンクラの割りにはよくやったほうちゃうか
まあそのボンクラ君主にしたのも趙盾だけど

911: 名無しさん@おーぷん 2016/09/17(土)13:48:12 ID:ILU
つまり±0ってことか

918: 名無しさん@おーぷん 2016/09/18(日)00:11:55 ID:b9L
>>911 
まあ…せやな