1: 泥ン ★ 2018/01/09(火) 20:08:44.20 ID:CAP_USER9
フィリピンの基地から出撃した陸軍特攻隊「万朶隊」の佐々木友次伍長機(写真=佐々木友次氏提供)
img_e3d9945330f46f3b3a849d808c7ff0ea35857

「9回特攻に出撃して、9回生きて帰ってきた」人がいます。名前は佐々木友次。作家・演出家の鴻上尚史さんは、92歳の佐々木さんに5回会い、その証言を著書『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)にまとめました。鴻上さんは取材を通じ、「志願して死んでいった」という話は、特攻を「命令した側」の見方だったのではないか、と考えました――。

■「命令した側」が作り上げた特攻隊のイメージ

佐々木友次さんの人生を知ることは、特攻隊を理解していくことでもありました。

調べれば調べるほど、「特攻隊とはなんだったのか?」という質問は成立しないと考えるようになりました。

特攻隊は「命令した側」と「命令された側」があって、この両者をひとつにして「特攻隊とはなんだったのか?」と考えるのは無意味だと思うようになってきたのです。

「特攻隊は『志願』だったのか、『命令』だったのか?」という今も続く論争も、この二つの視点を明確にしなければ、意味がないと考えるようになりました(佐々木友次さん達『万朶隊』(※)は明確に「命令」でしたが)。

※編注:佐々木さんは日本陸軍の特攻隊『万朶隊』の第一回出撃隊に選ばれた。

『神風特別攻撃隊』という戦後、ベストセラーになった本があります。大西瀧治郎中将の部下であり、海軍の特攻を命じた中島正、猪口力平の二人が書いたものです。

英語にも翻訳され、世界に「カミカゼ」のイメージを伝えました。「積極的に自分から志願し、祖国のためににっこりと微笑んで出撃した」という、今も根強いイメージです。

それには、第2章で紹介した関行男大尉が海軍第一回の特攻隊長に指名された時の様子が描写されています。

深夜、寝ているところを士官室に呼ばれた関大尉に対して、所属部隊の副長である玉井浅一中佐は、肩を抱くようにし、二、三度軽くたたいて、現在の状況を説明し、

「『零戦に250キロ爆弾を搭載して敵に体当たりをかけたい(中略)ついてはこの攻撃隊の指揮官として、貴様に白羽の矢を立てたんだが、どうか?』

と、涙ぐんでたずねた。関大尉は唇をむすんでなんの返事もしない。(中略)目をつむったまま深い考えに沈んでいった。身動きもしない。―一秒、二秒、三秒、四秒、五秒……

と、かれの手がわずかに動いて、髪をかきあげたかと思うと、しずかに頭を持ちあげて言った。

『ぜひ、私にやらせてください』

すこしのよどみもない明瞭な口調であった」

陸軍の『万朶隊』のように、いきなり体当たりを命じられてはいません。

これを「志願」という人もいるかもしれません。けれど、厳しい階級社会の軍隊において、中佐という二階級上の上官から「涙ぐまれながら」「どうか?」と言われて断るのは本当に難しいと思います。

ところが、1984年、戦後40年近くたって、この夜のやりとりが猪口・中島の書いた嘘だと判明します。

のちに、僧侶になった元副官の玉井氏が、関大尉の中学時代の同級生に対して、「関は一晩考えさせてくれ、といいましてね。あの日は豪雨で、関は薄暗いローソクの灯の下で、じっと考え込んでいました」と証言していたのです。

また、『特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか』(神立尚紀 文春文庫)には、同じことを猪口参謀が大西中将の副官だった門司親徳氏に戦後、話したと書かれています。

「一晩考えさせてください」と答える関大尉に、玉井中佐は、編成は急を要する、できれば、明日にも、敵機動部隊が現れれば攻撃をかけねばならない。と、重ねて、大西長官の決意を説明し「どうだろう。君が征ってくれるか」とたたみかけたのです。

そして、関大尉は、「承知しました」と短く答えました。

これは、「志願」のふりをした「強制」です。いったん、ふりをするだけ、余計に残酷だと感じます。

■『神風特別攻撃隊』の多数の欺瞞

『神風特別攻撃隊』では、他の隊員の志願に関しても、嘘が書かれています。

初めて隊員達に特攻の志願を募った時を、猪口参謀は次のように描写しています。

続きはソース
http://president.jp/articles/-/24135
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1515496124/
12: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:13:55.45 ID:DOVQ2fS40
>>1
さすがプレジデント 吐気がする記事書く

特攻は命令する側と飛ぶ側とか、そんな簡単な話じゃない。
メディアが作り上げた世論とか、その世論に読む忖度したそれぞれの家庭とか

単純な話じゃないし、単純にしたがる馬鹿は筆を折れよ

706: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 21:15:19.46 ID:AZ2Uzb/I0
>>1
大田正一のwikiは必読
https://ja.wikipedia.org/wiki/大田正一

877: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 21:24:20.67 ID:89jF0EAk0
>>1
結局は、忖度させて自分でやったって結論付けるのが日本の伝統

で、上官はのうのうと生き延びる

2: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:09:36.79 ID:PEbtx+4T0
渡邉恒雄 特攻に行くのは、最初は長男は許された。長男はいい、次男はいけ、というわけだ。
それがそのうちに長男も次男もなくて、志願するものは一歩前へ出ろ。一歩前へ出ると、それはもう明日には死ぬわけだ。

出ないやつは助かるが、あとでボコボコにやられるわけです。それで、そんなにやられるならおれも一歩前だ、と出る。
勇んで行くどころか、皆首を垂れ、うなだれたような悲哀を感じさせる姿としか思えなかった。

田原 お国のためとか、天皇のために、特攻に出たんじゃない。

渡邉 とんでもない。ほとんど暴力による強制です。この間、僕は政治家たちに話したけど、NHKラジオで特攻隊の番組をやった。
兵士は明日、行くぞと。その前の晩に録音したもので、みんな号泣ですよ。

うわーっと泣いて。死にたくないって。戦時中、よくこんな録音を放送できたと思う
特攻隊の死ぬ前の晩の声。勇んでいって、靖国で会いましょうなんか信じられているけど、ほとんどウソです。

田原総一朗責任編集『オフレコ!』(アスコム)2005年 Vol.1
http://bintan.ula.cc/test/read.cgi/awabi.2ch.net/history2/1323353989/10

845: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 21:23:05.38 ID:KNy8wkpE0
>>2
これすげえ話だな

7: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:12:10.12 ID:HGbeu6mv0
特攻の前の晩は飲み明かし、酔ってフラフラで飛び立った奴も多い。
行くのを嫌がって、無理やり引きづらて行ったやつも少なくない。

まぁ、大半は諦めの境地だったろう。正義と思ってた奴なんて極めて少数。

8: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:12:49.18 ID:pcQl7AV10
上官「なんで生きて戻ってきたの?」

10: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:13:25.03 ID:b2nCi7RN0
行かないと家族は村八分
絶望だな

16: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:14:42.99 ID:IPykIOIb0
だから現代の価値観で以って当時の状況を語る無意味さを理解しろよ

31: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:16:43.40 ID:IdkxoxSn0
本気で志願した人、逃げ損ねた人、同調圧力に負けた人。
上官の煽て(もしくは情)に乗ってしまった人、上官のパワハラに負けた人 等々・・・

そりゃ色々居るだろうよ。
似た様な事は今の世でもあるからな。

32: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:16:50.11 ID:b2nCi7RN0
出征も都市部のやつらは明確に嫌がってたし、それをオープンにできてた
都市は近所付き合いが希薄だったから
村だとそうはいかない
兵士の手記でも家族が村八分にならないために死ぬのだとあるからな

38: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:17:52.79 ID:8w0YdLY50
年寄りになれば記憶が曖昧になる
主義主張が変わる事だってある
特攻にせよ731にせよ南京にせよ
本当はどうだったのか正直わからん

そして最初から決めつける人間には警戒したほうがいいぞ若者よ

41: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:18:01.75 ID:Lrt1wvct0
特攻も酷いけど日露戦争の要塞突撃の方が更にヤバいだろ
数十メートル先に機関銃と電気鉄線と陥穽が待ち受ける中小銃と爆弾だけで躊躇なく突っ込んでいった昔の日本人凄すぎ

265: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:43:53.86 ID:MXA1QvhQ0
>>41
士官学校出の若い将校だと教わった通り日本刀抜いて突撃!言うから
古参兵達は速攻で将校から離れたって話もあるな

50: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:19:22.16 ID:j9nijpgz0
>>41
ソ連ではよくあること

46: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:19:03.44 ID:0XYOHkCa0
どんな気持ちで特攻を遂行したのか、散華された方々の遺書を読めばわかる。
人それぞれだよ。

51: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:19:41.97 ID:nIbFzLlU0
>>46
遺書なんて余裕で検閲入ってるっしょ
本音なんて書こうもんなら破り捨てられるわ

79: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:23:31.34 ID:LIjyskhJ0
特攻志願者は前もって上官に根回しされてた説が濃厚
予科練入隊者も各中学に「何人出してくれ」って要請があって
停学とか食らってる不良学生が教師に説得されて行ったって話がある
戦中に中学生だった小松左京の「やぶれかぶれ青春期」で読んだ。

93: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:24:41.65 ID:9EGKxMQl0
上司は戦後もちゃんと生きてるけどな

114: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:27:25.61 ID:pzYoR2th0
>>93
旧軍の士官とか武装解除後も、拳銃とか小火器隠し持ってたの見ると、部下のお礼参り対策だったんだろうかね。

97: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:25:11.19 ID:SV/95/yu0
で、上官は生き残って天寿を全うするわけだ

107: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:26:38.68 ID:q9MjmUXg0
>>97
例のコピペ、誰か持ってない?

149: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:32:31.21 ID:Fl36/Zi+0
>>107
D:DBz0u2P70.net
富永恭次陸軍中将:
フィリピンで陸軍の航空特攻を指揮。マッカーサー軍が迫ってくると、司令部の許可なしに側近と芸者とウィスキー瓶のみを載せて台湾に逃亡。天寿を全うする。

菅原道大陸軍中将:
陸軍特攻の中心だった第六航空軍の司令官。10代の少年を特攻隊を次々を送り出し、エンジン不調などで戻ってくると「卑怯者!俺も後で行く!」と殴り倒した。
敗戦で部下が自決をすすめたが「死ぬのだけが責任を取る事ではない」と逃げ回り、96歳で天寿を全うした。

倉澤清忠陸軍少佐:
菅原道大の部下で第六航空軍の参謀。特攻隊を次々と送り出し、機体不良で戻ってきた搭乗員を監禁して毎日毎日
「死ねないようないくじなしは特攻隊の面汚しだ。国賊だ!」と罵り殴りまくった。悔しさのあまり自殺したものもいる。
戦後は元特攻隊員の復讐を恐れてピストルを持ち歩き、寝る時は枕元に日本刀を置いて寝た。天寿を全うする。

玉井浅一海軍大佐:
フィリピンで特攻隊員を次々と送り出す。
機体不良で戻ってきた特攻隊員たちが本土へ戻る事になると
「待て!お前は特攻隊で死んでもらう事になっている」と輸送機から引きずりおろし、自分が乗り込んで本土へ帰っていった。
戦後は僧侶になり、天寿を全うした。

黒島亀人海軍大佐:
残酷な人間魚雷「回天」を立案。「必ず脱出装置を付けます」と嘘をついて認可を得た。
戦後は会社社長として何不自由ない暮らしを送る。宇垣纒の戦争体験手記を遺族から借り出し、自身に都合の悪い部分を破棄した。天寿を全うする。

太田正一海軍大尉:
米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾「桜花」の発案者。
「自分が乗るから開発させてくれ」と上層部に懇願して開発させたが、自身は「適性なし」として搭乗しなかった。
敗戦直後に逃亡し、名前と戸籍を変えて暮らす。天寿を全うした。

280: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:44:42.41 ID:RvEOJHzD0
ネトウヨ「大西中将は介錯なしで自決して責任を取った!」

98: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:25:50.04 ID:BjJ7Kbe10
サービス残業は、従業員が勝手にやっている

390: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:53:05.08 ID:qEHp4Jco0
>>98
これ

99: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:25:57.56 ID:BCZjC1bK0
なんで嫌だった人しかいなかったか、喜んで行った人しかいなかったとか、どっちかしか
いなかった設定にしたいの?
何千人といるんだから色んな人いるだろ
死にたくはないけど自分の技量では特攻しかないと諦めた人の話も読んだし、怖くて震えて
実際にはわざと不時着した人の話も読んだ覚えがあるよ
死ぬのは嫌だけど自分の命で家族を守れるなら仕方ないなってところが殆どじゃないかな

120: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:28:09.45 ID:HGbeu6mv0
特攻は、状況や戦果を基地に知らせる連絡機を連れて行かない。
そのため基地との通信は点けっぱなしにしていた(性能は悪かった)。
特攻隊員は、その間、上官やら上層部への恨みつらみを言い続けていたという。

182: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:36:11.51 ID:7uhPoW8T0
>>120
当時の日本軍機にまともに伝わる航空無線はないから嘘松確定やゾ。

324: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:48:31.97 ID:HGbeu6mv0
>>182
その反論、いつも出てくるけど、そのような装置が存在していたし、
何割かは機能していたのが事実。

358: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:50:54.77 ID:XzAxq6oz0
>>324
そんな話は聞いたことないけどその無線機の機種を教えて?

444: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:56:48.53 ID:HGbeu6mv0
>>358
知るか。戦争オタクじゃないわ。
保阪正康の文章で知った。その文章がどれかは思い出せない。

558: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 21:05:36.78 ID:XzAxq6oz0
>>444
終戦近くになると基地上空の空戦なら基地となんとか通じる無線ができたけど
敵機動部隊攻撃のように遠くに進出した場合はモールスしか使えなかったはず

592: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 21:08:06.40 ID:7uhPoW8T0
>>558
ト連奏も知らないんだよな。

150: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:32:33.38 ID:Kbm3Inwm0
はだしのゲンの一番上の兄ちゃんが臆病者と罵られるあれ

210: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:38:51.82 ID:HLubftT00
戦略爆撃が始まってたのに一応対抗兵器の戦闘機で大戦果で空母沈めるとか今思っても続けたの馬鹿だろ?
局地的な戦術勝利出来たとして何を得るんだよ

393: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:53:19.76 ID:MXA1QvhQ0
神風作戦を美化してるバカは居ないだろ 
あれは作戦ですらないわ

453: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:57:27.56 ID:b5CS3lZ60
>>393 
まあそうだ 

若者のまっすぐな熱意は称えられるべきだが、 
すぐにそれは無能な参謀クラスの点数稼ぎの道具に成り下がった 

マトモな愛国者ならこんな具合に解釈するだろう

219: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:40:10.23 ID:tIOkFt0I0
坂井三郎の談話で
上官に強要されて泣いている搭乗員を見たとあったなぁ

273: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:44:23.08 ID:wke7cA4q0
>>219
大空のサムライの記述だったと思うが
「部隊から特攻隊を出すと司令官が言ったら部隊の士気が一気に下がった」
「皆戦って死ぬのは怖くないが、ここまで何年も培ってきた自分の操縦技術をたった一度の特攻で使い捨てないといけないのが本当に悔しい」
と悔し泣きするのもいたとか

255: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:43:19.27 ID:oErz2FXX0
行きたくないのに命令されて仕方なく行った人が大半だろうし、それが正常だと思うけど、国のために犠牲になったのだから、せめて感謝して讃えてあげたいと思うわ
まあ、もちろんもうこのような特攻はやるべきじゃないけど

269: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:44:02.82 ID:XDmNxIg50
生きて帰ってきたら特攻くずれと扱われて村八分

286: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:44:51.38 ID:IYwHq11G0
関大尉は新婚の嫁のために出撃すると自分を納得させたそうだ
決して国のために命を捧げたわけじゃない

関行男の母親は戦時中は軍神だと崇められたのに
戦後は軍国主義の象徴だと石を投げつけられ住む家も無くなり
一人息子を亡くした母親はやっと見つけた山間の用務員の仕事をして一人ひっそりと亡くなった

345: 名無しさん@1周年 2018/01/09(火) 20:50:12.70 ID:wke7cA4q0
>>286
何年か前にNHKでやってた敷島隊の隊員の遺族の戦後も似たような感じだったな

戦中→オラが村から軍神様が出ただ!顕彰碑を建てて若者を鼓舞するべ!家族はみんなで面倒見るべ!
戦後→お前らの息子がアメリカ様に特攻してたと分かったらオラたちは進駐軍に殺されるべ!墓なんかぶっ壊せ!おめえら家族も村から出てくだ!