1: ガーディス ★ 2018/04/15(日) 13:20:48.06 ID:CAP_USER9
4/15(日) 11:25配信

黒装束姿で高い塀を飛び越え城に忍び込み、手裏剣を放ち、どろんと消える―。
小説や漫画で超人的に描かれる忍者について、史実に基づいた研究が全国で進んでいる。
県内でも福井県立図書館にある幕末期の史料の調査で、福井藩の忍者の姿が分かってきた。
城下町に堂々と住み、名前はいたって平凡。
普段は忍術の稽古や、門番や武器の管理といった地味な仕事をこなし、本業の情報収集では張り紙を書き写していた―。
担当者の解説を基に、幕末期の忍者を描いてみた。


「皆さんが知っているのは作り上げられた忍者の姿」。
県立図書館で開かれている企画展「幕末福井藩の忍者」の解説講座で、司書の長野栄俊さん(46)が切り出した。
長野さんの調査によると、福井藩の忍者は「『忍之者(しのびのもの)』」などと呼ばれ、幕末期は12人いた。
身分は武士で、最下層の足軽に属した。
足軽の身分はお金で買えたため、長野さんは「忍者もお金を払えばなることができたのでは」と推測する。

足軽の中では給料が高く、現在の福井市宝永1丁目・日之出5丁目辺りに約500坪が与えられ、長屋とみられる屋敷に住んでいた。
幕末の城下町を描いた絵図には「忍組」と書かれており「絵図に明記されているぐらいだから、城下の人たちは忍者の屋敷だと分かっていたはずだ」。
名前も史料に記されており「山形隆」や「高橋利助」といった、現代にもありそうな名が並ぶ。
長野さんは「『霧隠才蔵』や『猿飛佐助』といった特徴的な名前なら子孫を探せるのだが…」と残念そう。

福井藩の忍者はどのような仕事をしていたのか。
長野さんは「忍者と聞いてイメージするような心躍る仕事はしていなかった」とする。
普段は忍術の稽古に励みつつ、藩の倉庫に収められた武器の管理や、武芸の道場の門番を務めていたらしい。
忍術の流派は源義経が祖とされる「義経流」。
屋敷の隣には「半弓」と呼ばれる持ち運びやすい短い弓の稽古場があり、手裏剣ではなく弓の上達に努めていたようだ。
忍者のイメージと結びつく仕事が、藩の内外で情報収集する「忍び御用」、すなわちスパイ活動だ。
とはいえ幕末の史料に残っている限りでは、京都で張り紙の内容を書き写したり、他藩に流された藩主のお墓を絵に描いたりといった内容。
義経流忍術の伝書によると商人や山伏に変装するなどして怪しまれないようにしていたようだが、屋根裏で会話を盗み聞くといった仕事をしたとの記述はないという。

幕末は政局の激動期で「情報が藩の命運を左右した」と長野さん。
藩主松平春嶽は黒船来航の2カ月前、忍者2人を江戸に送って情報を集めさせたが、1年後の黒船再来時には「文才ある」上級藩士の家来を向かわせた。
さらに、幕府直轄の学校に通う藩士の息子をスパイ役に命じた。
長野さんは「扱われる情報が高度化し、情報収集のプロであるはずの忍者が対応できなくなっていた」と考える。
そして明治時代に入る2年前に、福井藩が雇う忍者はいなくなった。

三重大国際忍者研究センター副センター長の山田雄司教授は、県立図書館の調査で明らかになってきた福井藩の忍者の姿は「江戸期の典型的な形」としつつ
「忍者研究は戦国から江戸初期が中心で、あまり分かっていなかった幕末の忍者像を示した点で意義がある」と話している。
黒船来航時、幕府の命令を受けた福井藩は忍者3人を含む272人を江戸に向かわせた。
忍者の装備はあらかじめ決められており、黒塗りのかぶとや朱塗りのよろい、小手を身に付け、半弓を腰に差すことになっていた。
ほかに忍者特有の道具として、壁やがけを登るために使う、縄の先に鉄製の鉤(かぎ)がついた「打鉤(うちかぎ)」や、雨天時も使えるたいまつなどを携帯。
武器や道具を運ぶ「荷物持ち」も付き添うことになっていたという。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180415-00010001-fukui-l18
20180415-00010001-fukui-000-2-view
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1523766048/
45: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:35:24.27 ID:p6T20yIR0
>>1
思ったよりかっこいいw
ウィザードリィに普通にいそう

228: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 16:32:13.46 ID:+pBV9WP40
>>1
普通の足軽じゃん

153: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 14:40:53.31 ID:MrJZ7Z1o0
出陣時って書いてあるやん… 
重い物脱いだらほぼイメージ通りのニンジャやん…

12: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:25:33.67 ID:dyshdKXN0
幕末ってw
忍者ショーの練習してた人達じゃね

14: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:26:14.76 ID:f69bQtRo0
荷物持ちいたのかよ・・・

17: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:27:10.93 ID:MkDL9FzU0
伊賀とか甲賀の話なら分かるが
聞いたこともない福井の忍者の話を出してきて
「これが本当の忍者の姿です(ドヤ」てなぁ・・・
(´・ω・`)

86: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:52:56.12 ID:P9e6mEvl0
>>17
忍者てそんなもんじゃない

27: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:30:09.13 ID:92PSNz0o0
幕末期だからだろ
戦国時代は今言われてる通り

37: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:33:25.27 ID:d4SVMzvj0
>忍術の流派は源義経が祖とされる「義経流」。

これですら伝承しらべたら江戸中期くらいにでっちあげられてそう

42: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:34:56.23 ID:5XWHIoBY0
山田風太郎もすっかり落ちぶれた忍者の小説を書いてたな
やっぱり戦国時代がピークだったんだろう
最近なぜかハリウッドで復活してるけどw

48: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:36:28.19 ID:zQ1oiBHR0
江戸初期と幕末の柳生の凋落ぶりを知ればその下の下たる忍びの者のレベルも知れたもの

51: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:37:40.92 ID:D7VN2LJu0
磯田が岡山藩の忍者の研究をしてたな
戦国の頃にお抱えになった忍者の家も、幕府後期になると全く役に立たなかったとか

56: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:39:40.55 ID:5V/QY6MH0
1960年代に忍者マンガが流行ったそうで、自分なんかは
ずっと後の世代だが読む機会があったので楽しめたが
後年、当時の世相つまりは労働者の反発や
反体制的な風潮を代弁してる事がわかって
がっかりした
江戸時代は描かれているほど無茶苦茶な圧政を
してるなんてほとんどないとかわかってきてね

62: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:41:43.04 ID:D7VN2LJu0
>>56
カムイ伝は当時有力な学説だった被差別部落政治起源説に基づいて書かれてるな

79: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:49:30.28 ID:bE9UHLhH0
>>56
江戸時代の都会では庶民も比較的まともな生活できてたよね。だけどそれがすべてだと
思い込むのはバカ。

67: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:43:44.72 ID:bE9UHLhH0
忍者は脳筋バカだったのか。

93: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:55:45.04 ID:dcy1QxWC0
伊賀、甲賀 諜報員
風魔 特殊部隊
根来 鉄砲技術者
じゃないの?

つか福井の忍者ってなんだ?

101: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 13:59:17.31 ID:r6Xw+H1K0
江戸後期から大正時代の時代小説や忍者小説に咲いた壮大な徒花で
江戸しぐさも到達できない境地なのであった

113: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 14:05:48.55 ID:TrS1WcJR0
>屋根裏で会話を盗み聞くといった仕事をしたとの記述はないという。

そんな記録残したらまずいんじゃないですかねぇ・・

167: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 15:01:27.81 ID:d4SVMzvj0
三重県や滋賀県の学者だって本当は一次試料だけ相手にしてこういう研究したいけど
忍者で観光政策やってる上に忖度してできないんだと思うw

208: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 16:02:10.59 ID:Tt4RY0ZF0
いやでも学のない下級の忍者が幕末では情報収集の役に立たず、
上級武士に取って代わられたってのは説得力ある

209: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 16:03:23.03 ID:1z9fjHq20
忍者って幕末までいたのか。
戦国期のものとばかり思ってた

210: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 16:05:38.12 ID:Eqwm7aSr0
>>209
いま向島にいるじゃん

225: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 16:22:15.65 ID:cFIlvJ1v0
確か細川家(肥後熊本藩)の古文書か何かに、島原の乱の際に一揆側が籠る原城跡に
忍者を忍び込ませようとしたら、一揆側からの銃弾が激しく怖がってブルブル震えて
役に立たなかったとの記述があった気がする(´・ω・`)

161: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 14:49:02.21 ID:O/inr/dI0
史料に残っているようなのは本当の忍者じゃない 
まんまとだまされてる 
それは忍者の影武者みたいのもの 
だますための嘘の史料だな 
本当の忍者は記録に残されず闇の中に存在したのである

163: 名無しさん@1周年 2018/04/15(日) 14:57:11.71 ID:dfiH+hfp0
光あるところに影がある まこと栄光の影に数知れぬ忍者の姿があった 
命をかけて歴史をつくった影の男たち だが人よ 名を問うなかれ 
闇に生まれ 闇に消える それが忍者のさだめなのだ