1: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 00:09:19.72 ID:RobMZodB0● BE:692976702-2BP(2000)
sssp://img.5ch.net/ico/nida.gif
2018年8月1日、鳳凰網は、なぜ旧日本軍の戦車は豆戦車と呼ばれたかについて分析する記事を掲載した。

記事は、「第2次世界大戦初期の日本の目標が戦闘力で当時の米軍の70%に達する海軍を建設することだった」と紹介。「島国である日本は制海権がないとすべてが終わってしまうためで、この目標のために637隻の軍艦と多くの輸送船、7万機以上の戦闘機を造った」と伝えた。

そして、「軍事力が海軍に偏ったため、陸軍の装備はお粗末になった」と分析。「旧日本軍の陸軍は、歩兵銃と性能の劣った少量の機関銃で中国軍と戦う羽目になった」とした。

記事は「こうした現状のため、九四式と九七式という2種類の『豆』戦車が中国での戦闘専用に設計開発された」と紹介しており、これは九四式軽装甲車と九七式軽装甲車のことを指しているようだ。記事は「九四豆戦車と九七豆戦車の主な目標は戦場での偵察としての使用で、対戦車の任務を担う戦車ではなかった。その主な攻撃対象は、機関銃と通常の軽装歩兵の小隊で、装甲強度を落としており、多くのピストルポートを設けて中国の対戦車決死隊に対応した」と分析した。

また、「一種の軽戦車として、装甲は10~12ミリの厚さで、これは通常の中国部隊が使用する武器には十分に耐えることができた。しかも、機関銃と37ミリ砲を装備し、榴弾を使用することで、中国のトーチカと機関銃の火点にとっては大きな脅威となった」と紹介。
「軽量な車体ゆえに輸送も簡単で、中国のさまざまな地形にも容易に対応できた」とした。

記事は「しかし、装甲戦闘車両の攻撃を受けると、すぐに破壊されてしまう程度の防御力しかなかった」と指摘し、「そのため、日本の九四式と九七式は、本当の意味で『豆』戦車となった」と結んでいる。(翻訳・編集/山中)
https://www.recordchina.co.jp/b630438-s0-c10-d0062.html
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1533740959/
32: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 05:25:02.70 ID:AKYU8McX0
>>1
いくでぇ、マメタン!

79: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 13:46:55.11 ID:KRIdP1Th0
>>1
ティーガーⅠをライセンス生産するだけで勝てるのにアホだよな

80: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 13:49:20.08 ID:PX7UrPYX0
>>79
勝てねえだろw
1両作る間にT34/85が30両生産されるんだぜw
あー、T34ライセンスならかなりいけるか。

82: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 13:53:50.30 ID:LQiJxf040
>>80
T34のV2ディーゼルエンジンが生産できないと思うわ。
日本がソビエトのディーゼルエンジンの性能に追いついたのが
昭和50年代に入ってからって日野自動車の技術者が書いてた
それほど日本のディーゼルは絶望的だったみたい

98: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 14:22:21.34 ID:WCXTaGyX0
>>79
ドイツ戦車を使ってたのは中国軍だぜ。
中国軍は1号戦車。日本軍は89式中戦車とか94式軽装甲車とか。当時は世界的にまだそのレベル。
1937年当時の日本陸軍の装備は1の記事が言うように「海軍に資材を取られて貧弱だった」ってわけではないな。
これが1944年なら当てはまる。

70: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 13:01:55.94 ID:Bqwv33/v0
内容がまとも過ぎる記述で拍子抜けした、まったくその通りで修正箇所が無い

12: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 01:05:21.18 ID:5mxWlM600
当時の中国の戦車は弱かったから日本側もハイスペックな戦車を作る必要がなかった

19: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 01:35:38.41 ID:+qFyWb0g0
>>12
戦車あったの?

23: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 02:21:06.41 ID:nBYJKeRu0
>>19
横からだが、あったよ
ルノーとか1号戦車とか

25: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 03:07:20.71 ID:ewxNg8bM0
>>19イギリスやアメリカが中国に供与していた 戦闘機もな
第二次大戦の始まる直前の各国の主力戦車は比較すると
どれもこれも砲は貧弱、装甲は薄い、エンジン出力は小さい物が大半だ
そこから僅か数年で戦車は一気に進化する
日本軍戦車や日本軍の対戦車対策はその進化に完全に取り残された
M4シャーマンを相手にした日本軍の悲惨さはもはや笑えるレベル

28: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 04:09:50.00 ID:ScCMIEv40
>>25
M4シャーマンを、日本兵は2階建て戦車と呼んだというな
まあ4号戦車(独)やT34は低姿勢だったから、2階建てには見えなかっただろうが
でもそれはアメリカが生産性を重視したからで、M4の性能自体は良く
ソ連軍では供与されたM4をエリート部隊に配備したという

27: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 03:51:13.46 ID:F0mYIoPZ0
>>19
この記事に出てくる戦車より古いやつなんだけど
九二式重装甲車(所謂軽戦車、武装は13ミリ機関砲)2台と乗用車1台トラック1台の計4台で臨時に編成された戦車分隊に
数日間、合計140kmも追い回されて戦死者500名、負傷者1000名出すレベル。
戦車戦?何それ?って感じ。

14: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 01:10:11.06 ID:OjdxVBVJ0
日本軍のは歩兵支援戦闘車だし

24: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 02:31:05.86 ID:GejdudN+0
かわりにドイツは海軍がポケットだったな
金がかかるんだな

26: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 03:46:25.64 ID:u2Vio8Bx0
一式中戦車とか、登場が10年早ければ結構活躍したんだろうな

30: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 04:59:16.78 ID:3lrbWK0h0
日本は海洋国家だから海軍に重きを置くのは至極当然。
その反面陸上戦力の機械化は欧米列強に大きく遅れを取っていたのは事実
中国軍や東南アジアの植民地軍相手には十分な戦力だったけど、それが限界だった

66: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 12:35:38.70 ID:dxGaj10p0
>>30
陸海空全部で一線級の兵器開発できたのは
米英ぐらいだしな
さらに数をそろえるとなるとアメリカしか無理だった

73: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 13:23:38.09 ID:PFeqf1ew0
>>30
>日本は海洋国家だから海軍に重きを置くのは至極当然。

貧乏な海洋国家な。

だから海軍は一回こっきりの戦闘で戦争の決着をつける艦隊決戦主義しか採れなかったし、
港湾インフラが貧乏なりでしかないから、結局は貨物船備え付けのデリックが「海外に持ち
出せる戦車の重量」を決めた。

>その反面陸上戦力の機械化は欧米列強に大きく遅れを取っていたのは事実

チハたん作ってたときは、世界的に見ても十分でかい戦車だった。
チハたんの重量が15トン。同時期の3号戦車は24トンだが、じゃあ他の国はどうかというと、
ドイツと直接対峙したフランスがシャール2Cで69トンとか作ってたが、これは歩兵戦車であって機甲戦力がどうたらとう話にはならず、同じ重戦車としてシャールB1が30トン、ルノーD2
で14トン、まともにドイツと戦車戦をやったFMC36で12トン。イギリスは「88ミリでしか撃破できない」マチルダ歩兵戦車が27トン、Mk-IV巡航戦車が15トン。アメリカに至っては13トンのM3軽戦車とM3軽戦車と同じ砲塔を積む19トンのM2中戦車しかなかった。ソビエトでさえ、
冗談みたいな多砲塔戦車を除くと14トンのBT-7しか残らない状況で、列強以外ともなれば
10トン少々の戦車がほとんどとなる。

33: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 05:26:37.66 ID:q6bxpJdN0
97式軽装甲車テケたんは、愛らしいからなぁ。
250px-Type_97_light_armored_car_Te-Ke_02
36: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 06:58:13.82 ID:OjdxVBVJ0
意図して無かったけどジャングルの中走れたりデカい駆動音も相手ビビらせたり利点も有るんやで

43: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 08:59:34.51 ID:LzUHE/k00
ドイツでも最初は2号とか35tとか可愛い戦車ばっかりだったからなあ
必要なければそのままでいい

47: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 10:15:47.53 ID:/+DVJoYa0
戦車は甘え
あんなものトラップと肉薄攻撃でどうにでもなるよ
携帯型の対戦車兵器の開発ができなかったのが悔やまれるね
歩兵に護衛されなきゃ前に進めない缶詰なんて役に立ちません

65: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 12:27:00.49 ID:piT/hk4S0
>>47
こんな事言うバカを論破してやりたいけど朝鮮戦争で実際これやって中国軍がアメリカ軍を押し返してるんだよな

49: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 10:38:02.34 ID:5rJtAPeO0
>>47
独ソ戦後半のドイツ軍は月産150万発のペースで(あらゆる戦車を破壊できる)パンツァーファウストを生産したが、ソ連軍にはほとんど通用してない。

携帯火器の問題点は短射程である事で、車載機銃が極めて効果的であることと、速度を活かした危険箇所通過が効果的だとわかった。

このため、怪しそうな箇所を山盛り掃射したのちにタンクデサントによる歩兵射撃とともに高速前進する事でほぼ無傷で通過でき、包囲された残存歩兵は投降した。

68: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 12:50:06.24 ID:XGObNe8v0
>>49
だってPFってその辺の臨時徴兵されたおっさんが使ってたんだもん

そら、まともに当たらんやろ

56: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 11:40:46.23 ID:IG5hvxvd0
>>47
まぁそうだな

嘉数の戦い(かかずのたたかい)とは、
太平洋戦争末期の沖縄戦において、嘉数高台をめぐって1945年4月8日(7日)からの16日間に行われた戦いである。

この戦いは沖縄戦最大級の戦闘の1つとしても知られるほどの激戦であった(前田の戦い他を含むことがある)。日本軍は低地に「反斜面陣地」を構築して極めて組織的な戦闘を展開し、アメリカ軍戦車に襲いかかった。

日本軍村落陣地の中心付近へ進入した戦車隊は前後から攻撃にさらされ、

狙撃兵や歩兵がシャーマン戦車のハッチに集中的に狙撃を行ったため、偵察中の戦車長の多数が死傷した。

シャーマン戦車はもともと視界が悪いため、この被害によって行動不能となって進撃出来なくなってしまった。さらに、日本軍の特攻兵は陣中で急造した爆雷を抱えて突っ込み、戦車のキャタピラを破壊。

これがアメリカ軍にとって大打撃となった。動けなくなった戦車に日本兵が群がり、天蓋や操縦席のバイザーブロック(のぞき窓)から手榴弾を投げ込んだり拳銃を乱射したりしたほか、

速射砲(対戦車砲)による至近射撃(零距離射撃)も行い、戦車に対し壮絶な近接戦を展開したという

アメリカ軍の歩兵は嘉数陣地によって有効な行動がとれないようになっていたため
歩兵による支援が無かった戦車隊は、

3時間近くに及ぶ戦闘により戦車14両が破壊され、退却できた戦車は当初の30両のうちわずか8両であった。
また、勝ったとはいえ日本軍の損害も大きかった。

97: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 14:18:07.85 ID:fpTq5k6n0
かわいいやん

99: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 14:28:29.83 ID:NVYvEQls0
エンジン弱いし燃料も不足してたから大きい戦車作っても無駄だったかも

100: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 14:34:43.83 ID:LQiJxf040
大排気量の空冷ディーゼルだと寒い満州ではいいけど、
南方だと油温計を見ながら走ることになっただろうね。

当時の日本の技術水準では空冷の方がメリット大きかっただろうが
12気筒の1つ1つを組み立てるわけだから生産性は激悪だな。

101: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 14:41:46.91 ID:0dtrg95s0
チハ戦車の空冷エンジンの騒音がすごくて
マレー戦では戦車の大軍が迫ってる様に英軍側には聞こえて
英軍が待ち構えて居ると、銀輪部隊が大回りして挟撃
所謂サソリ戦術で英軍を翻弄。

シンガポール上陸戦でもチハ戦車を夜間
偽の上陸地点で走り回らせて英軍を集結させ
ベンセイ粛々夜海渡った別の日本軍部隊が挟撃
大勝利に貢献と言う、シュトウーカみたいな運用してた

115: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 17:11:56.23 ID:L6deL/q60
>>101
でも鹵獲したスチュアートがチハが登れない坂を楽々登ってびっくり

114: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 16:47:48.08 ID:YVliGZCC0
塹壕越えっていう本来の役割は果たしてるんだから十分だわな

117: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 17:38:37.82 ID:sEsJyMWn0
当時のキャタピラー車輌の故障率を知らんのか
ドイツのチェコ侵入の祭なんか戦闘はまったく無かったのに全車両の70%がエンコしてしまい
グーデリアンを暗澹とさせこの問題を解決しない限り電撃戦など絵に描いたモチだと嘆かせた
ところが日本軍の軽戦車は広い中国や満州を走り回ったにも関わらず最初から故障が問題になったことがない
この点にもっと注目すべき

130: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 21:40:45.62 ID:F0mYIoPZ0
>>117
初陣のときは運用方法がはっきりしてなくて歩兵の支援しかしなくて特に問題にならなかったけど
熱河作戦のときは稼働率アレだっただろ。

八九式軽戦車(八九式は中戦車だが、初期型は軽戦車として作られた)は戦車隊から全部トラブルでいなくなって
作戦直前に残ったのは九二式重装甲車たったの二両。

まぁこの二両に追いかけられた中国軍は、1500人も死傷者出すんだけどな。

105: 名無しさん@涙目です。 2018/08/09(木) 15:03:38.06 ID:YVliGZCC0
対人戦車だからな