(遅報)歴史まとめ

歴史関係の記事を紹介している2chまとめサイトです。歴史関係のスレ(ほぼなんj)をまとめています。良かったらご覧ください。

2017年12月

1: 泥ン ★ 2017/12/28(木) 03:06:19.85 ID:CAP_USER9
焼香をあげる参列者ら
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 江戸時代、年貢の取り立てに苦しむ村民を救うため、命がけで幕府に減免を直訴した「浮石義民(うきいしぎみん)」と呼ばれる浮石村(現・下関市豊田町浮石)の庄屋ら5人をしのぶ法要が22日、墓のある浮石の舜青寺(しゅんせいじ)であった。住民でつくる浮石義民顕彰会(一柳(ひとつやなぎ)武知会長)が毎年、命日の22日前後に開いている。

 1708(宝永5)年に干ばつに見舞われた浮石村では、農民は長府藩の用人による年貢の取り立てに苦しんでいた。減免を求める訴えは用人や老職には聞き入れられず、庄屋ら5人は話し合いの末、10(宝永7)年7月に来藩する幕府の巡検使に直訴することに。訴えは聞き入れられたが、直訴は法で禁止されていたため5人は直ちに捕らえられ、同年12月22日に処刑された。遺体はその夜に浮石村の農民が運び、舜青寺の墓に埋められた。

 一柳会長は「300年前に、自分の命を犠牲にして村を救ってくれた人たちがいることを、後の世代にも伝えていきたい」と話す。308回忌を迎えた法要には、義民の子孫や地元小学生ら約50人が参列。焼香後、湖舟流吟剣詩舞道江湖会宗家の一木湖舟さんや妻の江舟(こうしゅう)さんらが義民の辞世の詩を吟じたほか、郷土史家の伊藤修二さんによる歴史講話などがあり、参列者は村を救った5人の偉功をしのんだ。【佐藤緑平】

毎日新聞 2017年12月26日 地方版
https://mainichi.jp/articles/20171226/ddl/k35/040/433000c?inb=ra
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1: 紅あずま ★ 2017/12/27(水) 12:24:42.87 ID:CAP_USER9
城や寺の「うぐいす張り」、実は「忍び返し」ではない?
朝日新聞:2017年12月27日12時05分
http://www.asahi.com/articles/ASKD90045KD8PTFC012.html

敵の侵入を知らせるためと言われてきた「うぐいす張り」は長い年月がたって金具が緩んだことが原因だった。
京都・知恩院では修理したことで鳴っていた廊下が鳴らなくなり、老朽化によって鳴っていなかった廊下が鳴るようになった。

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ウグイスの鳴き声に似た音が鳴る知恩院の廊下=京都市東山区、楠本涼撮影
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 浄土宗総本山知恩院や世界遺産・二条城(いずれも京都市)で知られる「うぐいす張り」。
廊下を歩くとキュッキュッと音が鳴るため、「忍び返し」とも言われ、侵入者を知らせるための工夫とされてきた。だが、その説に疑問符がついているという。

 「平成の大修理」が進む知恩院。江戸前期にできた御影堂(みえいどう、国宝)など建物四つをつなぐ廊下(約550メートル)が、うぐいす張りだ。
案内板で「侵入者を防ぐための工夫を凝らしたもので(中略)長さも音色も日本一」と説明している。

 だが、建物の一つは2011年に修理を終えて以降、廊下を歩いても音が鳴らなくなった。
一方、別の場所にある阿弥陀堂はうぐいす張りと呼ばれていなかったが、再建から100年余りたった近年、音が出るようになった。

 音の原因は、床板を固定する金具「目かすがい」と釘にある。

 建築当初、金具は釘でしっかり…

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1: 泥ン ★ 2017/12/27(水) 18:30:57.42 ID:CAP_USER9
ロシア革命の象徴のひとつとされる防護巡洋艦アヴローラ 1917年。
革命時は、冬宮(現エルミタージュ美術館本館)を砲撃、革命の勝利に貢献したとされている。
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ロシア革命を報じる日本の新聞
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1917年のロシア革命から100年が経った。ロシア国内では革命の原因や性質、その影響などについて、再び際限のない議論が繰り広げられている。歴史学者の間だけではない。一家言ある人なら、誰もが持論を展開している。しかし、議論の中身は昔も今も同じである。つまり革命を「支持するか」それとも「反対するか」、ロシア革命は善なのか悪なのか?という争いだ。

100年前の当時、もちろん日本も影響を受けている。ロシア革命は世界を大きく揺り動かした大事件なのである。その後誕生したソビエト連邦を通じても、革命は全世界に影響を与え続けてきた。

ロシア革命が露日関係に及ぼした影響を考える中で、ある重要な出来事が見過ごされることが多い。前年の16年夏に締結された両国間の軍事・政治同盟(第4次露日協約)は革命によって決裂し、効力を発揮するチャンスすら与えられないまま過去のものとなってしまった。

この協約は、150年以上にわたる両国の関係が最も良好だった瞬間の、露日関係のハイライトともいえるものだった。単に平和、中立、協力関係が約束されたということだけではない。政治面のみならず、軍事面でも相互に義務を負うというものであった。軍事的な義務は、両国が世界大戦で同盟国であったことによるとされているが、実はそれだけではなかった。当時の世界情勢に後押しされたという側面が強いことも確かだが、ポーツマス平和条約締結の後、敵同士であったロシアと日本は、わずか11年の間に「軍事同盟関係」を結ぶレベルまで信頼を深めていったのだった。

では、もしロシア革命が成功に至らず、この協約が継続していたとしたら、国際政治にどのような影響を与えていただろうか。今となってはあくまで仮定の上での想像でしかないが、極東と北東アジアのパワーバランスを大きく変化させ、中国の運命にも影響を与えていたことであろう。さらに重要視すべきことは、協約が継続していれば、日露戦争により両国間に生まれつつあった敵意と不信感が払拭されていたのではないかということである。

このように考えていくと、もし革命が起きずにこの協約が続いていたなら、ロシアと日本は第2次世界大戦の最後の段階で戦火を交えることはなかっただろうと思えてならない。両国は、競争関係にあったかもしれないが、戦争にまで至ることにはなかったはずだ。それもひとえに当時の政治家たちが話し合いを重ね、友好を深めていくことに長けていたからだ。彼らはそのために必要な意欲と政治力を充分に兼ね備えていた。

露日協約はロシア革命によって完全に破壊された。しかし、これはロシア革命による数多くの悲劇的な影響の一つに過ぎない。ロシアは革命によって、それよりもずっと恐ろしい影響をいくつもこうむっている。ただ露日関係にとっては、これは疑う余地のない後退であり、今日もその影響は克服されていない。

今後も、失われたものが元どおりになることは恐らくないだろう。そしてロシアと日本の間に、今後、新たに同盟関係が結ばれることも恐らくないだろう。しかしながら、友好を深め、協力を進めていくことを学んでいかなければならない。

最近、安倍首相とプーチン大統領の首脳会談をはじめ、さまざまな枠組みで両国の協力が議論されるようになった。抽象的な政治の話ではない。具体的な相互協力の中身が話し合われている。露日関係には、明るい展望も見えてきつつある。具体的な協議の先には、同じように具体的な結果が私たちを待っていると心から信じてやまない。

筆者/ワシーリー・モロジャコフ(MOLODIAKOV Vassili)
拓殖大学日本文化研究所教授。1968年モスクワ生まれ。1993年モスクワ国立大学卒業、1996年同大学博士課程修了。歴史学博士(Ph.D., モスクワ国立大学、1996年)、国際社会科学博士(Ph.D.,東京大学2002年)、政治学上級博士(LL.D., モスクワ国立大学、2004年)。2000~2001年、東京大学社会科学研究所客員研究員。2003年、拓殖大学日本文化研究所主任研究員。2012年より現職。ロシア語で著書30冊以上、そのうち日本に関するもの15冊。日本語での著書に『後藤新平と日露関係史』(藤原書店、2009年)、『ジャポニズムのロシア』(藤原書店、2011年)。

2017.12.27
https://www.nippon.com/ja/column/g00451/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1514367057/続きを読む

1: オデッセイ ★ 2017/12/26(火) 16:30:52.95 ID:CAP_USER9
2017/12/26 05:30


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紫のつぼみを付けたマンドラゴラ=淡路ファームパーク・イングランドの丘

 引き抜くと恐ろしい悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いた人間は発狂して死んでしまう-という伝説のある植物「マンドラゴラ」が、兵庫県南あわじ市八木養宜上の農業公園
「淡路ファームパーク・イングランドの丘」で、つぼみを付けた。
開花は珍しいといい、同施設が公開。開花を待っている。(西井由比子)

マンドラゴラは、ナス科マンドラゴラ属の植物で、地中海沿岸や中国西部に自生。
人間の四肢に似た奇妙な形状の根を持ち、根には幻覚、幻聴を起こす神経毒がある。
古来、物語では魔術や錬金術の原料として用いられ、人気ファンタジー小説・映画「ハリー・ポッター」シリーズでも薬草学の授業で登場。
耳当てをして植え替えられる場面がある。同施設では、十数年前からバックヤードで栽培。
つぼみを付けるのは初めてといい、来場者の出入りの多いコアラ館に移して公開を始めた。
不気味な字体、絵柄の解説を添えており、コアラ目当てに訪れた入館者らは「何でこんなところに…」と驚きの表情。
今にもほころびそうな紫のつぼみをのぞき込み「抜いてみたい」「怖い」などと話していた。

ソース 神戸新聞
https://www.kobe-np.co.jp/news/awaji/201712/0010848358.shtml
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1514273452/続きを読む

1: 風吹けば名無し 2017/12/25(月) 20:28:18.93 ID:VD669Nuw0XMAS
外交官などの専門職を養成する米国務省の機関「外務職員局(FSI)」は、
英語話者にとって習得が難しい、または容易な言語を、
習得するまでに必要な時間を基準にランク付けしています。

下のマップは、そのFSIのランキングをもとに作成されたもので
(INSIDERによるとRedditユーザーが作成したそうです)、
8段階のカテゴリー(難易度)ごとに各国が色分けされています。
その中で日本(語)は、単独で最高レベルの「カテゴリーV??」。
(英語話者にとって)世界一難しい言語と考えられています。

投稿には様々な反応が寄せられていましたので、その一部をご紹介します。
world-ranking-language-difficultiess

■ 日本語検定4級を持ってるけど、うん、日本語はかなり難しい!
  ちなみに4級は下の文章の読み書きが出来るレベルね。
 「"最寄りの自動販売機はどこですか?"」 +12

■ "日本語は難しいですね。"(原文ママ) +2

   ■ 自分は2年間日本語を勉強したことがあるけど、
     それでも「"nihongo wa (不明) shii desune"」しか読めない。
     「日本語は難しいよね?」ってニュアンスかな? +3

■ 自分は英語とアイルランド語とフランス語と日本語が話せる。
  そんな俺からすると、日本語はそこまで難しい言語じゃない!
  性も、不規則動詞も、複数形も、未来時制もないし、
  声調の変化で言葉の意味が変わるってこともない。
  文字が3つあることで習得は遅くなるけど、
  それでも中国語やロシア語よりは難易度が低いと思う。 +2

   ■ 日本語には声調の変化で言葉の意味が変わらないって言うけど、
     日本語にはアクセントの異なる同音異義語があるから。 +1
http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-2550.html
http://d.hatena.ne.jp/LM-7/20090919/1253362856
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1514201298/続きを読む

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1: 名無しさん@おーぷん 2017/12/10(日)20:29:10 ID:hL5
ここはワイが訳した三国志演義をみんなで見て楽しむスレや
稚拙な訳やけど気にしないって人ならぜひ見て行ってクレメンス
ちなみに今回は五回まで実験的にやるだけやから最後までやらんで
すまんな
いずれはやるつもりやからその時によろしく
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1: ばーど ★ 2017/12/26(火) 11:47:00.55 ID:CAP_USER9
「龍造寺家文書」の「龍造寺家政申状土代」に裏書きされていた、国内現存最古とみられる南北朝時代の刀剣書「銘尽(龍造寺本)」=佐賀県立図書館所蔵
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鎌倉時代に作られた、山城国の刀工国行の銘がある「太刀 朱銘 国行」(鍋島報效会所蔵)。佐賀藩二代藩主、鍋島光茂が所持していたと伝えられる。
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佐賀県立図書館が所蔵する県重要文化財「龍造寺家文書」から、国内現存最古とみられる南北朝時代の刀剣書「銘尽(めいづくし)(龍造寺本(りゅうぞうじぼん))」が発見された。九州産業大学基礎教育センターの吉原弘道准教授の研究で明らかになり、県が25日公表した。平安時代末から鎌倉時代ごろの刀工約280人が収録され、代表作や系図などが墨書で記されている。中世における刀剣書の成立過程や刀工の実像を探る貴重な資料となる。

 発見された刀剣書「銘尽(龍造寺本)」は、龍造寺家文書にある、訴状の下書きにあたる2通(各縦約33センチ、横約95センチ)の「龍造寺家政申状土代(もうしじょうどだい)」に裏書きされていた。

 南北朝時代の観応2(1351)年、九州の一大勢力だった足利直冬(ただふゆ)かその関係者が所持していた刀剣書を借用し、龍造寺家の惣領だった家政か周辺の人物が書き写したものと推定される。当時紙は貴重で、不要となった文書の裏を利用することは珍しくなかったという。

 これまで現存最古とされていたのは、江戸時代後期に発見された、応永30(1423)年書写の「銘尽(観智院(かんちいん)本)」(国重要文化財)。以後、約200年間、観智院本より古い刀剣書は発見されていなかった。龍造寺本の方が、刀工に関する情報などが古かったため、最古の刀剣書と考えられる。

 吉原氏は太宰府天満宮文化研究所の研究員として、日本刀の調査や保存に関わった刀剣書の専門家。10年ほど前、写真で龍造寺家文書を見た時、裏に書かれていた刀の名前を偶然、見つけた。全国の中世刀剣書を網羅的に調査し比較することで、内容が明らかになった。吉原氏は「南北朝時代、刀工の名鑑のようなものを地方の武士が見せてもらって写したという文化的な交流があったことが分かったのも貴重な発見」と語る。

 刀剣書は、県立博物館で26日から来年2月4日まで、記述のある刀工の銘がある刀剣とともに展示する。入場無料。

配信12月19日10:23
佐賀新聞
http://www.saga-s.co.jp/articles/-/163829
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1514256420/ http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1514259599/続きを読む

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