(遅報)歴史まとめ

歴史関係の記事を紹介している2chまとめサイトです。歴史関係のスレ(ほぼなんj)をまとめています。良かったらご覧ください。

2018年02月

1: 孤高の旅人 ★ 2018/02/27(火) 15:13:47.52 ID:CAP_USER9
伊勢神宮近くにムスリム礼拝所設置へ 観光客増加に対応
2018年2月24日09時16分
https://www.asahi.com/articles/ASL2P5746L2PONFB00Q.html

 三重県伊勢市の伊勢神宮内宮近くに来年夏、市がムスリム(イスラム教徒)の礼拝場所をつくる。アジアのイスラム圏からの観光客増加に対応するため。市の担当者は「礼拝場所を探す不自由なく、伊勢観光を楽しんでもらいたい」と話す。
 礼拝場所は、内宮や周辺の観光施設に近い観光案内所の一部を改修してつくる。約3メートル四方で、床に礼拝用マットを敷き、天井にはメッカの方向を示す表示をする。手足を清める洗い場も取り付ける。改修費用は、数百万円の見込み。
 市内の公共施設への礼拝場所設置は初めて。礼拝に使わない時は、ムスリム以外の旅行者も授乳などで利用できるようにする。
 アジアのイスラム圏から伊勢市を訪れる人は増加傾向にある。市によると、伊勢市駅観光案内所を訪れたインドネシア人は2016年15人、17年62人。マレーシア人は16年110人、17年131人だった。(荻野好弘)
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1519712027/続きを読む
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1: みつを ★ 2018/02/26(月) 22:53:33.33 ID:CAP_USER9
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180226/k10011343791000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_033

2月26日 17時20分
日本人が所有しながら、戦時中にフランスで接収され所在がわからなくなっていたクロード・モネの代表作「睡蓮」の1つが、パリのルーブル美術館で破損した状態で見つかり、返還されました。今後、東京の国立西洋美術館で修復されたあと、公開される予定です。

国立西洋美術館によりますと、この作品は印象派を代表するフランスの画家、クロード・モネの油彩画、「睡蓮ー柳の反映」で、おととし9月、パリのルーブル美術館の収蔵庫で、ロールに巻かれた状態で発見されました。

縦2メートル、横4メートル余りの大作ですが、損傷が激しく、カンバスの半分程度が失われているということです。

日本の実業家、松方幸次郎が大正から昭和初期にかけて集めた「松方コレクション」の中の1点で、フランス国内で保管されていましたが、第2次世界大戦の末期にフランス政府に接収され、その後、所在がわからなくなっていました。

松方コレクションのほとんどは、戦後、日本に返還され、国立西洋美術館に収蔵されましたが、この作品は返還リストに含まれていなかったということです。

作品はフランス政府から返還され、松方家から寄贈を受けた国立西洋美術館は、ことし4月から修復を進めて、来年6月に予定している展覧会で公開したいとしています。

馬渕明子館長は「『やはりあったか』という思いです。損傷していることはとても残念だが、歴史的な価値は高く、モネや睡蓮の研究に欠かせないものになると思う」と話していました。

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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1519653213/続きを読む
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1: 水星虫 ★ 2018/02/27(火) 20:04:16.26 ID:CAP_USER9
素粒子で古墳内部を調査

*ソース元にニュース画像あり*


http://www3.nhk.or.jp/lnews/nara/2055222122.html
※NHKローカルニュースは元記事が消えるのが早いので御注意を

奈良県斑鳩町の春日古墳で「ミューオン」と呼ばれる素粒子を使って内部を透視する最新の調査によって古墳の中心部に石室とみられる空洞があることが初めて確認されました。

これは奈良県立橿原考古学研究所などが27日、発表しました。
斑鳩町の春日古墳は形状などから「古墳」とされてきましたが、発掘調査が行われたことは無く、内部の構造については分かっていませんでした。

今回の調査は宇宙から降り注ぐ「ミューオン」と呼ばれる素粒子を解析しレントゲン写真のように内部を透視する最新の技術を使って行われました。
その結果、中心部に空洞が確認され、データの解析から空洞の大きさは幅約1.8メートル、高さ約2メートル長さ約6.1メートルほどと推定されるということで、要人を埋葬した石室とみられるということです。

春日古墳は、豪華な副葬品が発掘され大きな話題となった藤ノ木古墳の近くにあり、過去に盗掘にあった形跡がみられないことから埋葬された当時の状態が残されている可能性があるとして注目されています。

奈良県立橿原考古学研究所の石黒勝己特別研究員は、
「春日古墳に石室とみられる空間があることが初めて確認できた。
この技術を使えば古墳を保護しながら研究することができ、手つかずだった古墳の調査が進むはずだ」
と話しています。

【春日古墳とは】
奈良県斑鳩町の春日古墳は、豪華な副葬品が多数見つかった藤ノ木古墳の北東、約150メートルにあります。
造られた時期も、6世紀後半から7世紀初めと、藤ノ木古墳と同じ時期と考えられています。
民有地にあるため、これまで発掘調査は行われていませんが、平成23年度に町の教育委員会が行った測量調査の結果、直径約30メートル高さ約6メートルの円墳と推定され、また、側面に石室の一部とみられる岩が露出しているのが確認されました。

掘られた形跡は確認されておらず、未盗掘の古墳とみられることから、地元などからは、「第2の藤ノ木古墳」となる可能性もあると、期待の声が上がっています。

斑鳩町は、今後、初めてとなる発掘調査を行う方針で、平成27年度に考古学の専門家などによる検討委員会を設置し、事前調査を始めています。

【藤ノ木古墳とは】
奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳は、6世紀後半に造られたとされる直径約50メートルの円墳です。
昭和60年に始まった発掘調査では、のちに国宝に指定された、銅に金メッキを施した豪華な馬具や靴、それに、金属の首飾りなど、盗掘を免れた3万点以上の副葬品が見つかりました。
また、朱塗りの石棺からは、成人の男性2人の骨が確認され、蘇我氏によって暗殺された2人の皇子が埋葬されたのではないかとする説など、さまざまな説が唱えられ、全国的に注目されました。

【素粒子調査とは】
調査で使われた素粒子「ミューオン」は、宇宙を飛び交っている「宇宙線」と呼ばれる粒子が大気と衝突してでき、地上に大量に降り注いでいます。
さまざまな物質を通り抜ける性質がありますが、密度の高い物質にぶつかると吸収されたり、弱められたりして通過する数が減ります。

一方、内部が空間になっている場合、ほかの場所よりも通過するミューオンの数は多くなります。
古墳の中を通り抜けたミューオンを検出して解析することで、レントゲン写真のように、内部の構造を透視できます。

この技術は、日本などの研究チームによって、エジプトのピラミッドの調査でも用いられ、去年、内部に巨大な空間があることが明らかにされたほか、国内では、
火山の観測や、東京電力福島第一原子力発電所の建屋の調査などにも活用されています。

【橿原考古学研究所“画期的だ”】
奈良県立橿原考古学研究所の菅谷文則所長は、
「発掘しないで、古墳の内部が分かる画期的な調査方法で、人が近づけない古墳などに応用できる。今後、日本の古墳の調査方法が大きく変わるのではないか」
と話しています。
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02/27 18:13
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1519729456/続きを読む
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1: 的井 圭一 ★ 【特別重大報道】 2018/02/27(火) 12:16:57.51 ID:CAP_USER9 BE:511393199-PLT(15100)
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 イスラエル、エルサレムの発掘調査で、粘土にハンコを押した紀元前8世紀の「封印」が発見された。学術誌「Biblical Archaeology Review」に掲載された最新の報告によると、この封印には旧約聖書に登場する預言者イザヤの名が刻まれている可能性があるという。(参考記事:「エルサレムで古代の劇場を発見、「嘆きの壁」発掘中」)

 考古学者エイラート・マザール氏は、「預言者イザヤの印を発見か」と題した報告を同誌に発表。それによると、封印は1.3センチの楕円形の粘土で、一部が欠けている。欠損がなければ、古代ヘブライ文字で「預言者イザヤのもの」と読めるかもしれないとの説を唱えている。

 この2700年前の封印にある文字の解釈が正しければ、聖書以外でイザヤへの言及が見つかった初の例となる。預言者イザヤは、紀元前8世紀末から7世紀初めにかけてユダ王国を統治した王ヒゼキヤに助言する人物として、旧約聖書に描かれている。(参考記事:「古代イスラエル 消えた王国」)

 マザール氏は2009年、エルサレムにある「神殿の丘」(ハラム・アル・シャリフ)南壁の基部で、古代に要塞化されていたオフェル区域の発掘を行った。その際、粘土に押された封印34個が、鉄器時代(紀元前1200~586年頃)の小さなごみ捨て場から出土。今回報告された封印もその1つだ。マザール氏によれば、王のためのパン焼き場を囲む壁の外側であり、紀元前586年に新バビロニアがエルサレムを征服した際に破壊されたという。(参考記事:「河江肖剰 新たなピラミッド像を追って ゴミの山は宝の山」)

「預言者」かどうか
 封印には古代ヘブライ語の文字でイェシャヤフ(イザヤのヘブライ語名)という名前があり、次に「nvy」という文字が続いている。

「nvy」で始まる単語の末尾は欠けているため、文字の解釈は不完全かもしれないとマザール氏は記している。もともと「nvy」の後にヘブライ文字の「アレフ」があったとすれば、「預言者」という単語になるため、封印は「預言者イザヤのもの」と読むことができる。

 この解釈の裏付けとしてマザール氏が挙げているのが、封印が見つかった考古学的状況だ。

 2015年、オフェルの発掘で見つかった別の封印が、ヒゼキヤ王個人を示す印だと発表され、世界各国で報道された。直近の報告書によれば、預言者イザヤを指すかもしれない封印も同じ2009年に行われた発掘で見つかっており、ヒゼキヤ王の封印が出た地点から、わずか3メートルしか離れていなかった。

 聖書に記された預言者と王の密接な関係、そして2つの封印の地点の近さから、マザール氏は「封印は欠損部分があり不完全だが、ヒゼキヤ王の助言者だった預言者イザヤの封印と考える余地があるだろう」と述べている。

粘土に押され、一部が欠けた2700年前の封印。古代エルサレムのごみ捨て場から出土した。刻まれているのは、聖書に登場する預言者イザヤの名かもしれない。
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続きはソース先で
ナショナルジオグラフィック日本版サイト 2018.02.26
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/022600086/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1519701417/続きを読む
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1: 名無しさん@涙目です。 2018/02/27(火) 09:13:12.42 ID:lkPdyME/0 BE:878978753-PLT(12121)
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なぜ日本は左側通行になったのか?

 日本は明治維新後に「近代化」の一環として近代的軍隊制度を導入した。
近代的軍隊の創設にあたって、日本陸軍は最初はフランス陸軍、その後はドイツ陸軍にモデルを求めて制度設計した。
当時はまだ自動車の時代ではなく、軍隊の移動や輸送には馬が使用されていた。

 先にも見たように、ドイツ陸軍は、基本的にナポレオン戦争後にフランスの制度をもとに設計された
プロイセン陸軍を中核としていた。そのため、当然のことながら最初から右側通行であった。
よって、フランス軍、ドイツ軍をモデルにした日本陸軍が右側通行を制度として導入したのは当然のことであった。

 では、なぜ日本の道路は左側通行になったのだろうか?

 日本の道路が左側通行になったのは、1900年(明治33年)の「警視庁令」(道路取締規則)による。
先にも触れた『舗装と下水道の文化』(岡並木)によれば、のちに警視総監となった松井茂は
「特別な理由や研究に基づいたものではない。なんとなく左側通行がよいと考えた」からだったと回想しているという。

「なんとなく」という決め方に驚かされるが、さらに以下のようなエピソードが紹介されている。

 陸軍ではすでに右側通行がすでに実施されていたため、警察としては右側通行を主張する当時の内大臣・
西郷従道(西郷隆盛の実弟で日本陸海軍建設の功労者)を説得する必要が生じ、その任に当たった松井と西郷の間で
こんな会話が交わされたのだという。

 西郷から左側通行の根拠を厳しく問われた末に、松井が「(左側通行には)別に理由はありません。ただこれだけですよ」
といって左の腰から刀を抜くまねをしたら、「うむそうか、よかろう」といって西郷は承知したのだという。
武士が左腰に刀を差していたから、ということらしい。松井氏自身がこのように回想しているそうだが、
重要な決定というものは、案外こんな理由で決まってしまうのかもしれない。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52415?page=4
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1519690392/続きを読む
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Q2gsinE

1: 風吹けば名無し 2018/02/26(月) 09:50:11.86 ID:HxmgwDXcr
松尾伝蔵内閣総理大臣秘書官事務取扱(私設秘書)死亡
高橋是清大蔵大臣 死亡
斎藤実内大臣 死亡
渡辺錠太郎教育総監 死亡
鈴木貫太郎侍従長 重傷


一度にこんなに政府要人が死ぬのはこの先あり得んやろ
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1519606211/

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1: 久太郎 ★ 2018/02/26(月) 11:15:23.43 ID:CAP_USER9
鈴木亮平主演の大河「西郷どん」第8話は14・2% 前回から0・1ポイント微減

25日に放送された俳優・鈴木亮平(34)主演のNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」(日曜・後8時)の第8話の平均視聴率が14・2%だったことが26日、分かった。

 7日の初回視聴率は15・4%となり、関東地区では2000年以降の作品で最も低い数字を記録。第2話も初回と横ばいの数字となっていたが、第3話は14・2%、第4話は14・8%、第5話は番組最高の15・5%、第6話は15・1%、第7話は14・3%と推移。そして今回は0・1ポイント微減した。

 明治維新から150年の今年、巧みな戦術と実行力で徳川幕府を倒し、明治維新を成し遂げ、近代国家・日本を作り上げた西郷隆盛の激動の生涯を新たな視点で描く作品。林真理子さん原作、中園ミホさんが脚本を手がける。(数字は関東地区、ビデオリサーチ調べ)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180226-00000088-sph-ent
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1519611323/続きを読む
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1: ばーど ★ 2018/02/26(月) 10:54:37.74 ID:CAP_USER9
昨年7月に落雷で壊れ、新しく造り直されていた国宝犬山城(愛知県犬山市)天守北側のしゃちほこが完成し、26日に取り付け工事があった。城のシンボルが7カ月ぶりに復活する様子を、観光客らが見守った。

国宝犬山城天守(後方)北側に取り付けられる新しいしゃちほこ(26日午前、愛知県犬山市)=共同
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犬山市などによると、新しいしゃちほこは奈良県生駒市の「山本瓦工業」が製造し、瓦製で高さ約1.3メートル、重さ約62キロ。江戸時代の1752年から1960年代の改修工事まで天守にあったしゃちほこを参考に、忠実な再現を目指した。工事は岐阜市の「田中社寺」も加わり、約10人が高さ約24メートルまでしゃちほこをウインチで引き上げた。

犬山城は室町時代の1537年に建てられた。天守のしゃちほこは7月12日夕の落雷で北側が壊れ、南側はひれの欠損が見つかった。同時に破損した避雷針も含めて市などが順次修復し、3月中旬にも足場を解体する。

旧城主の子孫で、公益財団法人「犬山城白帝文庫」の成瀬淳子理事長は新しいしゃちほこについて「顔つきがシャープ。犬山城を後世まで守ってほしい」と話している。〔共同〕

2018/2/26 10:42
日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27384900W8A220C1CN0000/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1519610077/続きを読む
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