(遅報)歴史まとめ

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2018年03月

1: 名無しさん@涙目です。 2018/03/26(月) 20:41:14.06 ID:3Hx/T0zZ0 BE:123322212-PLT(13121)
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2018年3月25日、中国メディアの揚子晩報は、江蘇省が三国志をテーマにした旅行商品をリリースして日本人客を呼び込むと伝えた。

記事は、江蘇省観光局が主催する2018金陵での三国文化体験イベント「三国志の呉の国を訪ねる江南5日間の旅」の最初のツアー客
及びメディア考察団の歓迎式典が、23日に南京市明孝陵で行われたと紹介した。

このツアーには、日本の講談社や中国紀行などのメディア関係者、及び三国志のゲーム開発者であるコーエーテクモゲームスの関係者
からなる旅行団が含まれており、ほかに三国志ファンも参加。ツアーに参加した三国志ファンの1人は、孫権の生涯をテーマにした
「東呉大帝」を見たあと、「草船借箭の計は諸葛孔明ではなく孫権だったのか。1つ勉強になった」と感想を語ったという。

江蘇省観光局観光促進処の葉凌波(イエ・リンボー)処長は、あいさつの中で、日本からの旅行者を歓迎し、日本人旅行者が三国志の
歴史文化を探索すると同時に、水の都である江蘇省の美景や美食、文化生活を体験してもらいたいと語った。

記事によると、2017年12月に江蘇省旅行局は東京で「水の都・江蘇」旅行交流座談会を開催しており、銭国超(チエン・グゥオチャオ)局長と
日本旅行業界とが話し合いを行い、「三国志文化の大きな影響力を共同で活用し、日本人旅行客が興味を持つ三国志ツアーを開発して、
日本人旅行客市場を復活させてさらに拡大し、両国間の旅行交流を強化することを決定した」という。

今回リリースした三国志をテーマにしたツアー「三国志の呉の国を訪ねる江南5日間の旅」は、南京の歴史文化を訪ねるほか、無錫の三国城、
鎮江北固山などの三国志と関係のある観光地も含まれているという。記事によると、「その他のツアーも日本ではすでに販売が開始しており、
近くツアーが出発する予定だ」という。

江蘇省観光局の関係者は、「三国志をテーマにした旅行商品を開発し、今回のイベントでメディアや関係企業が参加して宣伝されることで、
江蘇観光は日本市場において大きな影響力となるに違いない」と語ったという。(翻訳・編集/山中)
http://www.recordchina.co.jp/b585859-s0-c20.html
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1: キリストの復活は近い ★ 2018/03/24(土) 13:38:12.97 ID:CAP_USER9
日本という国はいつ誕生したのか-。このテーマの議論は、研究者の間では「七五三論争」と呼ばれている。

「邪馬台国の女王、卑弥呼が統治した「3世紀」か、仁徳天皇ら倭の五王による巨大前方後円墳が築かれた「5世紀」、そして天皇制が確立したとされる飛鳥時代の「7世紀」かで議論が分かれているからだ。

国内初の本格的な都、藤原宮(奈良県橿原市)や大宝律令という法律が整備された7世紀こそ「日本国成立」ともいわれるが、邪馬台国の時代にはすでに女王が国を治め、中国王朝と外交関係を築き、国家といえる形が整っていた。(小畑三秋)

 ■「女王の都するところ」

 「飛鳥時代が国家の始まりともいわれるが、決してそうではない。日本国がいきなりできたのではなく、卑弥呼の時代には原型ができていた」と指摘するのが、纒向(まきむく)学研究センターの寺沢薫所長だ。
 寺沢さんは邪馬台国の有力候補とされる纒向遺跡(同県桜井市)を調査し、弥生時代から古墳時代への変遷など、国家形成について研究している。

 同遺跡には、卑弥呼の墓説が根強い箸墓(はしはか)古墳(墳丘長280メートル)をはじめ、国内最古級の前方後円墳が集中し、邪馬台国論争の舞台だ。

遺跡中心部のJR桜井線・巻向駅近くで平成21年、東西に一列に並んだ3世紀前半の国内最大級の大型建物跡(南北19メートル、東西12メートル)など4棟が見つかった。
卑弥呼が中国に使者を送ったと中国の歴史書「魏志倭人伝」に記された239年とほぼ重なり、邪馬台国中枢部の可能性が一気に高まった。

 ■「邪馬台国、女王の都するところなり」

 魏志倭人伝は、卑弥呼のいた場所についてこう記している。
 「卑弥呼は邪馬台国の女王とよく言われるが、そうではない。邪馬台国を含む倭国全体の女王。居住していたのが邪馬台国」と寺沢さん。
そのうえで、「纒向遺跡は邪馬台国の中心であり、卑弥呼は発掘された大型建物で政を行い、倭国の首都だった」と指摘する。

 纒向遺跡では、約2700個もの桃の種、香辛料に使われるバジル、ベニバナの花粉も出土。ベニバナは古代エジプトではミイラを巻いた布、中国でも染料として使われた。桃は、仙人が暮らす中国の理想の地「桃源郷」を連想させる。バラエティーに富む発掘成果は、中国との外交を通じてシルクロード文化を積極的に取り入れていたことを物語る。

  ■外交に長けた女王

 「汝をもって親魏倭王となし、金印紫綬を与える」。魏志倭人伝は、239年に卑弥呼が中国・魏に使者を送り、魏の皇帝が卑弥呼を親魏倭王に任命し金印を授けたと記す。今から1800年近く前、決して対等ではなかったが、日本と中国で外交関係が築かれていたことがうかがえる。

卑弥呼は、倭国の統治に中国の威光を頼ろうとした。当時は三国志で知られる魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)がしのぎを削り、魏の王・曹操や蜀の劉備玄徳(りゅうびげんとく)ら英雄が覇を競った。卑弥呼が外交相手に選んだのは、中でも優位にあった魏だった。

 「卑弥呼の政権は、東アジア情勢を敏感に察知しながら中国と外交を展開した」と寺沢さんは話す。

 ■男子の王で戦乱

 倭人伝は、卑弥呼誕生の経緯についても詳しく述べている。
「もともと男子を王にしていたが、戦乱が起きたため1人の女性を王に立てた。その名は卑弥呼という」と記載。
寺沢さんは、卑弥呼が各地の王の上にたって統治していたとし、「こうした統治体制は、5世紀の倭の五王の時代と変わらない。これが、のちの天皇制へとつながっていった」と説く。

 そして飛鳥時代、中国から長年「倭国」と呼ばれていたのを、自ら「日本」と名乗るようになった。
太陽が昇る「日出する国」「日の本(ひのもと)の国」として、中国をはじめとした東アジアの国家の一員であることを宣言したのだった。

http://www.sankei.com/west/news/180324/wst1803240002-n2.html
http://www.sankei.com/west/news/180324/wst1803240002-n3.html
http://www.sankei.com/west/news/180324/wst1803240002-n1.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1521866292/続きを読む

西郷どん
1: 豆次郎 ★ 2018/03/26(月) 10:16:51.57 ID:CAP_USER9
3/26(月) 10:11配信
鈴木亮平「西郷どん」輿入れ、篤姫の覚悟14・1%

 鈴木亮平主演のNHK大河ドラマ「西郷どん」(日曜午後8時)25日放送の第12話の平均視聴率が14・1%(関東地区)だったことが26日、ビデオリサーチの調べで分かった。前週視聴率は14・6%だった。最高は、第5話の15・5%。

 主演の鈴木亮平(33)が「大河を背負う覚悟をしっかり持ち、西郷さんに負けないように西郷隆盛という大きな男に相撲を挑む覚悟」と語った作品。脚本の中園みほ氏は「原作に師弟愛、男女の愛、ボーイズラブまでラブストーリーがちりばめられています」と、大河史上初のボーイズラブを描く可能性を示している。

 第12話は、篤姫(北川景子)は江戸に来て2年が経過したが輿入れの話は進んでいなかった。不安に思う篤姫のため、吉之助(鈴木亮平)は幾島(南野陽子)と大奥などに働きかけはじめる。山田(徳井優)も、徳川家定(又吉直樹)の母本寿院(泉ピン子)に近づけるよう接待を重ねる。目通りがかなった幾島は本寿院に、篤姫の輿入れへ助力を願う。そして家定は、本寿院や井伊直弼(佐野史郎)の前で篤姫を選び、輿入れが決まった。しかし吉之助は篤姫の将来を憂い心を痛める。安政の大地震が起きた夜、助けに赴いた吉之助に篤姫は、どこか遠くに連れていってほしいと告げる、という内容だった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180326-00159763-nksports-ent
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1522027011/続きを読む

1: アルカリ性寝屋川市民 ★ 2018/03/24(土) 21:14:19.05 ID:CAP_USER9
航空機産業や宇宙開発の歴史を紹介する岐阜県各務原市の「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」が24日、リニューアルオープンした。航空機の実機や惑星探査機の実物大模型など国内最多となる計43機が展示され、航空と宇宙の博物館としては国内最大規模。

太平洋戦争中に同市で造られた旧日本軍の戦闘機「飛燕」の実機や、ゼロ戦の試作機「十二試艦上戦闘機」の実物大模型が展示の目玉。国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の実物大模型では内部もリアルに再現した。

平成8年に各務原市にできた博物館が老朽化し、客足も落ち込んでいたため一時休館して改装。展示面積は従来の1・7倍の約9400平方メートルとなり、年間50万人の来館を目指す。

リニューアルを記念する式典で、博物館のアンバサダーを務める宇宙飛行士の山崎直子さんは「この博物館には先人たちの空への挑戦の足取りが刻まれている。産業や教育の拠点となれるよう取り組んでいきたい」とあいさつした。

家族で訪れた愛知県小牧市の小学5年、成瀬太遥君(11)は「日本に1機しかない『飛燕』をこんなに近くで見られるなんて。スリムできれいな形だった」と笑顔で話した。
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産経WEST 2018.3.24 12:45
http://www.sankei.com/west/news/180324/wst1803240048-n1.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1521893659/続きを読む

1: ひぃぃ ★ 2018/03/24(土) 18:18:18.23 ID:CAP_USER9
 世界遺産の奈良・平城宮跡で24日、奈良県と国土交通省が「平城宮跡歴史公園」をオープンする。レストランが入る施設などを備えた「朱雀門ひろば」を整備し、復元した遣唐使船を公開。平城宮があった当時の暮らしなども紹介し、奈良観光の新たな玄関口と位置づける。

 平城宮跡の朱雀門南側を朱雀門ひろばとして新たに整備し、北側も含めると敷地面積は約35ヘクタールになる。ひろばには平城京を南北に貫いた朱雀大路の一部(約250メートル)を復元し、両側に五つの施設が並ぶ。

 県産食材の料理を提供するレストランやカフェが入る「天平うまし館」のそばには、人工池に浮かぶように全長30メートルの復元遣唐使船を配置。映像や模型で当時の人々の生活を紹介する「平城宮いざない館」や、平城宮跡を一望できる「天平みはらし館」もある。

 国営公園整備は2008年度に事業化。今後は第一次大極殿院の南門なども復元し、最終的にほぼ宮跡全体の132ヘクタールを公園として整備する計画だ。平城宮跡は近鉄奈良線が横切っており、県は奈良市や近鉄と移設について検討を進めている。県は宮跡の南側へ移設し、新駅の設置も視野に検討している。(菅原雄太)

2018年3月23日16時09分
https://www.asahi.com/articles/ASL3761B4L37POMB00P.html

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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1521883098/続きを読む

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