(遅報)歴史まとめ

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2018年04月

1: ニライカナイφ ★ 2018/04/29(日) 05:57:09.96 ID:CAP_USER9
◆人骨のダガーとヒクイドリのダガー、どっちが強い?ニューギニアの戦士たちが使った武器

ニューギニアの戦士たちの使うダガーには2種類存在した。
人の太ももの骨で作ったものと、世界でも最も危険な鳥種のひとつとされるヒクイドリ属の骨で作ったものだ。
最新の研究では、どちらのダガーの方が強いのかが研究され、人の骨の方が強度が高いことが判明した。

■ダガー
研究に用いられたダガーはアメリカダートマス大学フッド美術館に存在するもの。
それぞれ30cmほどの長さで、細かな模様が施されている。

これらのナイフは接近戦に用いられ、単純に敵を殺すための武器として使われたほか、弓矢やりなどで怪我を負った敵の首に刺すことでとどめをさすために用いられた。
また1800年代後半から1900年代中頃にやってきた宣教師たちの残した記録によれば、これらのダガーは、食人のために囚人を切断するにも用いられたとされてきたが、この点に置いては大げさな記述や文化的な習慣を誤解して書かれた可能性があるそうだ。

■人骨とヒクイドリの骨
特に人の骨で作られたダガーは特別な意味を持つようで、誰の骨でも良かったわけではなく、自分の父親や、コミュニティー内で尊敬されていた重要な人物のものである必要があったそうだ。
そうして作られたダガーには元となった人の力が宿るとされ、それを振るう者はダガーとなった人の持っていた権利や力を宣言することができたという。

では果実を食べる鳥ヒクイドリ属の脚の骨でできたダガーの方はもっと簡単に手に入るものかと言えば、そうでも無さそうだ。
ヒクイドリの爪そのものもまたダガーのような鋭さを持ち、12cmもの長さがあり、その蹴りは獲物を切り裂く恐ろしい鳥でもある。
空は飛べないが1.5m近く飛び上がる事はでき、時速50kmで走り、泳ぎも上手いそうだ。

■強いのはどっちだ
研究者は人の骨で作られたダガーとヒクイドリでできたダガー、どちらの方が強いのかを調べるため、CTスキャンを行っている。
そうすることで骨密度などから強度が判明するのだ。
加えて研究者たちは現在も作られているヒクイドリのダガーを購入し、曲げ試験を行い、どれだけの力で折れるかを検証したところ、約20kg(約200ニュートン)まで耐えることができた。

研究では人間の骨でできたものの方がヒクイドリでできたダガーよりも2倍程度強いだろうと結論付けている。
なお、強度の違いは骨密度だけで生じているわけではなく、ヒクイドリ属の鳥の脚の骨を使って作られた方は、より平らに、カーブが少なくなるように削られていることも関係しているようだ。

■写真
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Discovery Channel Japan 2018.04.26 21:00
https://www.discoverychannel.jp/0000014623/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1524949029/続きを読む

1: みつを ★ 2018/04/29(日) 03:13:55.72 ID:CAP_USER9
https://www.nishinippon.co.jp/sp/nnp/nagasaki/article/411516/

2018年04月26日 06時00分

 平戸市生月町博物館「島の館」の学芸員中園成生さん(55)が「かくれキリシタンの起源」を出版した。前著の内容を掘り下げ、構想から約5年をかけた486ページに及ぶ大著で、独自の視点を展開している。

 かくれキリシタン信仰は捕鯨史と並び、中園さんの研究テーマ。かくれキリシタン信仰について、従来の研究者が「純粋なキリスト教信仰が禁教令で宣教師がいなくなったことで、信者が日本の土着信仰と結び付け、変容させたもの」などとしているのに対し、中園さんは変容ではなく、当初からのキリシタン信仰が続いたことを主張。神道や仏教とともに残り、オラショ=祈祷(きとう)文=のようにキリシタン信仰の要素をなるべくそのまま継続していたものと論じている。

 また、信者は弾圧を逃れて離島や半島などに隠れ、貧しい暮らしに耐えながら信仰を守ったとする「定説」を覆し、「生月島では江戸時代に国内最大の産業だった捕鯨業があり、よそからも大勢の人が働きに来るなど、従来の見方は見当外れ」と記している。

 「ここで学芸員として長く研究を続けてきたことで、広い視野に立った調査ができた。世界遺産登録への潮流に後押しされた面もある。かくれキリシタンの正しい理解に役立てばうれしい」と中園さん。学問から得た結論は「他者への寛容」と穏やかに笑った。

 A5判、4千円(税別)。書店や「島の館」で販売している。

=2018/04/26付 西日本新聞朝刊=

「かくれキリシタンの起源」を著した中園さん
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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1524939235/続きを読む

1: シャチ ★ 2018/04/27(金) 11:38:55.71 ID:CAP_USER9
[ボーンマス(英国) 25日 ロイター] - 米南西部ニューメキシコ州ホワイト・サンド・ナショナル・モニュメント内の塩原で、古代人が大型のナマケモノと死闘を演じたことを示す初めての足跡の化石が発見された。

巨大ナマケモノは1万1000年ごろまで生息しており、直立時の身長は2メートル超、前足の先にかぎづめがあった。
大半の科学者は、人類の乱獲で最終的な絶滅に追い込まれたとみている。

足跡を3Dで分析したところ、人間がナマケモノの足跡の通りに後ろから付いて歩き、その後対峙し、槍を投げていた可能性があるとみられている。

化石を発見した科学者チームに加わる、英南部ボーンマス大学のマシュー・ベネット環境・地理学教授は、「足跡から、人間がナマケモノの足跡の通りに後ろから付けていった様子が分かる。その足跡は逸れたり曲がったりしているが、この間に別の人がきて(ナマケモノに)致命傷を負わせた」と語った。ナマケモノの足跡からは、後ろ足で立ち上がって防御とみられる姿勢として前足を振り回した様子が見て取れるという。

また、より遠くに別の人間の足跡が見られたことから、複数のグループが別々のチームを作り、ナマケモノを出し抜くため注意をそらせたり、あらぬ方向に導くなどしていたことが分かるという。

人間の足跡が見られない場所ではナマケモノはまっすぐ歩き、見られる場所では突然方向転換するなど逃げようとしていた。

足跡はデジタルカメラで22の角度から撮影し、ベネット教授が開発したアルゴリズムにより3D技術で再現された。

教授は「2種類の異なった足跡の化石が相互に作用し、行動生態学を示した例はきわめて珍しい」と述べた。

4/27(金) 11:31配信 ロイター
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000034-reut-eurp
画像
20180427-00000034-reut-000-1-view
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1524796735/続きを読む

1: 記憶たどり。 ★ 2018/04/26(木) 20:29:42.76 ID:CAP_USER9
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180426/k10011418721000.html

1560年に今の愛知県で行われた桶狭間の戦いで、織田信長が今川義元を倒した場所をめぐる論争に終止符を打とうと、地元の住民らが大学の研究者に依頼して古くから伝わる「おけ」を鑑定することになりました。

「桶狭間の戦い」は、愛知県の名古屋市と豊明市にまたがる地域で行われたとされていますが、今川義元が討ち死にした場所が歴史的に特定されておらず、名古屋市緑区の公園とする説と、600メートルほど離れた豊明市の史跡とする2つの説があり、地元では「桶狭間論争」とも呼ばれています。

この論争に終止符を打とうと、名古屋市側の住民らでつくるグループが、名古屋大学の研究者に依頼して公園近くの神社に古くから保管されている「おけ」を鑑定することになりました。

グループによりますと、戦の直前に義元の家臣が、本陣近くの神社に「おけ」を奉納したという逸話があり、保管されているのがこの「おけ」と証明できれば、義元が神社の近くで討ち取られたとする伝承の信ぴょう性が高まるとしています。

鑑定では「おけ」に含まれる特定の炭素の割合を分析して、50年から100年ほどの幅で年代を測定するということです。

「桶狭間古戦場保存会」の梶野泉理事長は「結果が出るまで不安だが、私たちの地域が義元の最期の地だと裏付けできることを期待している」と話しています。

鑑定の結果は来月、わかることになっています。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1524742182/続きを読む

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