(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ:日本史 > 縄文時代

1: 樽悶 ★ 2018/08/27(月) 22:59:17.45 ID:CAP_USER9
分析した中で最も太い縄文人男性の上腕骨(左)と、一般的な人体模型(右)=3万年前の航海徹底再現プロジェクト提供
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 縄文人は、内陸よりも沿岸部に住んでいた人の方が腕が太かったとの研究結果を、国立科学博物館などが発表した。外洋に出て漁や海上交易をしていたと考えられている愛知県・渥美半島に住んでいた集団の男性が特に太く、舟をこぐことで鍛えられて太くなった可能性があるという。

 ヒトの足や腕の骨は筋肉を使った活動に応じて太く成長する。縄文人の手足は現代人よりも太い傾向があるが、年代や地域によってばらつきがあることが指摘されていた。

 同館は全国の遺跡から出土した縄文時代の上腕骨797人分を分析。その結果、内陸よりも、海で漁を行っていた沿岸部の集団の骨の方が太い傾向があった。一方、海岸に近くても、主に川で漁をしていたと考えられる集団は比較的細かった。

 沿岸部の中でも、渥美半島にある縄文時代晩期の保美(ほび)貝塚(愛知県田原市)の男性は特に太く、出土した22人分すべてが全国平均を上回った。全国で出土した中で最も太い骨もあり、上腕の細い部分でも外周が8.1センチと、江戸時代の平均的な男性より約2センチ長かった。外洋で漁をしていた他地域よりも太く、漁だけでなく、海上交易で舟をこぐ機会が多く、腕が鍛えられたと考えられるという。女性は周辺地域と大きな差はなかった。

 同館は、3万年前に日本人の祖先が大陸から渡ってきた航海を再現するプロジェクトを進めている。プロジェクトの海部陽介代表は「縄文時代でも帆を使った舟がなかったことを示す成果で、3万年前も手こぎ舟を使った可能性が高い」としている。【大場あい】

毎日新聞 2018年8月27日 20時18分(最終更新 8月27日 21時42分)
https://mainichi.jp/articles/20180828/k00/00m/040/074000c
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1535378357/続きを読む

1: 泥ン ★ 2017/12/19(火) 02:06:19.83 ID:CAP_USER9
読売新聞 2017年12月15日 05時20分
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20171214-OYT8T50003.html
(『核DNA解析でたどる日本人の源流』に掲載された図をもとに作成)
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沖縄・石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡から出土した約2万7000年前の日本最古の人骨
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 日本人のルーツの一つ「縄文人」は、きわめて古い時代に他のアジア人集団から分かれ、独自に進化した特異な集団だったことが、国立遺伝学研究所(静岡県三島市)の斎藤 成也 教授らのグループによる縄文人の核DNA解析の結果、わかった。現代日本人(東京周辺)は、遺伝情報の約12%を縄文人から受け継いでいることも明らかになった。縄文人とは何者なのか。日本人の成り立ちをめぐる研究の現状はどうなっているのか。『核DNA解析でたどる日本人の源流』(河出書房新社)を出版した斎藤教授に聞いた。

世界最古級の土器や火焔土器…独自文化に世界が注目

 縄文人とは、約1万6000年前から約3000年前まで続いた縄文時代に、現在の北海道から沖縄本島にかけて住んでいた人たちを指す。平均身長は男性が160センチ弱、女性は150センチに満たない人が多かった。現代の日本人と比べると背は低いが、がっしりとしており、彫りの深い顔立ちが特徴だった。

 世界最古級の土器を作り、約5000年前の縄文中期には華麗な装飾をもつ火焔土器を創り出すなど、類を見ない独自の文化を築いたことで世界的にも注目されている。身体的な特徴などから、東南アジアに起源をもつ人びとではないかと考えられてきた。由来を探るため、これまで縄文人のミトコンドリアのDNA解析は行われていたが、核DNAの解析は技術的に難しかったことから試みられていなかった。

 斎藤教授が縄文人の核DNA解析を思い立ったのは、総合研究大学院大学教授を兼務する自身のもとに神澤秀明さん(現・国立科学博物館人類研究部研究員)が博士課程の学生として入ってきたことがきっかけだった。「2010年にはネアンデルタール人のゲノム(全遺伝情報)解読が成功するなど、世界では次から次に古代人のDNAが出ていたので、日本でもやりたいと思っていた。神澤さんが日本人の起源をテーマにしたいということだったので、縄文人の核DNA解析に挑戦することにした」と振り返る。

福島・三貫地貝塚人骨のDNA解読に成功

 問題は、縄文人骨をどこから手に入れるか、だった。ねらいをつけたのは、自身が東大理学部人類学教室の学生だったころから知っていた東大総合研究博物館所蔵の福島県・三貫地貝塚の人骨だった。同貝塚は60年以上前に発掘され、100体を超える人骨が出土した約3000年前の縄文時代後期の遺跡。同博物館館長の諏訪元教授に依頼すると、快諾。男女2体の頭骨から奥歯(大臼歯)1本ずつを取り出し、提供してくれた。

 解析を担当する神澤さんがドリルで歯に穴を開け、中から核DNAを抽出。コンピューターを駆使した「次世代シークエンサー」と呼ばれる解析装置を使い、核DNAの塩基32億個のうちの一部、1億1500万個の解読に成功した。東ユーラシア(東アジアと東南アジア)のさまざまな人類集団のDNAと比較したところ、驚くような結果が出た。中国・北京周辺の中国人や中国南部の先住民・ダイ族、ベトナム人などがお互い遺伝的に近い関係にあったのに対し、三貫地貝塚の縄文人はこれらの集団から大きくかけ離れていた。

 「縄文人は東南アジアの人たちに近いと思われていたので、驚きでした。核DNAの解析結果が意味するのは、縄文人が東ユーラシアの人びとの中で、遺伝的に大きく異なる集団だということです」と斎藤教授は解説する。

続きは>>2
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1: ばーど ★ 2017/08/31(木) 16:35:27.81 ID:CAP_USER9
 沖縄県名護市安和区の河川改修工事に伴う文化財調査で、縄文時代晩期(紀元前3000~2500年)の地層からほぼ全身の骨格が残った犬の骨2体が見つかった。周辺では土器や石器、貝殻、ジュゴンの骨などが出土している。県教育委員会の担当者は「土器や石器が見つかった近くで、複数の骨がバラバラにならずそのまま残っていれば、人の手で埋葬された可能性が高い」と指摘する。当時から犬を家族の一員として迎え入れていた暮らしぶりを伝える発見ではないかと期待されている。

 名護市教育委員会は今後、専門家に鑑定を依頼し、詳しく調べる予定。県教委文化財課によると、県外では縄文時代の地層から犬の骨が多数出土している。県内では珍しいという。

 出土したのは深さ120~130センチの地層からで、一部欠損はあったものの骨格全体がほぼ残り、2体が2メートル間隔で並んでいた。犬種は不明だが、骨格から中型犬とみられる。

 周辺を試掘した名護市教委が遺跡分布地として本格調査をし、7月21日に発掘した。現場担当者の吉元貴子学芸員は「土器や石器の出土はよくあるが犬の骨は驚きだった。県内の縄文時代の解明につながれば」と期待する。(北部報道部・城間陽介)

縄文時代の地層で発見された犬の骨。上から頭、けい骨、胴体の骨格がみてとれる=名護市安和(名護市文化課提供)
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配信2017年8月31日 08:25
沖縄タイムス
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/135551
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1504164927/続きを読む

1: 名無しさん@1周年 2016/09/12(月) 03:12:56.04 ID:CAP_USER9
2016年度の発掘調査でみつかった6千~9千年前の出土品
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うるま市教委による発掘調査の様子=うるま市藪地洞穴遺跡
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 沖縄県うるま市教育委員会が発掘調査を進めていた藪地洞穴遺跡で、9千年以上前の土器や貝殻などが多数出土したことが9日、分かった。南城市のサキタリ洞遺跡で見つかった土器と並び県内最古級で、この時代の土器とともに人が食べた物が出土したのは県内で初めて。これまで不明だった当時の人々の食べ物や、暮らしの様子を知る手掛かりとなる。

 藪地洞穴遺跡では1960年に約6千年前の「爪形文土器」などが見つかっていたがそれ以降は手付かずで、うるま市教委が2014年度から再調査を開始。同年に約6500年前の土器や、貝製のやじりなどが見つかった。

 ことし6月から実施した本年度調査で見つかったのは、貝で模様をつけたとみられる「波状文土器」や、イノシシの骨、カキのほか、シナレシジミといった川の河口付近に生息する貝の殻。これらは一カ所に集められたように、狭い範囲内にあった。

 また、洞窟の別の調査区では約6千年前の土器の破片が大量に出土。土器に混じって、石おのや貝製のやじり、イノシシの骨もあった。これらも一カ所に集められており、このような状況で発見されるのは県内で事例がないという。

 県内では、港川人が生きた2万年前の旧石器時代から、約6500年前の縄文時代にあたる「南島爪形文土器文化」までの情報を示す出土品がほとんど見つかっていない。

 うるま市教委文化課の横尾昌樹主任主事は「(今回の出土は)沖縄先史時代の文化解明につながる成果。歴史の空白期間を埋める重要な鍵になる」と話している。出土品の一部は、うるま市立与那城歴史民俗資料館で開かれている「2016年度発掘調査速報展」で実際に見ることができる。

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/61508
「藪地洞穴遺跡」発掘調査現場説明会
http://www.city.uruma.lg.jp/culture/138/4552
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1473617576/ 続きを読む

  
1: すらいむ ★ 2016/05/30(月) 11:28:36.42 ID:CAP_USER9
長野産矢尻、北海道で出土  620キロ離れた縄文遺跡で

 北海道福島町の館崎遺跡で、縄文前期―中期(5千~4500年前)の地層から出土した矢尻が、長野県・霧ケ峰周辺の黒曜石で作られたものであることが、北海道埋蔵文化財センター(江別市)の調査で30日までに分かった。道内で本州産の黒曜石の矢尻が見つかったのは初めてという。

 同センターの長沼孝常務理事は「縄文人が海を越えて交流していたことが改めて確認された。霧ケ峰周辺から福島町まで直線距離でおよそ620キロあり、縄文人のダイナミックな動きを物語っている」と話している。

 同センターによると、北海道新幹線建設に伴う発掘調査で2009年、出土した。

共同通信 2016/5/30 11:23
http://this.kiji.is/109839644121908732
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1464575316/ 続きを読む

1: ◆HeartexiTw 胸のときめきφ ★  2016/05/28(土) 15:17:51.81 ID:CAP_USER9
考古学を形式ばらずにゆる~く気軽に楽しもう、という動きが広がっている。
学問として専門知識を学ぶのではなく、土偶の造形を「かわいい」と
楽しんだり、土器に似たお菓子を作ったり。古代史や古墳への愛を曲にして
歌い、趣味で古墳めぐりをする。女性の愛好者も増え、
今や考古学は「女のロマン」? 
文献が残っていない古代は、素人でも想像力を広げられるのが魅力だ。

 東京都内で博物館展示の仕事に携わる下島綾美さん(32)は「お菓子作り考古学者」として活動する。考古学専攻の大学院生だった時、土器のかけらとそっくりなクッキー「ドッキー」を考えついた。クッキー生地を土器の材料の粘土に見立て、当時と同じ道具で模様をつける。本物の土器を観察しながら作るので、知識が身につく。各地の講座で教えている。 
ここ十年、就職口を見つける難しさもあって、考古学専攻を志望する学生は減っているという。下島さんは「文化財は専門家だけのものじゃない。足元にある土地の記憶を知れば愛着がわくし、地元の文化財保護にもつながる。軟らかな切り口で一般の人に興味を持ってもらえるのはうれしい」と話している。

写真
*+*+ 東京新聞 +*+*

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201605/CK2016052802000239.html 
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1464416271/
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