(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ: 戦国

1: 名無しさん@おーぷん 2017/07/15(土)14:48:01 ID:vRv
最高指揮官のくせに戦場で死ぬアンポンタンはお歯黒蹴鞠で十分や
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357: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/07/07(金) 11:39:09.94 ID:FHtzcgwp00707
この数字が正しいなら武田と島津はめっちゃ頑張ったな 
a4RXYen
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1499392425/
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oguri
7: 名無しさん@涙目です。(庭)@\(^o^)/ [US] 2017/07/07(金) 22:00:39.02 ID:SPy5+3ay0
オグリキャップ的なやつでしょ
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1499431301/続きを読む
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20160626215627
1: ちゃとら ★  2017/07/16(日) 18:11:07.84 ID:CAP_USER9
 誰もが知る歴史上の史実にはドラマチックなものも多いが、中には真偽が怪しいものもあるようだ。

上杉謙信といえば「義の人」として知られ、長年にわたって対立関係にあった武田信玄を助けた「敵に塩を送る」逸話が美談として語られている。
ところが『上杉氏年表』の共著者で新潟県上越市公文書センターの福原圭一氏によれば、同時代の史料を見てもそうしたことは書かれていないという。

「当時、謙信は商人による塩の流通をコントロールできていなかった。そもそも“義に生きた”というイメージも見直されるべきで、謙信の軍隊が、戦地で人身売買をしていたという史料も存在しています。
これは全国の戦場で行なわれていたことです。謙信も戦国時代の価値観やルールにのっとっていたのです」

さらに「生涯不犯」(女性と交わらない)の誓いについても、疑問があるという。
慶應義塾大学文学部非常勤講師で大河ドラマ『真田丸』の時代考証などを手掛けた丸島和洋氏によれば、
「謙信にゆかりのある高野山の清浄心院の過去帳には謙信が結婚していたことを匂わせる記述が出てくる」という。

一方、真田幸村に関しても“疑惑”が存在する。大河ドラマ『真田丸』の主人公・真田幸村。正しくは「信繁」で、生前の史料に「幸村」の名はまったく出てこない。
初出とされるのは、大坂夏の陣が終わって60年近く経ってからまとめられた『難波戦記』だ。

にもかかわらず、昨年の大河でも堺雅人演じる主人公・信繁が、息子にくじを引かせて名を「幸村」に変えることを決めるシーンが、終盤の見せ場の一つとしてはっきりと描かれた。
「真田幸村」の“知名度”の高さは抜群であるにもかかわらず、本当にその名前だったかの真偽のほどは定かではないのだ。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13345434/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1500196267/続きを読む
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CsEr_3XVYAIuEIo
1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/07/10(月) 10:15:00.63 ID:L57EKPeJ0
かっこいい
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1499649300/続きを読む
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1: みつを ★ 2017/07/15(土) 06:43:43.79 ID:CAP_USER9
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170715/k10011059851000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_007

戦国武将の織田信長が、たか狩りに使うたかを飼育していた人物に対して土地の保証などをしていたことを示す書状が見つかりました。のちに「鷹匠(たかじょう)」と呼ばれる人たちの処遇に関する戦国時代の史料が見つかったのは初めてだということで、調査にあたった専門家は「信長が専門職を厚遇していたことを示す貴重な史料だ」としています。
この書状は三重県に住む男性がオークションで購入し、東京大学史料編纂所などが調査した結果、紙の質や朱印などから織田信長の書状と判断しました。

調査によりますと、書状は天正2年(西暦1574年)に、信長がたか狩りで使用するたかを飼育していた澤源三郎という人物に宛てて書かれたものだということです。

父親に代わって当主となる源三郎に対して土地を保証しているほか、米や銭を与えるなどと記され、信長が手厚い処遇を図っていたことが伺えます。

調査に当たった東京大学史料編纂所の村井祐樹准教授によりますと、たかを飼育する専門職は江戸時代には「鷹匠」と呼ばれ、将軍家から保護を受けていましたが、戦国時代の処遇に関する史料が見つかったのは初めてだということです。

村井准教授は「たか狩りの好きな信長だからこそ、このような専門職を厚遇したのではないかと考えられる。信長が人の能力をきちんと評価して処遇していたことがわかる貴重な史料だ」と話しています。

この書状は15日から名古屋市の徳川美術館で開催される特別展で公開されます。

7月15日 5時56分
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1500068623/続きを読む
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sanadamaru1656
1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/07/05(水) 19:29:58.45 ID:0dUTlXJH0
死に際に子供と妻に顔見せるよりも、自分の美学取るとかクソやろ
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1499250598/続きを読む
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1: アザラシ伍長 ★ 2017/07/08(土) 03:22:12.87 ID:CAP_USER9 BE:163221131-PLT(33337)
茶々ねぎらう手紙 「嫌いなお灸がまんして さすが」 79年ぶり書簡発見

毎日新聞 2017年7月8日 東京朝刊

 兵庫県立歴史博物館(兵庫県姫路市)と東京大史料編纂(へんさん)所は7日、豊臣秀吉が側室の茶々(淀殿)に宛てた直筆の書状を同県豊岡市出石町の民家で見つけたと発表した。

 茶々宛ての書状はこれまでに5点しか確認されておらず、新たな史料の発見は少なくとも1938(昭和13)年以来79年ぶり。

 嫌いなお灸(きゅう)を使って病を治した茶々をねぎらう内容で、専門家は「秀吉の私生活や茶々への愛情を読み取ることができる絶好の書状」としている。【幸長由子】
(続きは要登録)

https://mainichi.jp/articles/20170708/ddm/012/040/078000c
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1499451732/
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1499431301/続きを読む
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