(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ: 幕末

1: 樽悶 ★ 2018/08/11(土) 05:20:13.91 ID:CAP_USER9
斗南藩成立前後の藩士の動向や経済事情に触れた梶原平馬の手紙の1枚
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 150年前の会津藩消滅時に家老などを務め、藩再興に奔走した梶原平馬(かじわらへいま)と山川浩(やまかわひろし)、さらに会津藩士の子で後の陸軍大将、柴五郎(しばごろう)の3人がそれぞれ明治以降、会津在住の元藩士、町野主水(まちのもんど)に出した手紙計3通が、東京都の町野の曽孫宅で見つかった。

 文面を読み解いた直木賞作家の中村彰彦さん(69)によると、旧会津藩が斗南藩として復活する1870(明治3)年ごろの藩士たちの動向や経済事情に触れた梶原の手紙をはじめ、いずれも明治、大正の「会津武士」の生活ぶりや人柄が分かる貴重な史料という。

 手紙の日付は、梶原が4月1日。年は書かれていないが、中村さんによると内容から1870年と判別できる。山川は89(明治22)年9月5日。柴が1919(大正8)年9月14日。毛筆で書かれている。

 会津藩最後の筆頭家老で戊辰戦争直後は東京で謹慎した梶原の手紙は薄紙2枚。1枚目冒頭の「高田脱走惣調(そうしらべ)/東京脱走惣調/無宿者惣調」の3行に続き、戊辰戦争後に旧藩士が収容された越後高田(現新潟県上越市)、東京両謹慎所からの脱走者の調査が終わり、脱走先から戻った者、戻る見込みの者の家にも1日に付き1人当たり4合の玄米を給付し、台所事情が厳しい家には申し出れば対応する―などと記されている。

 中村さんは「平馬は脱走に頭を痛め、また70年4月の斗南藩成立で政府による給付が藩の手に移り、扶持(ふち)高は半分以下にせざるを得なかった。そして会津残留者たちにも同じ扱いをする必要を考え、扶持高改定を町野にも伝えた。東京と会津、越後高田で連絡し合い時代の逆風に対処していた状況が分かる」としている。

福島民友 2018年08月10日 08時00分
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20180810-296691.php
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1533932413/続きを読む

1: まいどアリ ★ [TN] 2018/07/01(日) 13:12:19.33 ID:CAP_USER9
「近世報国赤心士鑑」という明治9(1877)年に京都で出た番付がある。
安政5年から慶応3年までの国事に殉じた273人のランキングだ。

この最上段に田中河内介(かわちのすけ)がいる。
坂本龍馬や高杉晋作は次の段。
幕末のスター志士より格上の田中河内介って、誰?

河内介は但馬国出石藩の香住(現豊岡市香住)出身で、京都で儒者となった。
公卿中山忠能(ただやす)に仕え、その娘の生んだ男の子の世話係となる。
この男児こそ、何を隠そう祐宮(さちのみや)、つまり後の明治天皇だ。

河内介は勤王の志士となり、西南雄藩の同志と交わりを深める。
そこで起きるのが寺田屋騒動。
河内介らによる討幕の挙兵計画は、薩摩藩の内紛で不発に終わる。
薩摩藩の生き残り組と鹿児島へ向かった河内介父子は、播磨灘で殺され、遺骸は小豆島に流れ着く。

寺田屋騒動で「おいごと突けぃ!」と壮絶な最期を遂げた薩摩藩士・有馬新七ら九烈士の番付は、さらに下の3段目。
NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」の寺田屋騒動の回でも影も形もない、河内介の方が上だ。

この、現在とは逆の評価に驚いたのが、兵庫高校などで漢文を教えていた故田中稔さん。
史料の乏しい河内介について1980年頃から調べ、発表し始める。
「明治天皇に最も慕われた男」というのが小伝のタイトルだ。

たまたま、田中さんの話で河内介を知った小豆島の人が顕彰会を97年に結成。
毎年、命日の5月1日前後に法要を営み、浜にあった哀悼碑も、菩提(ぼだい)所の雲海寺に移転させる。

W田中、恐るべし。

さすが、寺田屋騒動後に薩摩藩の蒸気船が沈んだのも、西郷隆盛の自刃も、大久保利通の暗殺も、河内介のたたりといわれるだけのパワーだ。

ちなみに、番付で河内介の右に位置する中山忠光は、忠能の息子。
つまり明治天皇とともに河内介の教えを受け、長じて大和で決起した「天誅組の変」の首領にかつがれる。

戦後風に言えば、
「皇太子殿下の血のかよう叔父が共産党に参加して、争乱の首領に推されたというのと同じ」と作家の木村毅(き)は「明治天皇」に書く。

幕末・明治の激動ぶりがよく分かる。
確かに、河内介の存在は小さくない。
(田中真治)

写真:田中河内介父子を掲載する番付「近世報国赤心士鑑」
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以下ソース:神戸新聞 2018/7/1 12:30
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201807/0011405269.shtml
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/editorialplus/1530418339/続きを読む

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