(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ: 日本史

1: 記憶たどり。 ★ 2017/04/23(日) 06:30:35.46 ID:CAP_USER9
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170423-00010000-nishinpc-soci

八女(福岡県)が日本の首都になっていたかもしれない。突拍子もない
冗談のようだが、実は太平洋戦争中に政府が検討していた歴史的事実だ。
「事実は小説より奇なり」とはまさにこのこと。当時の資料をひもとき
「八女遷都論」について調べてみた。

「八女遷都論」が明記されているのは、1943年10月付の極秘文書「中央計画素案」だ。
内閣総理大臣直属の組織で、戦時下の国家総動員体制の諸計画を立案した「企画院」が作成した。現在は、国立公文書館の「アジア歴史資料データベース」
で公開されている。

この文書は朝鮮、中国、東南アジアにおける権益確立を目指す「大東亜共栄圏」建設を見据え、政治、経済、産業、文化、防衛などを含めた国のあり方について方向性を示したもの。計画の対象は日本、朝鮮、台湾。遂行目標を「一応15年」としていた。

「首都」の項目では、候補地として岡山県行幸村(現・瀬戸内市)、朝鮮京畿道京城府(同・ソウル)と並び福岡県福島町(同・八女市)が挙げられていた。条件として、全国土の中心▽地震、風水害など天災地変が少ない▽寒さや暑さが厳しくない ▽用水、電力、食料など物資が豊富▽既成の都市とは適当に離れている、など計6項目を明示。福島町は条件をクリアしていたようだ。

極秘文書は現八女市出身の県職員が発見

首都を構成する機能を、皇居のほか、政府各機関や生活必需物資配給機関、外国公館などとしているが、「極力不要なる機能の集中を抑制する」とも記載。
「防空、耐火、耐震および美術上の見地において最も完全なる都市の造成に重点を指向する」と目標を掲げており、あらたに計画都市を造ろうとしていたことがうかがえる。

極秘文書は1967年、福岡県立花町(現八女市)出身の県職員だった故松延茂さんが発見した。
松延さんは地域文芸誌「飛形」への寄稿で発見の経緯を振り返っている。当時、松延氏は県の企画室企画主査として県総合開発計画の策定に当たっていた。その参考資料を集める中で、戦前、戦中の膨大な公文書に触れる機会があり、その中から見つけたのだという。

この「中央計画素案」策定から2年後に日本は敗戦。遷都案も消えた。松延氏は寄稿の中で、矢部川の自然豊かな風情を表現した洋画家・青木繁の書簡の一節を紹介しながら思いを語っている。「福島町中心地区が首都になっていたら、わが故郷の様相はどうなっていたことか。
時折、白昼夢にも似たまぼろしの首都を思い描いてみることを楽しみにしているが、そのようなとき、青木繁の詩情が私の心をゆさぶるふるさとである」

もし、福島町に首都が置かれたら、現在、八女はどうなっていただろう。国会や中央省庁が集まり、周辺も高層ビルが立ち並んでいるのではないか。人口も比べものにならないほど増えていたはずだ。一方で、伝統的な白壁の町並みや、丘陵地に広がる茶畑など現在の八女ならではの風景は失われていた可能性が高い。

いずれにせよ、多くの謎を残し、八女遷都論は歴史の中に消えた。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1492896635/ 続きを読む
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09737f94
1: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2017/04/13(木) 00:16:15.10 0
平清盛は大河になったのに
日本史でも足利義満ほどスケールのでかい人物いなくね?
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/morningcoffee/1492010175/ 続きを読む
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napo1814
1: 名無しさん@おーぷん 2017/04/12(水)19:49:04 ID:gIY
伝説系は抜きにして
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1491994144/


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ダウンロード (38)
1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/04/17(月) 03:38:10.79 ID:+dEaKw4Pa
世界の軍学校で扱われるわけやろ?
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1492367890/ 続きを読む
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animal_kisouma
1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/04/07(金) 17:39:56.37 ID:TIYx9jOf0
しね
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1491554396/ 続きを読む
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1: 名無しさん@おーぷん 2017/03/31(金)14:32:14 ID:22n
1(左) 三島由紀夫
2(遊) 北一輝
3(二) 吉田松陰
4(三) 本居宣長
5(一) 福沢諭吉
6(右) 徳富蘇峰
7(中) 大川周明
8(捕) 北畠親房
9(投) 安岡正篤
監督 頭山満
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1490938334/
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tuuchihyou
1: 名無しさん@おーぷん 2017/03/27(月)02:10:42 ID:zlN
1左 吉良上野介
2遊 田沼意次
3一 蘇我入鹿
4三 明智光秀
5ニ 石田三成
6右 井伊直弼
7中 徳川綱吉
8捕 山縣有朋
9投 足利尊氏
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1: 砂漠のマスカレード ★ 2017/03/22(水) 21:45:12.95 ID:CAP_USER9
キスしている最中、ふとこう思ったことありませんか? あ?、こんなキモチいいことパパやママ、祖父母、先祖代々やってきたのだな、と。
はるか昔から脈々と人類が唇を重ね合わせてきたと思えば、なんだか胸が熱くなりますよね。
キス万歳! というわけで、今回は大学で歴史学を専攻していた筆者が知られざるキスの歴史をお伝えしましょう。 
遅くとも平安時代にキス文化があった?

キスの起源については諸説ありますが、わが国・日本ではいつごろからキスの文化が存在していたかというと、平安時代までさかのぼります。

平安文学として有名な紀貫之の『土佐日記物語』や作者不詳の『今昔物語』などに男女のキスにまつわる記述があるのです。

『今昔物語』では妻の遺体にキスを?

『今昔物語』には、大江定基という男が、病死した妻の亡骸と添い寝して、夜な夜なキスしていたというエピソードがあります。

しだいに妻の口から死臭がするようになったため、泣く泣く妻を葬送して、自分は出家してしまったのだとか。

シチュエーションを想像するとロマンチックというよりホラーですが、はるか昔にこんなラブストーリーもあったのですね。

あの戦国大名が実はキス魔だった?

大河ドラマ『真田丸』にて、堺雅人さん演じる幸村と、長澤まさみさん演じる“きり”との口吸い(キス)シーンが話題になったのは記憶に新しいところ。

このキスシーンは、堺雅人さんの発案で台本に追加されたものだそうで、史実通りかどうかは明らかではありません。

ただ、同時代の人物である豊臣秀吉については、“口吸い”にまつわる資料が残っています。

チューしたくて悶々……

秀吉が幼い息子・秀頼に送った手紙に、「俺の留守中に誰にも口吸いさせるなよ、俺が帰ったら口吸いさせろよ」という内容の記述があります。

一見すると、子煩悩なパパですが、実はこの手紙、側室の淀君に読ませるためのものだったのでは、という説が……。

ちなみに、当時の秀吉はすでにアラカン(還暦)で淀君とは30歳ほどの年齢差があったといわれています。

功名を立てた大人物が若い女にメロメロになり、キスに気もそぞろ……。現代でも似たような事例がよくありますよね。

https://news.biglobe.ne.jp/trend/0322/men_170322_9015816461.html
Menjoy![メンジョイ]3月22日(水)20時0分
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1490186712/ 続きを読む
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