(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ:日本史 > 南北朝時代

1: 新規スレッド作成依頼1065-389@チンしたモヤシ ★  2017/01/20(金) 18:59:41.06 ID:CAP_USER9
「楠公ストーリー」で日本遺産へ…“聖地巡礼”も盛る 大阪府河内長野市や神戸市など8市町村
産経WEST 2017.1.19 21:34
http://www.sankei.com/west/news/170119/wst1701190087-n1.html

 南北朝時代の武将・楠木正成と長男の正行(まさつら)をテーマに日本遺産認定を目指す大阪府河内長野市など大阪の5市町村と神戸市は19日、河内長野市内で会合を開き、認定の鍵となる「ストーリー」案に正成らの関連遺跡を巡る文化を盛り込むことを決めた。作品の舞台を訪れる“聖地巡礼”という社会現象になった言葉で表現する方向で検討する。

 今後、河内長野市は各市町村の意見をまとめ、府教育庁を通じて2月2日までに文化庁へ申請する。

 会合では市の担当者が18日の文化庁との協議で、市側が親子ゆかりの地を巡る文化があると説明したところ、文化庁側から「(観光地巡りを)前面に押し出した方が面白い」との指導があった点などを報告した。

 河内長野市は大阪府四條畷市、富田林市、島本町、千早赤阪村、神戸市の6市町村で日本遺産認定活動を進めている。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1484906381/ 続きを読む

1: 名無しさん@おーぷん 2016/08/02(火)23:09:15 ID:tbP
興味出てきたけどイミフすぎるから頼むやで

3: 名無しさん@おーぷん 2016/08/02(火)23:12:21 ID:j4X
破綻する、反乱する、倒れる、貴族優遇する、また反乱する

4: 名無しさん@おーぷん 2016/08/02(火)23:13:24 ID:tbP
>>3
展開が怒涛すぎてさっぱり把握できんのやで

5: 名無しさん@おーぷん 2016/08/02(火)23:14:57 ID:j4X
>>4
激動の時代だし多少はね?
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1: 筑前鐵太郎 ★  2016/05/13(金) 05:57:30.19 ID:CAP_USER*.net
2016年05月13日
20160512-OYTNI50042-L
16世紀に書き写されたことがわかった神皇正統記の写本(12日、会津若松市で)

◆町鑑定結果 上下巻計224ページ

 只見町は12日、町内の民家で見つかった「神皇正統記じんのうしょうとうき」の写本が、1587年に書き写されたものだとの鑑定結果を発表した。書き写された年代がわかっている写本では3番目に古いという。

 神皇正統記は、南北朝時代の公家・北畠親房が14世紀、天皇家の歴史や南朝の正統性などを記した書籍。この写本は1993年3月、江戸時代に医師を務めた先祖を持つ町内の民家の蔵から発見され、町に寄贈されていた。上下巻がひとつづりになっており、計224ページ。紙は、16世紀に一般的だった方法でとじられている。

 鑑定にあたった久野俊彦・東洋大非常勤講師(日本民俗学)によると、発見された民家の菩提ぼだい寺に残された仏教書と写本の字体が酷似しており、同一人物が書いたと判断できる。仏教書を書き写したのは、京都・醍醐寺の高僧の秘書をしていた僧・祐俊で、神奈川県が保存している文書で、16世紀に実在していたことが確認できるという。

 写本の巻末には天正15年(1587年)の記載と祐俊の署名があることや、使われた紙の原料から、久野さんはこの時期に書き写されたものと判断した。

 文字と文字の間に棒状の記号が書き込まれており、漢字が音読みか訓読みかがわかるようになっている。神皇正統記の写本で、この記号が書き込まれている例はほかにないといい、当時の読み方がわかる点で貴重だという。

 写本は、僧が民衆への講話などに使っていたとみられ、和紙で作った付箋が13か所に貼られていた。久野さんは「利用方法がわかる史料は珍しい」と話している。町は今後、写本を町指定文化財に指定するという。

http://www.yomiuri.co.jp/local/fukushima/news/20160512-OYTNT50195.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1463086650/
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1: 名無し募集中。。。@ 投稿日:2014/12/15(月) 20:46:48.17
大河ドラマの力はやはりすごい。
その力にあやかるべく、「郷里の偉人」を大河ドラマの主役に、という陳情が各地で行われていることは以前にも紹介した(黄門、光秀、忠勝...各地に乱立する大河ドラマ誘致運動が熱い)。

そんな中、北陸を中心とした各県が強力に推しているのが、源平合戦期の武将「木曽義仲・巴御前」だ。

2014年12月11日、長野県・富山県・石川県・埼玉県の関係者が東京・渋谷区のNHKを訪れ、木曽義仲・巴御前の大河ドラマ化を、NHK会長に要請した。
この陳情、2009年から数えてなんと6回目だというから、その「本気度」がうかがい知れる。
長野県の阿部知事、富山県の石井知事らは、北陸新幹線と義仲・巴の進軍ルートが重なる部分が多いことを力説し、4県の25万人を超える署名簿を手渡したという。
■悲運の革命児と美人武者
木曽義仲は源頼朝、義経のいとこにあたる武将。
源義賢の次男として、武蔵(埼玉県)に生まれ、信州木曽(長野県)に育った。
1180年に後白河法皇より平家追討の命を受け、木曽の地で旗挙げを行い、信濃から北陸に向かって進軍し、倶利伽羅峠(富山県・石川県)で平家の大軍を打ち破った。
京に進む義仲の大軍を恐れた平家は、西国へと都落ちすることになる。
入京を果たした後、征東大将軍に任ぜられたものの、やがて義経ら鎌倉軍に敗れ、31歳で散る悲運の革命児だ。
一方、巴御前は木曽で幼少の頃から義仲と共に育ち、付き従った女武者。
色白で髪の長い美人で一騎当千の兵者と、「平家物語」に記されている。
地元の熱意のほどはわかるけど、これまで5回も結果として「蹴られて」いるのだから、もう諦めたら――
そう思う人もあるかもしれない。だが、今回は上記にある通り、「北陸新幹線開通」という話題性がある。
また過去の記事でも紹介したが、最近の大河ドラマでは、女性が主人公、あるいは主人公の妻が重要なポジションを演じる作品が少なくない。「巴御前」というパートナーを持つ木曽義仲は、題材としてうってつけだ。
2015年は「花燃ゆ」、2016年は「真田丸」。その次あたり、「木曽義仲と巴御前」――案外、ありうる話かもしれない。
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20141215-00000007-jtown
京都で乱暴狼藉を働いて 
最後はクビチョンパでおしまいなんだぜ
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