(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ: 宗教

1: 記憶たどり。 ★ 2017/05/30(火) 20:56:05.55 ID:CAP_USER9
https://www.j-cast.com/2017/05/30299276.html?p=all

全国から多くの参拝客が集まる「出雲大社」(島根県出雲市)の正式な読み方は、 「いづもたいしゃ」ではなかった――。そんな指摘がツイッターに寄せられ、「全然知らなかった」などと反響を呼んでいる。

では、出雲大社の「正式な読み方」とは何なのか。J-CASTニュースが2017年5月30日、出雲大社の担当者に話を聞くと「正式には、『いづもおおやしろ』と読みます」と話した。

■「ずっと『いづもたいしゃ』だと...」

出雲大社の「読み方」が話題になったのは、あるツイッターユーザーが5月11日、

「出雲大社の読み方は『いずもたいしゃ』じゃなくて『いづもおおやしろ』だぞ」

と指摘したのがきっかけだ。この投稿が複数のネットメディアで紹介されると、ツイッターやネット掲示板には、

「全然知らなかった」
「ずっと『いづもたいしゃ』だと思っていました...」
「長年人間やってきて今初めて知った事実に衝撃」

などと「初めて知った」との反響が相次いで上がった。

確かに、出雲大社の公式ウェブサイトのアドレスは「izumooyashiro.or.jp」。
サイト上の「よくあるご質問」ページでも、「一般的には『いづもたいしゃ』と申しておりますが、正式には『いづもおおやしろ』です」と説明されている。

では、「いづもたいしゃ」と読むことは「間違い」なのだろうか。出雲大社の担当者は5月30日の取材に対し、

「正式な読み方ではありませんが、決して間違いではありません。実際、私たちも電話での応対などの場合では、呼びやすい『いづもたいしゃ』という読み方を使う場合もあります」

と話す。ただ、式典など正式な場では、必ず「いづもおおやしろ」と読んでいるという。

■「分社」の場合は「いづもたいしゃ」

だが、茨城県笠間市にある「常陸国 出雲大社」の正式な読み方は、
「ひたちのくに いづもたいしゃ」。この神社は1992年、島根県の出雲大社の「分社」として創建。
その後、2014年9月に本社から「独立」し、単独の宗教法人となった。

なぜ、こちらの場合は正式名称も「いづもたいしゃ」なのだろうか。「常陸国 出雲大社」の高橋正重(ただしげ)権宮司は取材に対し、

「そもそも、『大社(おおやしろ)』という言葉は、島根県(出雲市)の出雲大社だけを指すものです。なので、私どもだけではなく、島根県の出雲大社から『分社』した神社はすべて、『おおやしろ』ではなく『たいしゃ』と読むのです」

と説明した。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1496145365/続きを読む
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1: (?∀?(⊃*⊂) ★ 2017/05/29(月) 22:52:30.70 ID:CAP_USER9
■ハスの花上に仏の名 国道拡幅工事で

佐賀市大和町梅野で国道263号の拡幅工事のため道沿いにある岩壁の山林を伐採したところ、約340年前の磨崖碑が見つかった。
縦約5メートル、横約10メートルの花こう岩で「南無大悲觀世音菩薩」と彫られている。
台座に書かれた年号から江戸時代の1674(延宝2)年に作られたとみられる。佐賀市内で磨崖碑の確認は初めて。

工事前は樹木で覆われていたが、昨年9月に着工後の伐採で姿を現した。
同10月ごろ、佐賀市教委の文化振興課職員が現地を視察し、ハスの花の上に仏の名前が刻まれていることなどから磨崖碑と判断した。

磨崖碑は、信仰の対象として自然の岩壁に仏教に関する文字が直接彫られているものを表す。岩壁に仏の顔などが彫られている場合は磨崖仏とされる。

県文化財課などによると、磨崖仏は、県指定文化財の「鵜殿石仏群」(唐津市相知町)のほか、「如意輪観音彫像」(佐賀市久保泉町)、「立石観音磨崖仏」(唐津市相知町)などがある。

今回見つかった磨崖碑は拡幅工事の区間内にあるため、計画を見直して現地保存や移転して保存するか、取り壊して予定通り工事を進めるか検討が必要とされ、工事発注者の佐賀土木事務所は市教委の調査結果と意向を踏まえ判断するとしている。

■保存か取り壊しか 文化財価値市教委判断へ

保存か、取り壊しか。佐賀市大和町梅野で見つかった江戸時代の磨崖碑。
地元では1953年ころまで「羅漢さん」として信仰されていたという。

市教委は文化財調査をして「可能な限り保存したい」との意向だが、現計画で国道を改良するためには取り壊しが避けられず、工事発注者の佐賀土木事務所は工期もにらみながら市教委の判断を注視している。

国道263号の拡幅工事は約300メートルの区間。道幅(約7メートル)が狭く、見通しの悪い道路を約13メートルまで拡幅し、ドライバーの視界確保や歩道整備を目的に実施している。12月完了予定で、総事業費は約2億円。

佐賀土木事務所は当初、2013年度の事業着手時に工事区域に石碑があることは把握していた。
ただ、磨崖碑であることまでは確認できず、写真などによる記録保存の状態で取り壊す方針だったという。
現在、磨崖碑周辺を避けて可能な区域から優先的に工事を進めている。

市文化振興課によると、磨崖碑を取り壊して拡幅工事を進めるか、保存する場合は移設や工事計画の見直しが考えられる。
希少性や時代背景など文化財の価値を総合的に判断し、市の指定文化財登録の可能性もあるという。移設する場合、多額の費用も必要となる。

再び姿を見せた磨崖碑に、佐賀市大和町八反原地区の古賀伸義自治会長(66)は「保存か取り壊しか、二者択一の選択は難しい」と戸惑いを見せる。「過疎化が進む地区で観光資源の一つとして保存はしてもらいたい。
一方で道が狭く、ジョギングや歩行者は危ない側面もある。歩道だけでも確保するなど、さまざまな選択肢を検討してほしい」と要望する。

少年時代を近くで過ごしたという西据廣さん(74)=三養基郡基山町=は「私が小さい頃は羅漢さんと呼ばれていた」と言い、かつての佐賀郡松梅村下田から20所帯が集まる羅漢さん祭りも催されていたという。「磨崖碑はそのまま保存してほしい。なくなってしまうのはさびしく、代々守ってきた先祖に対して申し訳ない」と保存を切望する。

市文化振興課は「有識者の意見を聞いて、文化財としての価値を見極め、早めに結論を出したい」とする。
佐賀土木事務所は「市側の判断を待ちたい」としながらも「既に工事に多少の遅れが出始めている」と気をもんでいる。

http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/433347

国道263号の拡幅工事で確認された磨崖碑=佐賀市大和町梅野
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現場地図
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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1496065950/続きを読む
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1: ばーど ★ 2017/05/28(日) 20:55:57.34 ID:CAP_USER9
福井県勝山市と大野市にまたがる経ケ岳山頂(1625メートル)で発見され「越前国平泉寺」の銘が刻まれた経筒(きょうづつ)が、27日から勝山市の白山平泉寺歴史探遊館まほろばで公開。
勝山市で公開されるのは発見当時以来20年ぶり。経筒は両市が帰属を巡って綱引きした経緯があり、今も結論が出ていない。

経筒は1997年、経ケ岳山頂の経塚の盛石に挟まっていたのを、松岡町(現永平寺町)在住の登山者が発見した。
勝山、大野市境の稜線(りょうせん)上だったことから当時、両市が帰属権利を互いに主張。現地調査も行ったが結論が出ず、発見者が持ち込んだ現在の永平寺町教委が今も保管している。

経筒は2点あり、ともに青銅製で高さ15センチ(13世紀)と10センチ(1522年)。小さい経筒には表面に金メッキが施され、側面には「平泉寺」の銘文が刻まれている。ふたにはハスの花の文様がある。
銘文からは甲斐国(山梨県)の僧、竹陰(ちくいん)が経典を納め、平泉寺で修行していたとみられる上野国(群馬県)出身の願秀(がんしゅう)に託したか、経ケ岳に案内させ埋めたことがうかがえる。

経筒が白山禅定道とは外れた経ケ岳から見つかったことは、経ケ岳が平泉寺から広がる白山信仰の重要な霊場として存在していたことを裏付ける歴史的な価値があるとみられる。

経筒は白山信仰に関係した貴重な史料として関係者の認識は共通している。
「平泉寺」の刻印がある経筒は群馬県から1件発見されているものの県内ではこれしかなく、保管している永平寺町教委も文化財級の価値は十分にあるとみている。

ただ帰属がはっきりしない以上「うちでは指定できない」(同教委)と、歴史的背景などの詳しい調査は宙に浮いた格好だ。
勝山市教委では「本来平泉寺のあった場所で展示することで、この史料を理解してもらいやすくなる」と話し、今回の展示をきっかけに事態が進展することを期待している。

勝山市内では発見直後に数日間公開されただけで、今回初めて白山開山1300年を記念した企画展で本格的に展示される。6月28日まで。

経ケ岳で20年前に発見された経筒(手前2点)。短い経筒には「越前国平泉寺」の刻印がある
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配信 2017年 5月28日
福井新聞
http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/199260
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1495972557/続きを読む
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1: ニライカナイφ ★ 2017/05/29(月) 01:48:36.78 ID:CAP_USER9
〈スサノオを祀った神社は被災を免れている……〉

近頃ネットを駆け巡るオカルト話。

かと思えば、元を辿れば東京工業大学 社会理工学研究科のグループが土木学会に発表した論文。

「私達が学生時代、6年前の論文です。
東日本大震災の支援活動を行っている際、被災を免れた鳥居(写真)が目に付いて研究しました」

とは神戸高専の高田知紀准教授だ。

論文では、宮城県沿岸部に鎮座する神社の内、スサノオを祀る神社、熊野系神社、八幡系神社のほとんどが津波を免れた一方で、アマテラスを祀る神社の大半が被災したことが確認されたというもの。

皇室の祖先は御利益がない?

「そうじゃないんです。
スサノオは斐伊川(ひいかわ)に住むヤマタノオロチを退治したと古事記にありますが、川の氾濫を例えた話といわれます。
スサノオは水害など自然災害、震災を治める神だからこそ、そうした災いに遭わない場所に祀られたと考えられるのです」(同)

理工系大学とは思えぬが、「我々の教授は“地を這う哲学者”ですから」(同)

『生命と風景の哲学』などの著書もあり、東大文学部哲学科出身ながら、東工大の教授(3月に定年で退官)を務めた桑子敏雄氏である。

画像:鳥居の手前で津波が止まった(神戸高専高田知紀研究室HPより)
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「今ごろ話題に上がるのは、巨大な防波堤などハード面が整備されてきて、心構えなどのソフト的欲求が出てきたからかも」(桑子氏)

神社と震災の研究はその後、和歌山、四国へと発展。

「南海トラフ地震などの津波災害リスクを、平安時代の延喜式に記載された神社に着目して分析しました。
沿岸部の神社は高知では555社、徳島では308社が津波を回避しうる」(同)

古社に逃げれば安全?

「いえ、地域の神社をよく見て欲しい。
それが避難に繋がるヒントになればいいし、古来からの神社空間の維持に繋がります」(同)

安全神話ならぬ、本物の神話に目を向けてみるか。

http://news.livedoor.com/article/detail/13119178/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1495990116/続きを読む
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1: 紅あずま ★  2017/05/26(金) 22:56:00.85 ID:CAP_USER9
奈良 薬師寺 中世の戦火などで失われた「食堂」再建
日本放送協会:2017年5月26日 22時25分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170526/k10010996271000.html

世界文化遺産になっている奈良市の薬師寺で、中世の戦火などで失われていた「食堂」と呼ばれる建物が再建され、完成を祝う法要が営まれました。

奈良時代、薬師寺にあった「食堂」は僧侶の食事や仏教儀礼に使われていましたが、その後、中世の戦火などで失われました。
当時の伽藍(がらん)全体を復興させようと、去年3月から再建工事が進められ、このほど完成しました。

完成した「食堂」は幅およそ40メートル、高さおよそ15メートルあり、26日は再建を祝う落慶法要に関係者およそ1700人が参列しました。

法要では、薬師寺の村上太胤管主が「食堂」の本尊である「阿弥陀三尊浄土図」に特大の筆を向けて魂を入れる儀式を行いました。
参列した人たちは、僧侶たちによる読経の中、本尊に手を合わせていました。

「食堂」が再建されたことで、薬師寺が取り組んできた伽藍の復興はほぼ完了したことになります。
村上管主は「多くの人が集い、仏教への理解を深める場所にしたい」と話していました。

落慶法要は27日と28日も営まれ、「食堂」はことし7月1日から一般に公開されます。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1495806960/続きを読む
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1: 紅あずま ★ 2017/05/23(火) 16:15:36.47 ID:CAP_USER9
3Dの「神さま」も飛び出す 御朱印にデジタル化の波
朝日新聞:2017年5月23日15時42分
http://www.asahi.com/articles/ASK595CXXK59TIPE027.html

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右下に判子風のQRコードを入れた浄土宗善立寺の「御朱In」
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 社寺参拝の証しに授かる御朱印にデジタル化の波が寄せている。
御朱印にかざしたスマホの画面から3Dの「神さま」が飛びだしたり、スマホが御朱印帳代わりになったり。
御朱印集めがブームになるなか、より深く知ってもらおうという社寺の工夫だ。
一方、ネットオークションでの御朱印の転売も相次ぎ、神職や僧侶は胸を痛める。

 福岡市早良区の紅葉八幡宮は昨秋、無料アプリ「紅葉八幡宮 御朱印AR」をウェブサイトで公表した。
アプリをスマホやタブレット端末にダウンロードし、内蔵カメラを御朱印にかざすと、画面上で御朱印が金色に輝きだし、3Dアニメの宮司が飛びだす。

 次に安産の神・神功(じんぐう)皇后が現れ、やりを回すポーズを決める。
「おはなし」をタップすれば説明が読める。
「次の神さま」をタップすれば応神(おうじん)天皇、その次に菟道稚郎子命(うぢのわきのいらつこのみこと)が登場。
いずれもこの神社の祭神だ。

 「古事記や日本書紀の記述、肖像画などをもとに、できるだけ史実に忠実なキャラクターにしました」と権禰宜(ごんねぎ)の前原喜孝さん(45)。
スマホを動かして様々な角度から「神さま」を見ることもできる。「日本初、世界初の試みです」

 紅葉八幡宮は転勤族の多い住宅…

残り:1286文字/全文:1794文字
※無料登録して全文を読むことが出来ます
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1495523736/続きを読む
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1: みつを ★ 2017/05/20(土) 23:16:09.01 ID:CAP_USER9
http://www.afpbb.com/articles/-/3128931?act=all

【5月20日 AFP】マルティン・ルター(Martin Luther)がドイツ東部ルターシュタット・ビッテンベルク(Lutherstadt Wittenberg)の城教会(Castle Church)の壁に95か条の論題を提示し、宗教改革を始めてから今年で500年となる。この節目の年のプロテスタント行事「教会の日(Church Day)」を前に、現地にはさまざまなルターグッズが登場している。(c)AFP

2017/05/20 16:42(ルターシュタット・ビッテンベルク/ドイツ)

ドイツのプロテスタント行事「教会の日」を控えた同国東部ルターシュタット・ビッテンベルクで販売されるマルティン・ルターのペストリー(2017年5月18日撮影)。(c)AFP/Odd ANDERSEN
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ドイツのプロテスタント行事「教会の日」を控えた同国東部ルターシュタット・ビッテンベルクで、店頭に並べられたマルティン・ルターとその妻カタリナ・フォン・ボラを模したゴム製のアヒル(2017年5月18日撮影)。(c)AFP/Odd ANDERSEN
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ドイツのプロテスタント行事「教会の日」を控えた同国東部ルターシュタット・ビッテンベルクで、店頭に並べられたマルティン・ルターのTシャツ(2017年5月18日撮影)。(c)AFP/Odd ANDERSEN
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ドイツのプロテスタント行事「教会の日」を控えた同国東部ルターシュタット・ビッテンベルクで、マルティン・ルターが95か条の論題を提示した城教会を訪れる人々(2017年5月18日撮影)。(c)AFP/Odd ANDERSEN
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ドイツのプロテスタント行事「教会の日」を控えた同国東部ルターシュタット・ビッテンベルク(2017年5月18日撮影)。(c)AFP/Odd ANDERSEN
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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1495289769/続きを読む
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1: 名無しさん@おーぷん 2017/04/06(木)12:17:14 ID:0e1
選挙で選ばれた大統領や議会よりイスラム聖職者が上位とかいう日本の官僚制度より謎かつ複雑なシステム
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