(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ: 古代

1: 樽悶 ★ 2018/09/13(木) 17:27:34.22 ID:CAP_USER9
7万3000年前、小さい石に描かれた
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研究チームはケープタウンから東約300キロのブロンボス洞窟で石の破片を見つけた
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【9月13日 AFP】ハッシュタグ「#」はインターネット時代を象徴する記号かもしれないが、古代の「#」が無造作に描かれた小石片を南アフリカで見つけたとの研究論文が、このほど発表された。これは世界最古の「画材」を用いた描画だと、研究チームは考えているという。

 考古学者らによると、約7万3000年前に描かれたとされるこの模様は、アフリカ、欧州、東南アジアなどでこれまで発見されていた抽象図より3万年以上古いという。

 研究チームは南アフリカ・ケープタウン(Cape Town)の約300キロ東に位置するブロンボス洞窟(Blombos Cave)内でこの石を発見した。この洞窟遺跡には、現代人が文化と呼ぶものの最古の実例の一部を示す痕跡が残されている。

 ブロンボス洞窟で行われた過去の発掘調査では、貝殻製のビーズや削られた跡のある黄土片、原始的なセメントに似た物質から作られた道具類などが見つかっている。

 今回発見された遺物の一つ、ケイ酸塩岩の小片の表面には、縦6本横3本の線が交差する模様が赤褐色で意図的に描かれていた。

「この模様に対して今回実施した顕微鏡分析と化学分析の結果、棒状にした黄土を用いて赤褐色の色素を石片に意図的に塗布したことが確認された」と、研究チームは12日の英科学誌ネイチャー(Nature)に掲載された論文に記している。

 石片の表面にみられる「#」の模様は、当初はより広範囲に及んでいたと考えられ、「全体としてはさらに複雑」だった可能性があると、研究チームは説明している。

 これまでに見つかっている「彫り刻まれた跡」には、インドネシア・ジャワ(Java)島の50万年以上前のものも含め、さらに古い時代のものが存在している。しかし、顔料で描かれたものとしては、ブロンボス洞窟の「#」模様が最古だと研究チームは述べている。

 仏ボルドー大学(University of Bordeaux)国立科学研究センター(CNRS)のフランチェスコ・ディエリコ(Francesco d'Errico)所長は、AFPの取材に「描画というものが狩猟採集民の頭の中に存在していたとする説を、今回の結果は裏受けている」と語った。

 ただ、南アで発掘されたものなどの絵に「象徴的な意味」があることは疑いの余地がない一方で、初期人類が「それらを芸術とはみなしていなかった可能性が高い」と、ディエリコ所長は指摘している。(c)AFP

AFPBB News 2018年9月13日
http://www.afpbb.com/articles/-/3189451
BBCニュース 2018年9月13日
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-45505211
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1536822873/
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1536827254/続きを読む

1: シャチ ★ 2018/09/10(月) 15:32:38.08 ID:CAP_USER9
9/10(月) 15:27配信 CNN.co.jp
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180910-35125368-cnn-int
(CNN) 地中海に面したクロアチアのダルマチア地方で出土した陶器の中から、7200年前につくられたチーズの痕跡が見つかった。米ペンシルベニア州立大学などの研究チームがこのほど米科学誌に発表した。

7200年前のチーズは原型をとどめていなかったものの、ソフトチーズやヨーグルトの生産・保存用の陶器の中に、発酵乳製品の脂肪分が残っているのが見つかった。この研究結果は5日の米科学誌プロスワンに発表された。

ペンシルベニア州立大学のサラ・マクルーア准教授は「これでチーズ生産の歴史は4000年さかのぼる」と解説する。発酵乳製品の痕跡としては地中海沿岸地域で最も古く、世界的にも最古級だという。

研究チームは新石器時代の村から発掘された陶器を、骨や種子などの年代特定に使われる放射性炭素年代測定法を使って調べ、肉や魚、牛乳、発酵乳製品などの中身を特定する手がかりとした。

牛乳は、乳製品よりもさらに500年ほど古い7700年前の陶器から見つかった。DNAを調べた結果、当時の大人は牛乳に含まれる乳糖を消化吸収できない乳糖不耐症だった一方、子どもは10歳くらいになるまで牛乳を飲んでいたことが分かった。

牛乳やヨーグルトやチーズが、保存に使われる陶器の形状に影響を与えていたことも判明した。

牛乳やチーズの生産は農場経営の副産物だったと思われる。飢饉(ききん)や干ばつが起きたり疫病が流行したりした場合などは農家が生き延びる助けになり、牛乳を発酵させてチーズやヨーグルトにすれば乳糖不耐症の人でも消費できる。

子どもの死亡率を減らし、離乳を早め、出生率を増やす助けにもなったと研究チームは推測。牛乳を飲み、チーズやヨーグルトを食べて育った子どもたちは乳製品に対する耐性が高まり、それが後の世代にも引き継がれたと推定している。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1536561158/続きを読む

1: しじみ ★ 2018/09/04(火) 13:04:10.40 ID:CAP_USER
エジプトとフランスの考古学者らが、ナイル川河口にある三角州地帯で、古代エジプトの村の遺跡を発見した。

三大ピラミッドより2500年古い、およそ7000年前のものとみられている。サイエンス・アラートが伝えた。

Archaeologists believe they have unearthed a village in Egypt older than the pharaohs https://t.co/j6Lir7LNMe pic.twitter.com/GyZqyRBvA1

— CNN International (@cnni) 3 сентября 2018 г.
​発掘現場は、カイロから北に140キロのTell el-Samara。粘土製容器、石器、植物や動物の骨などが見つかった。

学者らは、初代エジプト王メネスが上エジプトと下エジプトを統一し、エジプト第1王朝を創設する数千年前に起こった新石器時代後期の先史時代についてさらに知る助けになると語っている。

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https://sptnkne.ws/j299
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1536033850/続きを読む

1: しじみ ★ 2018/08/30(木) 03:37:40.95 ID:CAP_USER
今でこそ、地球上に存在しているヒト科の動物は我々しかいない(はず…ビッグフットなどの未確認生物を除けば)のだが、およそ20万年前まではいくつかのヒト属が競合していた。そして、生存競争に勝ったホモ・サピエンスは繁栄し、負けたホモ・エレクトスは絶滅に追いやられた。

この差はどこからきたのだろうか。学術誌PLOS Oneに発表された最新の研究によれば、それはホモ・エレクトスの怠けグセだったかもしれないそうだ。

およそ2000万年前に地球上に現れ、5万年~10万年前に姿を消したホモ・エレクトス。ほかのヒト属と比べて努力を惜しみ、しかも保守的で変化に適応できなかったと見るのはオーストラリア国立大学のケリー・シプトン博士だ。

シプトン氏を含む考古学研究チームは、サウジアラビアの遺跡から出土した何千個にも及ぶ石器を分析して、この結論に至ったという。

当時のサウジアラビア半島は豊かな水をたたえる川が何本も走り、大地を潤していた。ホモ・エレクトスはそのような川が作り出した肥沃な土地に住み、水にも、石器の道具となる石にも恵まれた環境に身を置いていた。あとは、立派な石器道具を作って狩りに成功すれば問題なし…のはずだった。

ところが、彼らは簡単に石を手に入れることができたため、石のクオリティーを追求しなかった。そこらに転がっている石なら何でもいいとでも言わんばかりに、石器造りに適していない石も拾ってきて加工していたそうだ。

結果、あまりクオリティーの高くない石器道具に頼って狩りをしていたらしい。

遺跡から遠くない場所には丘陵があり、そこに登りさえすれば頂上付近でハイクオリティーな石をたくさん採取できたはずだった。しかし、ホモ・エレクトスはなぜかそれをしなかった。

対照的に、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)やホモ・サピエンスは、クオリティーの高い石を求めて遠くまで旅をし、面倒でも遠くから持ち帰っていたそうだ。

このこだわりの差が狩りの技量に影響し、ホモ・エレクトスの生存を不利にした。

最終的にホモ・エレクトスを絶滅に追いやったのはサウジアラビア半島の乾燥化だったそうだ。川が干上がり、何千年にも渡って気候が変動していく間にも、ホモ・エレクトスは生き方を変えようとしなかった。変化に対応しきれなかった彼らは、やがて数を増やしていったホモ・サピエンスとの生存競争に負け、死に絶えたと考えられるそうだ。

まるでイソップ童話のような、なんとも身につまされる話なのである。

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関連リンク

Laziness May Have Driven Homo Erectus to Extinction (Live Science)
Acheulean technology and landscape use at Dawadmi, central Arabia (PLOS One)

https://www.discoverychannel.jp/0000032133/
http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1535567860/続きを読む

1: 樽悶 ★ 2018/08/23(木) 18:48:40.59 ID:CAP_USER9
「デニソワ11」の骨片(2015年6月14日撮影、2018年8月22日入手)
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【8月23日 AFP】デニー(Denny)は、初期人類の異種交配で生まれた「婚外子」だった。

 22日の英科学誌ネイチャー(Nature)に掲載された研究論文によると、デニーの母親は初期人類ネアンデルタール(Neanderthal)人で、父親はデニソワ(Denisova)人だったという。デニソワ人は5万年前にユーラシア(Eurasia)大陸に生息していた、ネアンデルタール人とは別種の初期人類だ。

 英オックスフォード大学(Oxford University)の科学者らが名付けた愛称で呼ばれているこの少女は、正式名が「デニソワ11(Denisova 11)」で、死亡時の年齢が少なくとも13歳、死因は不明とされている。

 論文の筆頭執筆者で、独マックス・プランク進化人類学研究所(Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology)の研究者のビビアン・スロン(Vivian Slon)氏は「異なるヒト族、初期人類のグループ間での異種交配を示す証拠は、これまでにも存在した」と説明する。「だが、直接の第1世代の子孫を発見したのは、今回の研究が初めてだ」

 デニーの驚くべき血筋は、ロシアの考古学者チームが2012年に露シベリア(Siberia)のアルタイ山脈(Altai Mountains)にあるデニソワ洞穴(Denisova Cave)で発掘した骨片によって明らかになった。

 この骨のDNA分析結果は疑う余地がなかった。染色体がネアンデルタール人とデニソワ人の半分ずつの組み合わせになっていたからだ。これら初期人類の異なる2種は40万年前から50万年前までの間に分岐した。

 論文の主執筆者で、マックス・プランク研究所のスバンテ・ペーボ(Svante Paabo)教授は「分析に不手際があったに違いないと当初は考えた」と話す。同教授は10年前、今回と同じ洞穴遺跡でデニソワ人を初めて発見した。

 4万年前以前のネアンデルタール人、デニソワ人、現生人類ホモ・サピエンス (Homo sapiens)などの初期のヒト属のゲノム(全遺伝情報)については、解析が完了したものは全世界で二十数例に満たず、異種交配の第1世代の個体に巡り合う確率はゼロに近いほど低いように思われた。

 あるいは、そうではないのかもしれない。

■異種間の交わり

「ネアンデルタール人とデニソワ人の混血個体を発見したというこの事実は、これまで考えられていたよりはるかに頻繁に異種交配が行われていたことを示唆している」と、スロン氏は指摘した。

 後期更新世のユーラシア大陸において異種間の交わりがそれほど珍しいことではなかった可能性があることの最も有力な証拠は、現生人類の遺伝子の中にある。

 全世界のアフリカ系以外の現世人類は現在、ネアンデルタール人に由来するDNAを約2%保有していることが、過去の研究で明らかになっている。

 デニソワ人の名残もまた広範囲に及んでいるが、分布はネアンデルタール人ほど均一ではない。

「デニソワ人のDNAの痕跡は、アジア全域とアメリカ先住民の間では全体の1%弱含まれていることが明らかになっている」と、ペーボ教授は話す。また、オーストラリアの先住民アボリジニと南太平洋のパプアニューギニアの人々は約5%保有しているという。

 欧州の中部および西部にわたって広く分布し繁栄していたネアンデルタール人がなぜ約4万年前に姿を消したかという疑問をめぐっては、白熱した議論が繰り広げられている。総合的に見ると、今回明らかになった事実はこの疑問に対する斬新な答えを裏付けるものになっている。

 これまで、ネアンデルタール人の謎の絶滅をめぐっては、病気、気候変動、現生人類ホモ・サピエンスによる集団虐殺やこれらのいずれかの組み合わせなどが原因として挙げられてきた。

 だが、アフリカから集団移動でやって来た現生人類が、ネアンデルタール人とおそらくデニソワ人もを、攻撃でなく愛情で制圧したとすればどうだろうか。

「これらの初期人類集団に関しては、単に現生人類集団に吸収されたにすぎない可能性があるという説明もできる」と、ペーボ教授は述べた。「現生人類は数で勝っていたため、他のヒト種が合併吸収されたのかもしれない」

 ネアンデルタール人は主に欧州に、デニソワ人はアジア中部と東部にそれぞれ定住していたが、もしそうでなかったら2種間でさらに多くの混血が起きていたかもしれないと、研究チームは推測している。

2018年8月23日 15:15
http://www.afpbb.com/articles/-/3186981
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1535017720/続きを読む

1: しじみ ★ 2018/08/22(水) 16:21:59.50 ID:CAP_USER
ある程度の人間が寄り集まってコミュニティを作るようになると、コミュニティ内における貧富や能力の差によって社会階層が形成されるようになるもの。権力の有無や性別、年齢による格差は、紀元前の社会においても生み出されていました。大がかりな共同作業を行う上では一定のヒエラルキーが存在しているほうが有利かもしれませんが、東アフリカのケニアで見つかった5000年前の共同墓地からは、「社会階層を持たないものの大規模な共同作業を行うコミュニティ」が存在した痕跡が発見されています。

Kenya burial site shows community spirit of herders 5,000 years ago | Science | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2018/aug/20/kenya-burial-site-shows-community-spirit-of-herders-5000-years-ago

ケニアの北西部に位置するトゥルカナ湖は、水鳥の大規模な生息地である上に数百万年前の人類の化石も発見される場所であり、トゥルカナ湖一帯を含むトゥルカナ湖国立公園群は世界遺産にも登録されています。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の准教授を務める人類学者のエリザベス・ヒルデブランド氏は、そんなトゥルカナ湖の近くにあるロサガム北柱遺跡で10年以上にわたって発掘調査を行っています。

ロサガム北柱遺跡には4000~5000年ほど昔の人々が建造した、巨石によって示された直径30mほどの広場が存在しています。広場の中央には空洞が作られており、その中には少なくとも580体以上の遺体が寄せ集まって埋葬されており、共同墓地として使用されていたと考えられているそうです。

農耕社会では共通の歴史や文化にもとづいて大きなモニュメントが建造され、家族を超えたコミュニティ全体の結束を強めていました。より大規模なコミュニティを作ることで、人々は技術や文化を大きく発展させることができますが、同時にコミュニティ内での格差が生まれやすくなるのも事実です。

ところが、ロサガム北柱遺跡で発見された広場を作ったのは農耕民族ではなく、移動しながら牧畜を行う遊牧民だったとのこと。農耕民族以外がコミュニティを作り、大規模なモニュメントを建造していること自体も珍しいそうですが、ヒルデブランド氏らは「埋葬された遺体の状況からして、このコミュニティには社会階層らしきものが存在していた痕跡がない」ことに注目しています。

遺体はいずれも密接に寄せ集められた状態で空洞の中に収められていて、権力者らしき遺体だけが隔離された場所に納められているということもないそうです。また、大人や子ども、男性も女性も等しく手の込んだ装身具に身を包まれており、特定の遺体だけが華美に飾られている痕跡もありませんでした。

トゥルカナ湖周辺を含む東アフリカでは、メソポタミアやエジプト、アジアで組織的な農業が行われるようになった時代でも、人々が十分な食料を得るためには牧畜が最も適していたため、農耕社会が発達しなかったとのこと。ヒルデブランド氏は、「農耕社会が発達するに従って社会階層が形成され、特定の人々が権力を握って富を増やし、貧富の差や健康状態にも差が現れるようになりました。一方で、遊牧民が形成した社会にも同様の変化が現れたのかどうかは、非常に大きな謎です」と述べており、ロサガム北柱遺跡はこの謎を解くヒントになるかもしれないとしています。

ロサガム北柱遺跡で発見された広場がどのような役割を果たしていたのか、詳しいところは判明していませんが、遊牧民が集合してお互いの持つ情報を交換する場として使われていたのではないかと考えられています。周辺地域の情報をコミュニティに属するほかの遊牧民から仕入れることは、自分自身が食べるものを探すためにも、家畜を養うためにもとても重要なことでした。

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GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180822-burial-shows-herders-community-spirit/
http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1534922519/続きを読む

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1: みつを ★ 2018/08/04(土) 02:56:51.40 ID:CAP_USER9
http://www.afpbb.com/articles/-/3184831?cx_part=latest

誰がストーンヘンジを造ったか、火葬の灰が手がかりに 研究
2018年8月3日 17:15 
発信地:パリ/フランス [ フランス 英国 ヨーロッパ ]

【8月3日 AFP】英イングランド(England)南部にある5000年前の新石器時代遺跡「ストーンヘンジ(Stonehenge)」の環状に立ち並ぶ巨石群に囲まれて埋葬された人々に関する謎は、100年に及ぶ詳細な科学的調査にもかかわらずほとんど解明されていない。

 大半の遺体は火葬されており、遺灰と数えるほどの骨片しか残されていないため、考古学的調査が行き詰まっているからだ。

 だが、研究初期は英オックスフォード大学(University of Oxford)の大学院生だったクリストフ・スノーク(Christophe Snoeck)氏による発見により、埋葬された人々の多くが英西部ウェールズ(Wales)からはるばるこの地にやって来た可能性が高いことが明らかになった。ストーンヘンジの謎に満ちた魅惑的な巨石建造物群を造るのに使われているブルーストーンは、ウェールズから運ばれてきたとみられている。

 スノーク氏と研究チームが英オンライン科学誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」に発表した論文によると、巨石の輸送を助けた可能性のあるこれら先史時代の徒歩旅行者たちの一部は、火葬に付された後の遺灰が埋葬されていたという。

 中には作業中に亡くなった者や、ストーンヘンジの近くに定住して一生を終えた者もいたかもしれない。

 スノーク氏が実験室で発見したのは、骨に含まれる重元素ストロンチウムが、1000度超に達する可能性のある火葬用のまきの山の高温にも耐えられることだ。

 実際に、極度の高熱によってストロンチウムに固有の痕跡が封印され、周囲の土壌による汚染から、数千年にわたってさえも、隔絶された状態にある。

 焼かれた人間の遺体から情報を引き出すことを試みていた科学者らにとって、このストロンチウムが情報の金脈となった。

 火葬はDNAを含む有機物のすべてを破壊する。「だが、無機物質はすべて残存しており、この人間の遺体の無機質部分には大量の情報が含まれている」と、スノーク氏は説明した。

 ストロンチウムの痕跡を測定することで「人間が摂取する食物、特に植物の原産地がどこかを判断することが可能になる」と、スノーク氏はAFPの取材に語った。

■ウェールズの森から
(リンク先に続きあり)
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1533319011/続きを読む

1: しじみ ★ 2018/07/27(金) 14:25:16.93 ID:CAP_USER
シベリアの氷の大地で長い時間にわたって凍りついてきた線虫の一種が、実に4万2000年ぶりに息を吹き返して活動を再開していることが明らかにされました。

Viable Nematodes from Late Pleistocene Permafrost of the Kolyma River Lowland | SpringerLink
https://link.springer.com/article/10.1134%2FS0012496618030079

Worms frozen in permafrost for up to 42,000 years come back to life
http://siberiantimes.com/science/casestudy/news/worms-frozen-in-permafrost-for-up-to-42000-years-come-back-to-life/

この成果は、ロシアのモスクワ大学やアメリカのプリンストン大学などによる研究チームによってもたらされたもの。地質学的には更新世に分類される時代の地層に残され、凍りついていた2匹の線虫を取り出して「解凍」したところ、息を吹き返しました。

2匹の線虫が見つかったのは、以下の地図で示された2つの場所。


いずれもシベリアの永久凍土に閉ざされていた場所で、1匹はコリマ川の下流域に位置する場所で約3万2000年前に生息していた個体。


そしてもう一方の線虫はアラゼヤ川流域の永久凍土で見つかっていたもので、こちらは推定4万1700年前の個体です。いずれもメスであるとみられています。


2匹の線虫は、モスクワにあるThe Institute of Physico-Chemical and Biological Problems of Soil Science(土壌学における物理化学および生物学的問題研究所)の施設内で解凍され、ペトリ皿の中で活動を再開しているとのこと。約4万年ぶりに目を覚ました線虫は、餌を食べるなど元どおりの活動を行っているとのことです。


研究チームは今回の成果について報告書の中で、「更新世の線虫には、低温医学、低温生物学、および生態学などの関連科学分野に対して科学的かつ実用的に重要な適応メカニズムがあることを示唆しています。我々は、北極の永久凍土堆積物における長期間の低温生物に対する多細胞生物の能力を実証する、世界で初めてのデータを得ました」と述べています。

実に驚くべき線虫の生命力が発揮されたこの一件ですが、一方では気候変動が起こる地球では永久凍土の溶解が進んでいるといわれています。これらの線虫と同じように、永久凍土に眠る古代の虫たちが現代によみがえることにならないのか、そちらも気になるところです。

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GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180727-worms-frozen-in-permafrost-come-back-life/
http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1532669116/続きを読む

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