(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ: ニュース

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1: 朝一から閉店までφ ★ 2017/03/28(火) 18:44:39.64 9
中央社フォーカス台湾 3/28(火) 13:48配信

(写真)
鄭問さん(手前左)=2012年1月29日撮影

(台北 28日 中央社)漫画家・鄭問(チェン・ウェン)さんが26日、心筋梗塞で死去。58歳。

東洋的な水墨画と西洋絵画の技法を融合させたタッチで人気を集めた。漫画家で弟子の鍾孟舜さんによると、
「東周英雄伝」で日本デビューを果たし、1991年には外国人として初めて日本漫画家協会賞の優秀賞を獲得。
2001年に発売されたゲームソフト「鄭問之三國誌」ではキャラクターデザインを務めた。

(曾珮珊/編集:齊藤啓介)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170328-00000003-ftaiwan-cn
最終更新: 3/28(火) 13:48
中央社フォーカス台湾
http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/dqnplus/1490694279/
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1490701180/ 
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1: (?∀?(⊃*⊂) ★ 2017/03/25(土) 13:51:45.32 ID:CAP_USER9
戦国時代の武将、上杉謙信(1530~78年)の愛刀とされる国宝「太刀 無銘一文字 号 山鳥毛」の取得費約3億3千万円などを盛り込んだ上越市の平成29年度当初予算案が24日、市議会3月定例会で可決され、取得に向け動き出すことになった。

太刀は現在、岡山県立博物館が収蔵・管理している。専門家の評価額は約3億2千万円。
太刀を所有する同県内の個人から「謙信公の故郷に戻したい」と譲渡する意向が伝えられ、市が取得に乗り出していた。

市は購入費を寄付金と市の予算で賄う考え。24日時点で寄付金の総額は約3300万円となっている。
ただ、市民から税金投入に反対する声も上がっている。

http://www.sankei.com/life/news/170325/lif1703250056-n1.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1490417505/ 続きを読む
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1: あずささん ★ 2017/03/17(金) 17:23:02.48 ID:CAP_USER9
エジプトのアナニ考古相は16日、今月カイロの住宅地の地下水中から発掘された高さ8メートルの像について、当初の予想に反し、3000年以上前にエジプトを統治したラムセス2世王の像ではなく、別の王プサメティコス1世の像である可能性が高いとの見解を示した。

プサメティコス1世は、紀元前664年から610年に在位。確認されれば、この王の像としては最大級となる。

当初考古省は、この像がラムセス2世のものであれば最も重要な発見の1つになるとしていた。しかしアナニ考古相は、像の断片を調査したところ、別の時代の特徴が見つかったと説明。記者会見で、頭部にNebaaという名前が刻まれていたことに言及し「Nebaaの名を持つ王はプサメティコス1世1人。この王は、第26王朝の人物」と述べた。

さらに、誰の像か確実に特定するには数カ月を要すると述べた。現在考古学者らが、ほかの部分の発掘に取り組んでいる。

ソース/ロイター
http://jp.reuters.com/article/cairo-idJPKBN16O0A5
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1489738982/ 続きを読む
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1: 記憶たどり。 ★ 2017/03/24(金) 05:11:12.52 ID:CAP_USER9
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170322-00000042-mai-sctch

平安・鎌倉時代の歌人、藤原定家(1162~1241年)が日記「明月記」に
書き残した「赤気(せっき)」という現象は、太陽の異常な活発化によって京都の夜空に連続して現れたオーロラだった可能性が高いと、国立極地研究所や国文学研究資料館などのチームが米地球物理学連合の学術誌に発表した。
連続したオーロラの観測記録としては国内最古という。

明月記には、1204年2~3月にかけて、京都の北から北東の夜空に赤気が連続して現れ、定家は「山の向こうに起きた火事のようで、重ね重ね恐ろしい」と書き残している。

オーロラは太陽から噴き出した高エネルギー粒子が、地球の大気を光らせる現象。
北極や南極などで観測され、京都で連続して発生することは考えにくい。
赤気の現象が何を指しているかは長年の謎で、彗星(すいせい)説もあった。

片岡龍峰(りゅうほう)・極地研准教授らのチームが過去2000年の地磁気の
軸の傾きを計算した結果、北米大陸方向に傾いている現在の軸が1200年ごろには日本列島側へ傾きオーロラが出現しやすい時期だったことが分かった。
また、中国の歴史書「宋史」の同2月の記録に「太陽の中に黒点があり、ナツメのように大きい」と書かれているのに着目。太陽活動が活発化していた可能性が高いと分析した。

太陽の活動が活発化するとオーロラが発生しやすくなるといい、宋史にも900~1200年代に赤いオーロラの観測例が十数件記述されているという。
屋久杉などの年輪に残る太陽活動の痕跡と照合した結果、オーロラが観測された
年と太陽活動が活発だった年がほぼ一致したという。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1490299872/ 続きを読む
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1: 鄙び湯治宿 ★ 2017/03/20(月) 08:58:46.06 ID:CAP_USER9
文部科学省が学習指導要領の改訂案で「聖徳太子」「鎖国」など、歴史上の人物や出来事などの表記を変えたことに対し、「教えづらい」「わかりにくい」などの批判が集まり、同省が一転、元に戻したり、復活させたりすることがわかった。こうした修正を反映した新指導要領は今月末に告示される。

 文科省は15日まで、改訂案についてパブリックコメントで意見を募ったが、特に不評だったのが聖徳太子の表記。改訂案では、小学校で「聖徳太子(厩戸王(うまやどのおう))」、中学校は「厩戸王(聖徳太子)」としていた。学会などの歴史研究を踏まえたもので、小学校ではよく知られた「聖徳太子」を、中学校では史実を重視して「厩戸王」を前に出した。ところが、「小中で表記が異なると教えづらい」といった声が相次ぎ、国会でも「連続性がなければいけない」「歴史に対する冒?(ぼうとく)だ」と批判された。

 このため、文科省は小中とも「聖徳太子」に戻し、中学の指導要領では「古事記や日本書紀で『厩戸皇子』などと表記され、後に『聖徳太子』と称されるようになったことに触れる」と加えることにした。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00000013-asahi-soci
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1489967926/ 続きを読む
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1: シャチ ★ \(^o^)/ 2017/03/15(水) 20:02:40.76 ID:CAP_USER9
忍者を生み出した地として双璧をなす「甲賀」と「伊賀」。両地(現在の滋賀県甲賀市と三重県伊賀市の一帯)に伝わる忍術をまとめた“集大成”の書とされるのが「万川集海(まんせんしゅうかい)」だ。
江戸期の作とみられるこの秘伝書について現代語訳、読み下し文、原文を収めた750ページ近い大作「完本 万川集海」(国書刊行会)が近年刊行された。
著者は、古文書を収集し忍者を研究している山口県の医師、中島篤巳さん(72)で、忍者が水面を移動する際に使う道具「水蜘蛛(ぐも)」の使い方など、通説とは異なる興味深い“真実”も明らかにしている。
中島さんは「江戸時代でも、甲賀と伊賀の忍者は公権力に不可欠な『誇るべき存在』だったことがわかる」と話す。

■「水蜘蛛」はこうやって使う
 中島さんが完本のもとにした国立公文書館内閣文庫の蔵本の万川集海は、忍術を伝える22巻と兵法書である「万川集海 軍用秘記」からなる。
22巻の中には、「家忍之事」(第13巻、家の中に忍び込むこと)や「忍夜討」(第15巻、夜襲すること)といった特殊任務から、「登器」(第18巻、壁などを登る道具)や「火器」(第21、22巻、火薬や火を使った道具)などの忍器まで広く紹介している。

 万川集海に記された特殊な道具やさまざまな忍術は、現代の研究者だけでなく、忍者に関心のある人にとってもまさに「宝の箱」で、詳しく知れば新しい発見も。

例えば、中央の四角形の板を囲むように4枚の板を円形に組み合わせた「水蜘蛛」と呼ばれる水器。
水蜘蛛を2つ用意し、中央の板に足をのせて忍者が水面を歩く想像図を見たことがある人もいるだろう。
現代ではテレビで水面歩行に挑戦するシーンも見られるが、ほとんどは沈んで失敗に終わり、かねて実用性が疑問視されていた。

 万川集海にも、水蜘蛛の外径を「二尺一寸八分(約65センチ)」にすることや、中央の板に「牛皮」を敷くことなど細かい記載があるものの、使い方の説明はない。しかし中島さんが収集した別の古文書には中央の板に「座る」と書かれており、中島さんは「一つの水蜘蛛に座り、足に『水掻(みずかき)』をはいて、水面を進んだのでは」と推測する。

 このように使うと安定して座ることができ、「水面で弓を使ったり、鉄砲を撃ったりすることも可能なはず」と中島さん。
よく知られた想像図にあるような使い方とはずいぶん違ったようだ。水掻は「万川集海」でも水蜘蛛のすぐ後に紹介されており、足をかくときだけ二重になった板の後ろの部分が開き、水をかくことができるという(図の右を参照)。

産経
http://www.sankei.com/west/news/170315/wst1703150002-n1.html
画像
wst1703150002-p1
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1489575760/ 続きを読む
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1: しじみ ★ 2017/03/13(月) 07:48:28.75 ID:CAP_USER9
「甲賀五人」の子孫

 渡辺俊経さん79

 先祖は尾張徳川家に仕えた忍びで、「甲賀五人」の1人として年に1度、尾張藩で鉄砲の撃ち方などを武士に指南した渡辺善右衛門。
普段は、地元で農作業などをして暮らしていたことが、自宅の蔵から見つかった古文書でわかった。

 忍者の実態は、今も謎に包まれているが、先祖が「古文書に書き残していたことに誇りを感じる」と喜ぶ。
実は、先祖が忍者であり、家に古文書が残されていることは、両親からも一切聞かされていなかったという。

 2000年に忍者研究などをしている団体のメンバーとの会合で、「渡辺善右衛門について教えてほしい」と尋ねられた。
10歳の頃、祖母から「善右衛門」という名を受け継ぐはずだったことや、約200年前の火事でも蔵だけが焼けずに残った、という話を聞かされたのを思い出した。

 蔵にあるたんすの引き出しを探すと、約150もの古文書が出てきた。
見つけた当初は古文書の崩し字が読めず、10年かけて勉強した。

 歴史学者の磯田道史さんらに見てもらうと、徳川家に仕えた時の機密保持を誓った「起請文きしょうもん」のほか、鉄砲指南役として甲賀から先祖を含む5人が召し抱えられたり、火薬や薬を調合したりしていたことなどが記載されたものもあった。
「江戸時代は平穏なため、農業をしながら年に1度出向くだけで給金がもらえた」という。

 古文書は昨春頃から、甲賀市教委に渡して解読を依頼しており、成果は、本にして残すように準備を進めている。
紛失や火事などで失う恐れがあるため、全てを市教委に寄託する予定で、貴重な地域の遺産として保存することを願う。

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/local/shiga/news/20170313-OYTNT50011.html?from=tw
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1489358908/ 続きを読む
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1: しじみ ★ 2017/03/13(月) 11:26:06.51 ID:CAP_USER9
16世紀に興福寺の僧が興した「宝蔵院流槍術(そうじゅつ)」が、初めて女性の入門を受け入れる。
長さ約250センチの槍(やり)を使うこの伝統武道は江戸期に門弟4千人を超えたことがあり、吉川英治の「宮本武蔵」や井上雄彦の「バガボンド」にも登場する。

 奈良市のならでん武道場に「ヤア」「エイ」と掛け声が響く。
青い道着姿の20~70代の22人がそれぞれ素(す)槍と、先が十字になった鎌槍を手に型の習得に励む。外国人も数人いるが、全員が男性だ。

 女性は習えないんですか―。
ここ10年、そんな問い合わせが年に数件寄せられていた。
だが、創立時から門弟はずっと男性だけ。
これまで「高校生以上の男性」を条件にしてきた。

だが、第21世宗家の一箭(いちや)順三さん(68)は
「伝承の経緯で、と女性に断りを入れるたびに違和感が募っていました」と話す。

 一箭さんによると、宝蔵院流槍術は1550年に興福寺の僧胤栄(いんえい)が興し、門弟は全員が男性の僧だった。その後、多くの流派に分かれ、武家の間で広まった流派が現在に残った。
そのため女性が入門する機会はなかったとみられるという。

 昨年末、幹部約10人で話し合った。
「槍を持てさえすれば習得できる」「男性限定なのは時代錯誤かもしれない」。
全員一致で女性の受け入れを決めた。

 ただし、槍の重さ(2~2・3キロ)や形状、型、高校生以上という制限は変えない。
一箭さんは「変えるところ、変えないところを見極めつつ伝統を守っていきます」と話している。

朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASK2P62Q5K2PPOMB00W.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1489371966/続きを読む
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