(遅報)歴史まとめ

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カテゴリ: ニュース

1: ひろし ★ 2017/11/17(金) 18:11:55.73 ID:CAP_USER9
【11月17日 AFP】イタリア南部シチリア(Sicilia)島を拠点とするマフィアの中で最も恐れられた「ゴッドファーザー」の一人で、「ボス中のボス」と呼ばれたサルバトーレ・トト・リーナ(Salvatore "Toto" Riina)受刑者が17日早朝、がんとの闘病の末に死去した。現地メディアが報じた。

 伊ANSA通信や複数の主要紙によると、リーナ受刑者は2度の手術を経た後に病状が悪化し、人工的昏睡状態に置かれていたが、17日午前4時(日本時間同日正午)前、同国北部パルマ(Parma)にある病院の受刑者棟で死去した。前日は87歳の誕生日だった。

 その残虐さから「野獣」の異名をとったリーナ受刑者は1930年11月16日、映画『ゴッドファーザー(Godfather)』で有名になったパレルモ(Palermo)近郊の村、コルレオーネ(Corleone)の貧しい農民の一家に生まれた。1970年代にシチリア(Sicily)島の有力マフィア組織「コーザ・ノストラ(Cosa Nostra)」の実権を握ると、約20年に及ぶ抗争と暗殺の時代を率いた。150件以上の殺人を命じたとされ、26回分の終身刑を言い渡された。

 中でも300人以上のマフィアを摘発したジョバンニ・ファルコーネ(Giovanni Falcone)判事とパオロ・ボルセリーノ(Paolo Borsellino)判事を1992年に爆殺した事件がよく知られていた。

全文はソースで
http://www.afpbb.com/articles/-/3151151
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510931106/続きを読む
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1: 的井 圭一 ★ 【特別重大報道】 2017/11/18(土) 09:13:24.19 ID:CAP_USER9 BE:511393199-PLT(15100)
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第2次世界大戦直後の1946年4月~47年1月、GHQ関係者が日本各地で撮影した304枚ものカラー写真を、国立国会図書館がウェブ上で公開している。

よく見る白黒写真と違い、鮮やかなカラーで写しだされた当時の様子は、生々しい臨場感にあふれる。
ガレキの山、軍用機の残骸、広がる墓地といった戦禍の跡。
一方、そんな中でも復興に向け活気づく人々。リアルな「戦後」の姿に、ネット上で反響が広がっている。


廃墟の街に掲げられた「エノケン」映画

たとえば、愛知県内で撮影されたと見られる一枚の写真。

舗装がはがれたのか、土がむき出しになった路上に、いくつかの露店が並ぶ。
露店、といっても、角材などでとりあえず形だけ作り、ボロボロの机を置いただけの粗末なものだ。そのうちの一軒には、「ライター修理所」の幕がかけられ、カーキ色の服の男性が黙々と作業を行っている。

前後の写真にも、ガレキだらけの路上を占有して、履物や雑貨を売る露店が多数写っている。
季節は冬だろうか、人々はかつての軍服や国民服をありったけに着重ねる。
戦時中には愛知県、特に名古屋市はたびたびの大規模な空襲を受けたが、撮影された1946~47年の時点でも、生活には深い爪痕が残っていたことが、見る者にはっきり伝わってくる。

一方で冒頭の一枚には、榎本健一の「エノケンの法界坊」や林長二郎(長谷川一夫)の「沓掛時次郎」と、映画館の広告看板が映りこむ。
いずれも戦前作品のリバイバル上映だが、人々のエンタメへの渇望がうかがえ、復興への活力がうかがえる。

これらの写真は、GHQの「文民スタッフ」として来日していたロバート・V・モージャー氏が1946年4月~47年1月にかけ撮影したものだ。
国立国会図書館ではその親族から2008年に寄贈を受け、館内で公開していたが、このほどデジタル化、2017年9月6日からウェブ上で無料公開している。

米軍に接収された松屋銀座

モージャー氏は上記の名古屋のほか、東京、大阪、広島など各地の写真を残している。

たとえば、銀座の街角。「TOKYO PX」の大看板を掲げるのは、今も営業が続く松屋銀座だ。当時は米軍に接収されていた。そしてそのすぐそばには、掘立小屋のような露店が立ち並んでいる。

広島の街並みは、他にも増して荒涼とした風景だ。ぐんにゃりと曲がった鉄骨、壁だけが残った建物。そして、原爆ドーム。
現在では平和記念公園として整備されたドーム周辺だが、当時はそのすぐそばまで、多くの真新しい墓石が連なっていた。

ほかにも、やはり米軍に接収されたそごう大阪店(現・心斎橋本店)、黒く焼け焦げた名古屋の松坂屋、野原に放置された一式陸上攻撃機の残骸、色鮮やかな着物を着た若い女性たち......。

一連のコレクションはツイッターなどでも「超貴重」などと話題になっており、反響のつぶやきが次々と寄せられている。

「メッチャ興奮するなコレ......全部デジタルコレクションで見られるのはありがたい限りだ」
「思わず全部見入ってしまった。戦災を受けた名古屋の写真はあまり見たことがなかったが、これほどの惨状とは」
「昔から変わったものと、今もそんなに変わってないもの。感慨深い」

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その他画像はソース先で
2017/11/17 07:00 J-CASTニュース
https://www.j-cast.com/2017/11/17314122.html

■関連リンク
国立国会図書館デジタルコレクション - モージャー氏撮影写真資料
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10756455
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510964004/続きを読む
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1: ばーど ★ 2017/11/18(土) 17:00:52.89 ID:CAP_USER9
新潟県上越市は上杉謙信の愛刀で国宝の「太刀無銘一文字(号 山鳥毛)」の購入を断念する見通しとなった。村山秀幸市長は2017年11月18日、上越タウンジャーナルの取材に対し「所管する教育委員会から難しいという話を聞いている」とした上で、来月の市議会12月定例会に関連議案を提案する考えを明らかにした。

購入断念は、所有者との間で契約金額が折り合わなかったことによるもので、市は当初予算に計上していた購入費用を減額する補正予算案などを市議会12月定例会に提案する見通しだ。

太刀無銘一文字(号 山鳥毛)
太刀 無銘一文字(号 山鳥毛)刃紋 


太刀は岡山県在住の個人が所有しており、岡山県立博物館に寄託されている。上越市は本年度の専門家による評価額3億2000万円を購入費として予算計上し、所有者と交渉してきた。

また、上越市では太刀購入に向けて昨年10月から官民一体となった募金活動が実施されており、7000万円以上が集まっている。

村山市長によると、11月21日の定例記者会見で市教育委員会が詳細な経緯などを説明するという。

募金活動のボスター
募金-1

配信2017年11月18日 (土) 16:30
上越タウンジャーナル
https://www.joetsutj.com/articles/25735592

関連ニュース
交渉難航は「想定外の事態」 国宝の太刀山鳥毛購入で上越市教委(2017年9月11日)
https://www.joetsutj.com/articles/80778459
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510992052/続きを読む
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1: みつを ★ 2017/11/18(土) 02:41:09.87 ID:CAP_USER9
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171117/k10011227311000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_029
(リンク先に続きあり)

11月17日 18時56分

かつての樺太、今のロシア極東のサハリンで、終戦の1週間後に旧ソビエト軍が行った空襲の様子や被害状況などについて、旧日本軍の大本営が記録した文書が初めて見つかりました。

「日本最後の空襲」と言われる空襲の実態解明につながる貴重な史料として注目されます。


この文書は、昭和20年8月に大本営が連合国側に宛てて作成した記録文書で、東京にある防衛省の防衛研究所で見つかりました。

文書には、終戦から1週間後の昭和20年8月22日に、旧ソビエト軍の飛行機9機が午後3時半から午後4時半にかけて樺太の中心都市だった豊原、今のユジノサハリンスク市で銃爆撃を行ったことや、避難していた民間人5000人~6000人のうち、400人~500人の死傷者が出たことなどが記録されています。

また空襲が停戦合意のあとだったとして、「非人道的行為で平和に禍根」と非難しています。

樺太での空襲は「日本最後の空襲」と言われていますが、関係する史料はこれまでほとんど見つかってなく、詳細な被害状況や具体的な死傷者の記録が見つかったのは初めてで、空襲の実態解明につながる貴重な史料として注目されます。

樺太の元住民で作る全国樺太連盟は「戦後70年以上たっても空襲の史料はほとんどなかった。大変貴重な文書だ」と話しています。

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http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510940469/続きを読む
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1: すらいむ ★ 2017/11/16(木) 16:46:17.77 ID:CAP_USER9
名古屋城新天守、エレベーターなしへ 江戸期の姿忠実に

 名古屋市は16日、2022年末完成を目指す名古屋城の木造新天守にエレベーターを設置しない方針を有識者会議で示した。
 「史実に忠実な復元」のため。
 代わりに、地下から地上5階までの階段に沿って椅子付きのリフトを設け、障害者や高齢者も観覧できるようにする。

 1959年に再建された鉄筋コンクリート製の現天守には、5階まで移動できるエレベーターが設置されている。
 しかし、市は名古屋城の「本質的価値を高める」として、木造化には伝統的な材料や工法を採用する方針。
 江戸期の姿を忠実に復元するとして、エレベーターを設けない方針を決めた。

 代わりに座ったまま上り下りができるリフトを設置する方針。
 そのためのレールや椅子を階段に付ける。
 安全確保のため、使用時は階段を片側通行や通行止めにする。

 工事を担う竹中工務店の基本方針では、車いす利用者らも「不自由なく観覧できるようにするため」として、エレベーター設置案も掲げていた。
 市内の障害者団体は7月、木造天守にもエレベーターを設置するよう要望。
 障害者らの意見を聞く機会を設けることも求めている。

朝日新聞DIGITAL 2017年11月16日16時34分
http://www.asahi.com/articles/ASKCJ3F4GKCJOIPE005.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510818377/続きを読む
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1: みつを ★ 2017/11/15(水) 05:49:21.37 ID:CAP_USER9
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171115/k10011223581000.html?utm_int=news-new_contents_list-items_009

11月15日 4時24分

戦国武将上杉謙信が「川中島の戦い」に関連して現在の茨城県にあたる常陸の佐竹家に送った書状が新潟市で保管されていたことがわかりました。書状は川中島の戦いに向けて協力を依頼する内容で専門家は「当時の上杉謙信の戦術がわかる外交文書の原本と見られ価値が高い」と話しています。

この書状は永禄7年(1564年)、当時、常陸を本拠地としていた戦国武将佐竹義昭に宛てて謙信が川中島から送ったものです。

書状では川中島の戦いに向けて覚悟を述べたうえで当時、武田信玄と同盟関係にあった小田原城の北条氏康の動きを抑えるよう依頼しています。書状には上杉謙信を意味する「輝虎」と記されています。

この書状の調査をしている上越市公文書センターの福原圭一上席学芸員は「この書状の原本は明治時代ごろまでは佐竹家に伝わっていたが、その後行方がわからなくなっていた。今回みつかった書状には戦国時代に上杉謙信自身が使っていた花押が押されており保存状態も非常によく驚いた。当時の上杉謙信の戦術がわかる外交文書の原本と見られ、歴史的な価値が高い」と話しています。
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510692561/続きを読む
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1: 孤高の旅人 ★ 2017/11/15(水) 11:00:15.00 ID:CAP_USER9
弥生の硯、福岡の遺跡で初の完全形…文字使用か
2017年11月15日 07時14分 
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20171114-OYT1T50132.html

 福岡県筑前町にある弥生時代中期~後期の薬師ノ上やくしのうえ遺跡で、弥生時代では初めてとなる完全な形の硯すずりが出土していたことが、同町教育委員会の調査でわかった。
 専門家は「弥生時代の日本で文字が書かれていた可能性を示す発見」としている。
 硯は長さ15・3センチ、幅6・3センチ、厚さ0・9センチで、真ん中で二つに割れている。2003年に集落跡から出土し、用途不明とされてきた。柳田康雄・国学院大客員教授(考古学)が最近、町教委の依頼で再調査し、薄い墨の痕跡が数か所あると気付いた。現代の硯のように墨だまりはないが、朝鮮半島で出土した硯と同じ砂質頁岩けつがん製で形などが似ており、硯と判断。一緒に出土した土器などから、1~2世紀のものと推定している。
(ここまで332文字 / 残り142文字)
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510711215/続きを読む
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1: ばーど ★ 2017/11/15(水) 10:13:48.23 ID:CAP_USER9
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171115/K10011223941_1711150957_1711151002_01_02.jpg

17世紀後半から200年近くにわたって、フランスの歴代君主の王冠などに使われてきたダイヤモンドが、スイスでオークションにかけられ、当初の予想落札額を大きく上回る日本円にして16億円余りで落札されました。

オークションにかけられたのは、17世紀に採掘された19カラットのピンクダイヤモンドです。このダイヤモンドは、ベルサイユ宮殿を建てたルイ14世や、皇帝ナポレオンなど、17世紀後半から200年近くにわたってフランスを統治した歴代君主に代々受け継がれ、王冠などに使われてきました。

スイスのジュネーブで14日に開かれたオークションで、このダイヤモンドはわずか数分で落札され、落札額は当初の予想額の2倍以上のおよそ1450万ドル(日本円にして16億円余り)に上りました。落札者は明らかにされていませんが、フランスの激動の時代の「目撃者」とも言える歴史的なダイヤモンドの落札に、注目が集まっています。

配信11月15日 10時02分
NHK NEWS WEB
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171115/k10011223941000.html
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1510708428/続きを読む
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