(遅報)歴史まとめ

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タグ:イスラエル

584: 名無しの司馬遷 2014/08/24(日)22:30:45 ID:YzYH5XegZ
二度目の世界大戦が決着し、大英帝国は衰退する。
帝国は世界各地のいくつもの駐屯地を相次いで放棄し、元の小さな島国へと帰っていく。
インド撤退と同じ1947年、大英帝国は第一次大戦以来信託統治を続けていた地中海東岸、パレスチナからも撤退した。

地中海東岸。
その沿岸部全体を広い意味で「シリア」と呼ぶ。現在のシリア国家と混同しないために「歴史的シリア」と呼ぶこともある。
そのおよそ南半分、ヨルダン川と死海の西側に、三千年前に古代イスラエル王国が成立した。
伝承によればちょうど紀元前1000年、半ば遊牧の民だったユダヤ人を若き戦士ダヴィデが統合し、エルサレムに都して、唯一なる世界の主神ヤハウェを崇拝する神殿を建設したという。

イスラエルの王国はほどなく南北に分裂。北王国はアッシリアに滅ぼされ、南王国もバビロニアに滅ぼされ、民はバビロンへ連行された。

『エレミヤの哀歌』はうたう。

「ああ悲しいかな、昔は人の満ちみちたりしこの都、今は凄しき様にて坐し、寡婦のごとくなれり」
「ユダは艱難の故にまた大いなる苦役のゆえに囚われゆき、もろもろの国に住まいて安息を得ず」
「エルサレムは甚だしく罪を犯したれば汚れた者のごとくなれり」

バビロンに連れ去られたヘブライ人は異教の地にあって切にヤハウェに祈りを捧げ、いつの日か救済と故国への帰還を希った。

やがてアケメネス朝ペルシアが勃興。バビロンに入城したペルシア王キュロスは囚われのユダヤ人にイスラエルへの帰還を許す。
イスラエル人はキュロスを救世主と讃え、主神ヤハウェの偉大さと、自らが聖なる民であることを確信した。

しかし、再興されたイスラエル王国もやがてセレウコス朝シリアに滅ぼされ、のちにローマ帝国の属国となる。
ローマの支配を嫌ったユダヤ人は幾度も反乱を起こす。
紀元131年。救世主にしてユダヤの大公、星の子を名乗る「シモン・バル・コクバ」がローマ帝国からの独立を宣言。
4年後、反乱を鎮圧したローマ皇帝ハドリアヌスは、すべてのユダヤ人をイスラエルの地より放逐し、この地を「パレスチナ」と改名した。
こうして再び故国を喪失したユダヤ人は世界中に離散する。

故国なき民は何処にあっても少数派であり、しばしば偏見や迫害に苦しんだ。
しかし不思議なことにこの民族は歴史の闇に溶け去ることなく、二千年の歳月を乗り越えた。
彼らは苦しみに遇うたびに、「ハティクヴァ」、すなわち「希望」という歌を歌って互いを慰め支えあった。

「ユダヤの民の望みは、はるか古よりシオンの地へと帰ること。いざ東へ向かわん。希望は未だ尽きず・・・」

かつて、神ヤハウェの恩寵により失われた故国はひとたび取り戻された。であれば、此度の苦しみも永遠ではない・・・

いま、二千年にわたる「ハティクヴァ」が現実となる時が近づこうとしていた。
しかしながら、ユダヤ人がシオンの地を留守にした二千年の間に、この地に新たに住まうようになった民もおり、これが甚だ厄介な問題を引き起こす。
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