658: 名無しの司馬遷 2014/09/04(木)22:15:48 ID:NvraU2rV4
イラン革命をきっかけとして、にわかに始まった「第二次イスラーム復興運動」。
これにもっとも脅えたのは意外にもソビエト連邦だった。

なぜかというと、おおむねロマノフ朝ロシア帝国の版図を引き継いだソビエト連邦は、
実は世界で最も多くのムスリムを擁する国家のひとつだったのだ。

ロシアが19世紀に征服した中央アジア、カフカス、クリミア半島、そしてモスクワからも遠くないヴォルガ中流域。
ロシア革命後、「宗教は人民の阿片なり」とのスローガンのもと、イスラームは徹底して貶められ抑圧され、スターリンの独裁時代にはクリミア・タタール人などの不穏分子が東方へ強制移住を強いられた。

だが、そんな抑え込みをすればするほどに、南部や東部のムスリムたちのあいだにソビエト支配への反感が募っていることは想像に難くない。
あるいは、あまりにイスラームを抑圧しすぎたがゆえに、かえってイスラームという宗教がソビエトに支配されるアジア系諸民族のあいだで独立の旗印として利用される恐れすらも芽生える。

だからイラクのサダム・フセインがイランに侵攻すると、ソビエト連邦はどこよりも熱心にイラクを支援した。
しかし、それでもまだ不安だ。
西側だけではない。東側からもイランを封じ込めなければ。

そこでソ連はアフガニスタンに目を向けた。
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